第105話 日蝕
「駄目だ……俺には、いくら中身が別でも……陛下を殺せない……!」
躊躇うソルに、ルーナが声を荒立てる。
「この……馬鹿が……!」
男は、国王の姿を取り戻す。
「剣が近くにあるのは危うい」
復活を遂げた何かは、そう呟いた。
にやりと笑ったかと思うとあとじさる。
そして、そのまま姿を消した。
――三人は、しばし静寂に包まれる。
誰も言葉を発さなかったが、その沈黙を最初に破ったのはティエラだった。
「お父様の姿を借りたあれは……」
彼女は悲痛な声を、ルーナに向ける。
「姫様のお考え通り。あれが――」
ルーナは続ける。
「――この国に巣くう竜です」
自身の考え通りだったが、ティエラの衝撃は大きかった。
ソルが口を開く。
「人に憑くのは知らなかった。伝承通り、異形の化け物だとばかり」
「今は、陛下のお身体を借りている。本体は別だ」
ルーナは、少し苛立った口調でソルに返した。
ティエラはルーナに近づく。
彼は、左肩から背に掛けて怪我をしている。そっと、彼の肩から背にかけて癒しの魔術をかける。だが、傷が想像よりも深い。あまり効果がなさそうだった。
彼女の胸が重苦しい気持ちに侵食される。
そんなティエラに、ルーナは微笑む。
「姫様、お気になさらず。私が勝手にやったことですから」
それに、と彼は続けた。
「私は昔、貴女に助けていただきましたから」
柔らかくルーナは笑んだ。
その表情に、ティエラは錯覚してしまいそうになる。
――彼が、自分に好意的な感情を抱いているのではないかと。
けれど、この空間に入る前に、彼が自身の目的――この国を滅ぼす――を彼女に教えてくれていた。そのために、ティエラを生かそうとしたに過ぎないのだろう。
(勘違いしてはダメ)
ルーナは、ティエラに背を向けた。
彼は、ソルを睨み付けて話す。いつも涼やかな声が、とても低い。
「相変わらず半端だな」
ソルは、ルーナの瞳から視線をそらした。
ティエラは、ルーナの背に向かい、声をかける。
「貴方が、父を殺したのに間違いはないの?」
しばらく間がある。
「……貴女の父君を殺し、竜に身体を貸す原因を作ったのは私です」
「国を壊すために?」
「……ええ」
ルーナの答えに、ティエラは声をあげる。
「貴方、嘘をついてるわ」
彼は何も言わない。
「なぜだかわからないけど、私には分かる」
その問いかけにも、ルーナは答えてはくれなかった。
「……姫様、ここから戻りましょう」
彼は話題を換えて、ティエラにそう告げる。
彼女は、ルーナが答えを口にしなかった事に物悲しさを覚える。
「……どうやって?」
「入り口は鏡が、出口は剣が司っております」
それを聞いていたソルが、ぴくりと反応した。
「以前来た時は、イリョス様のお力で戻ることが出来ました」
ルーナが話す「以前」の事が、ティエラはどうしても思い出せない。
だが、ルーナにそれを気にした様子もない。
彼はソルに向けて、声を掛けた。
「剣の神器で空間を裂け」
「分かったよ」
そう言われソルは、剣を振り上げる。
何か空間に裂け目のようなものが出現した。
ルーナがその裂け目に向かって歩き始める。
「……ルーナ!」
ティエラは思わず彼に向かって、声をあげていた。
特に何か尋ねたかったわけではない。
でもこれは言わないといけないと思い、声を張り上げる。
「これ以上、無闇に人の命を奪わないで……!」
ティエラの悲痛な声を、ルーナは背で聞く。
「……姫様、改めて迎えに参ります。それまでは、この男とどうぞお好きなように。私はそこまでうるさい夫になるつもりはございませんので」
ティエラは息を呑む。
ルーナは、裂け目から姿を消した。
残されたティエラとソルも裂け目に入り、元の世界に戻る。
ちょうどセリニの屋敷の近くについた。
ティエラは、少しだけ考え事をしている。
「どうした?」
ソルがそう問い掛ける。
「大丈夫よ」
彼と目を合わさずに、ティエラは答えた。
ソルは、彼女にいつもとは違う何かを感じたが、うまく口に出すことが出来なかった。




