第10話 鏡の中の貴方は
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ルーナが部屋まで送ってくれた後、ティエラはヘンゼルの手を借りて部屋着へと着替えた。
部屋着は柔らかい綿の素材で出来ている。デコルテの開いたシンプルな白いドレスで、胸のすぐ下の位置から、すとんとしたスカート部分になっている。
ティエラの着替えが終わると、ヘンゼルはさっさと部屋から出ていった。
今日は新月だ――。
月明かりがなく、室内は暗闇と静寂に包まれている。
一人きりで過ごすティエラは、夜闇を少し不安に感じていた。
そんな時、寝台の近くにある鏡に目が止まる。その鏡は、ティエラの全身を映すことができるほど大きい。鏡は、精緻な木彫りが施された縁に囲まれている。
彼女は鏡に映る自分自身を眺める。
そんな自分をみて、ティエラは自身が『鏡の守護者』だったこと思い出した。
(大地の聖女に、鏡の守護者……)
三人の守護者たちは、それぞれ――神鏡・宝玉・神剣――といった神器を所持しているらしい。
しかし、ティエラが鏡の神器を手にしたことはない。
どうも、先の国王暗殺事件の際に紛失してしまったらしい。現在、調査隊が昼夜を問わず探しているそうだ。
(ルーナは、私に色々なことを教えてくれるわ――)
ティエラは、国の政治・経済・歴史といった基礎的な知識等に関しても忘れてしまっている。
そのため、時間がある際に、ルーナから再教育をしてもらっていた。
(ルーナはとても博学ね……)
彼は、様々な知識に精通しており、教えるのも丁寧で分かりやすい。若かりし頃の姫の教育係に、彼が選ばれるのも当然だと言えた。
「やはり、私の姫様は飲み込みが早いですね」
以前、再学習中のティエラのことを、ルーナが褒めてくれたことがある。
そのことを思い出す。すると、ティエラからは自然と笑みが零れた。
再教育の際に、鏡の守護者であるティエラには癒しの力が備わっていることを、ルーナが教えてくれた。
先代の鏡の守護者である国王にも、癒しの力があったそうだ。
しかしながら、暗殺事件の際には、次代の継承者であるティエラへと、国王から力の移行をおこなっていた最中だった。そのため、これまでのように強大な癒しの力を使うことが出来ずに、国王は亡くなってしまったようだ。
『私が力を得てしまったせいで、父は命を落としてしまったのですか?』
そう気落ちしていたティエラ。彼女にルーナはそっと寄り添ってくれた。彼は忙しい中、しばらく時間を割いて、彼女を抱きしめてくれていた。
ルーナの優しさを思い出すと、ティエラの胸はほんのりと暖かくなるようだった。
最近のティエラは、ルーナのことばかり考えてしまう。彼女の近くにほとんど人がいないのも、もちろんその理由の一つだろう。
(私は、ルーナのことを……)
彼女は思案にふける。
時間が経ち、眼が暗闇になれ始めて来た。
その時――。
「……ティ……」
「――っ!」
突然目の前の鏡が波打ち始め、奥から声が聞こえた。
ひとしきりさざめいた後、鏡に拡がった波が徐々に落ち着いていく。
そうして目の前に、人物がはっきりとした姿で映った。
鏡には、本来ならティエラがいないといけないはずだ。
なのに、そこに映し出されていたのは――。
「ティエラ! 無事か?!」
――燃えるような紅い髪に、新緑を思わせる碧の瞳をした青年だった。




