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第92話 一人目



 人々の断末魔が聞こえる。

 騎士や魔術師達が、うず高く積まれていた。息のない者が多い。

 その人々の間を、ティエラ達は割って進んでいった。

 帯重なる死体の合間にいる目的の人物を、五人は見つける。


「ノワ!」


 石が暴走しているという話だった。それならば、ノワ本人も苦しんでいるのだろうとティエラは思っていた。


 だが――。


 ノワ本人は高らかに笑っていた。魔術を使えることで、彼は悦に浸っているようだ。


(自分が人の命を大量に奪っていることにも、気づいていないのかもしれない……)


「自分が石に力を吸われ、翻弄されているのにも、気づいてなさそうだな」


 紅い髪の護衛騎士ソルがぽつりと言った。

 ティエラは、蒼白い顔で高笑いをするノワを睨むように見る。

 自身の生命を犠牲にしていることにさえ、彼は気づいていないだろう。

 石が暴走し、昨晩よりも魔術の威力が高まっているようだった。

 ノワは、これまでに魔術を使えたことがなかったらしい。

 そんな彼が、強い力を手に入れてしまい、結果このような惨状を招いてしまった。



「ノワ! これ以上はだめだ! 周りもお前も、死んでしまうぞ!」



 光の中央にいるノワへ、従兄弟であるセリニが叫ぶ。

 ノワがセリニに気づいた。

 ノワは喰いかからん勢いで、セリニを睨み付ける。


「セリニ! お前に何がわかる!? 誰からも称賛されてきたお前に! お前だけじゃない! そこの赤毛もだ……! やっと、宰相に相応しい力を手にいれたんだぞ、俺は!」


 ノワの周りで、光が何度も破裂しては消える。

 瞬間。

 ティエラ達をめがけて、術が襲う。

 直ぐ様セリニが魔術陣を展開し、光は四散した。


「……ノワの持つ石を、破壊する他ない」


 セリニは呟いて、目を閉じ、詠唱を始める。


「陣を展開しながら、詠唱するとか、やっぱり化け物ですね~~」


 場にそぐわない調子でアルクダが言う。

 ノワから術が跳んでくるが、全て陣に跳ね返されていった。

 自身の行使した術により、ノワは傷付いていく。

 ティエラ達の真上では、火が凝縮し鳥が形作られていった。


「なぜ邪魔をするんだセリニ! 僕は、やっとで、やっと! これで皆が僕を! 見てくれるのにぃ! 僕がこの国の宰相、ノワ・セレーネなんだぁぁぁあ!!!」



 ティエラの頭の中に、一瞬何かが浮かんだ。



『僕は何も出来ないです。だけど、次期宰相として、将来の姫様の義兄として、貴女様に誠心誠意尽くしていきたいと思います』



(今のは……)


 詠唱を終えたセリニが、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


「嘶け」


 火の鳥が、激しい勢いでノワに襲いかかる。火の粉が周囲に舞い散った。

 彼は火に包まれ、激しい叫びを上げる。

 ティエラが心配になり、セリニを見た。


「姫様、大丈夫だ。加減はしてある」


 ひとしきり炎が燃え盛った後、ノワが崩折れる。


「行くぞ」


 五人は倒れたノワの元へ向かった。

 ノワの命に別状はないようだ。ぎりぎり間に合ったようだ。

 彼のそばで、セリニは跪いた。


「セリニ……僕は……」


 ノワが絞り出すようにして、セリニに声をかけた。

 セリニは、ノワに哀しげに話しかけた。



「どうして、誰もお前を見ていないと思った? ……いや、私が伝えるのをやめてしまったのか」



 ノワは、目を見開いた。


「石を壊せば、これ以上は生命を吸われないだろう。剣の、頼めるか?」


 セリニが、ソルに声を掛ける。


「わかった」


 ソルが神剣で石を破壊した。

 ティエラもノワに近寄り、彼に癒しの術をかける。

 グレーテルとアルクダは、遠くから彼等を見守った。

 セリニはノワに語り掛ける。いつもの淡々とした口調だった。



「お前は、確かにバカだし、才能はなかった」



 黙ってノワは聞いている。



「だが、私は、お前が誰よりも努力しているのを知っていたよ」



 ノワの瞳からは涙が溢れ出す。


「兄さん……僕は……」


 彼の嗚咽が響く。


 しばらく時間が経った。

 ティエラが術を掛け終わって、刹那――。



 壊れた偽の神器が輝き始める。



 突然、横たわっていたノワが苦しみ、のたうちはじめた。

 喉に両手を当て、彼は激しくかきむしっている。


「何?!」


 ティエラは思わず、声を上げた。


「ノワ!」


 セリニも叫ぶ。




 ノワは、しばらくもがいた後――。




 ――そのまま動かなくなったのだった。





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