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コンピューター特捜官 一色沙織  作者: 亜本都広
第二章 不正確な計算をするコンピュータ
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犯罪の端緒を掴む衝撃的な方法

 新見課長が複雑そうな顔でその場を立ち去った後、太田巡査長が聞いてきた。

「なんだかまずそうですけど、どうしましょう?」

 どうしていいのか聞きたいのはこっちの方だ。

 太田の馬鹿面に腹が立つ。

 だけど、不安な気持ちが吹っ飛んだから感謝してもいいかもしれない。

「とりあえず真治にこのことを報告しておく必要があるよね」

 あたしの言葉に、太田巡査長は思い出したように言ってきた。

「少し前に連絡を取りましたから、自宅にいると思います」

「住所は知ってるから、直接報告してくるわ」

「じゃあ近くまで車で送ればいいですね?」


 真治は都心近くの公務員向けの賃貸住宅に住んでいた。

 太田巡査長は周囲を見渡してから、注意深く車を止めた。

 ただ、駐車場がないのと、この車を署に戻さなければならないので、そのまま太田は戻らせることにした。

 行先は警察関係者が大勢いる官舎みたいなところだ。危険なんてあるはずもない。

 真治の部屋は三階だった。ドアの前でチャイムを鳴らすと、あたしの声ですぐわかったらしく、すぐに出てきた。

 ドアを開けた時、真治はジャージ姿かくたびれた服で出てくるのかなあと思っていたけど、思いもよらずにそのまま仕事で外に行けそうなパリッとした服装だった。

「沙織か。どうした?」


 あたしは居間に通された。周囲を眺めてみる。

 真治らしい、とは言えなかった。

 部屋に物を置かないミニマリストというわけではないようだけど、極端にものが少なくて、生活感が全然ない。

 警察の自席に書類を積み上げているいつもの姿からは全く想像できない。

「そうか……」

 ソファから身を起こして、あたしから一通りあずさ銀行の話を聞いた後、真治はそう呟いた。

「残念だけど、調べた情報からすぐに被疑者を見つけられると思えないの」

「そりゃそうだな」

 真治はそう言った後、ソファーに身体を委ねて言葉を継いだ。

「だが、犯罪の端緒を掴むのは、被疑者を見つけることとイコールじゃない」

「それって、どういう意味?」

「沙織は今まで、顕在化した犯罪で被疑者の特定に従事することが多かったからなあ……。今回はいい機会かも知れない」

「どういう意味よ?」

 あたしは上から目線のその言葉にムッとして聞き返した。

「これは、あんまりお勧めできない。というか、捜査手法なんかじゃないんだが、ひとつだけ捜査を継続できる方法がある」

 真治はソファーからばっと起き上がった。

「ベンフォードの法則って知っているか?」

 真治はそう尋ねてから、にやりと笑ってあたしを見つめてきた。

 それは間違いなく、真治が悪いことを思いついた時の顔だった。

「人間ていうものは、事実じゃなくて自分が正しいと思うことを真実だと信じるものなんだ」

 人間が正しいと信じたことは、必ずしも真実とは限らない。

 それが、人間の意思を発見することに繋がる。

 真治は、あたしの目をしばらく見つめた後、その方法を説明してくれた。

 それは、あたしにとって衝撃的な方法だった。そんな方法なんて聞いたことも無かったから。

「だけど、一番の問題は別のことだ。お前も分かってるだろ?」

 そう言って真治は意味ありげにあたしを見つめてきた。

 あたしは真治を見返して頷く。

「うん。突然こんな話になった理由が分かんない」

「そうだ。金融庁にそんな話を誰がしたんだ? 俺が知る限り、わざわざそんな不利益な事実を、銀行員が監督官庁に報告する理由がない」

「つい、口が滑っただけじゃないの?」

「それもありえる。だが、援助を快く思っていないヤツがいる可能性もあるだろう」

「どうして? 援助を快く思っていないって――ひょっとして?」

 真治はあたしの言葉に首を横に振った。

「いや、一番ありそうなことは、宿木専務を陥れようとしたヤツがいるってことだ」

「政治的な抗争ってこと?」

 あたしがうんざりしたように言うと、真治は薄く笑って頷いた。

 あたしは真治に重ねて尋ねる。

「坂上真一の件、あたし何かした方がいいのかなあ?」

 あたしの言葉に真治は無表情で、ゆっくりと言った。

「坂上真一の件は終結した。被疑者の身柄も既に確保している。単なる私怨だった」

「え? ほんとに?」

 わざわざ足のつきやすい刑務所に差し入れして殺すなんて、どうしてそんなことをする必要があるんだろうか。

 あたしには合理的な理由が想像できない。だからこそ私怨だったんだろうか。

 人の恨みは時として、合理的でない行動をさせることはあるだろう。

 ――だけど、ほんとに?

「今まで所在がわからなかったあいつのことを新聞報道で知って、毒殺を試みたらしい。本人は自供している。毒物の入手経路も把握した。だから捜査一課がそう結論を出した」

「だけど、ちょっと変じゃない? 場所が刑務所だよ」

 あたしは食い下がった。

 その疑問の根本は「刑務所」にある。

 すでに有罪となり、拘束されている刑務所で殺す必然性がないんだ。

 もし本当に恨みだったら、釈放後に行動すればいいはずだ。

「もし何か裏があるなら、いずれどうしたって絡んでくるさ。それまでは忘れろ」

 あたしは真治の顔を見た。まるで仮面のようで、感情が見えない。

 ただ、真治らしくないように思える。

 その言葉はまるで、真治が自分に言い聞かせているように見えたからだ。

 こんな真治を見るのは初めてだった。

 多分何かある。

 だけど、信二はあたしに相談する価値を認めていない。

 だって、まだ信二にとってあたしは半人前だから。

 寂しいけど仕方ない。実際あたしはまだ半人前だ。

 だからあたしには、それよりもまずやらなければならないことがある。

 あずさ銀行だ。それを何とかしなきゃいけない。

 そうしなきゃ、真治の信頼に応えられない。真治に認められないんだ。

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