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コンピューター特捜官 一色沙織  作者: 亜本都広
第九章 似非クラッカーと真のハッカー
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合コンの顛末

 ――一体なんてことをこの男は言い出すのよ。

 そもそも、警察に捕まりそうになったって、合コンで話す話じゃないと思う。

 悪ぶった子供じゃないかという懸念を強くする。

 あたしは控えめに申し出てみた。

「あの、あたしそういう話苦手なんで、やめてもらえない?」

 あたしの言葉に、田中さんは愉快そうに言った。

「へー、まだ夢見る年頃って感じ?」

 あたしの友達三人組を見てみると、みんなして『この男、やっちゃった』って顔してた。

 ――いや、大丈夫。あたしはまだ耐えられるよ。みててね?

 あたしは成長した自分自身を遺憾なく周囲に見せ付けることにする。

 ただ、成長したのが肉体的な側面じゃないのがちょっぴり不満なことは認めるけど。

「そんな事ないけど、あたし、事件とか不正って嫌いなんで、あんまり聞きたくないんだ」

 女三人組はちょっとほっとしてた。それが分かった。

 でも、世の中は甘くない。

 私は世間の糖度を15ブリックスほど高く見ていた。15パーセントほど世界に砂糖が多く含まれていると思っていたんだ。

 続く二撃目が待っていた。

「えー、でも、社会って不正とかがあって動くものじゃない。だから警察だって存在を許されているんだから、もっと社会を見るようにしたほうがいいよ?」

 あたしは苦労して、何とか絶句することを防いだ。

 ――ごめん、洋子、ちょっとくじけそう。でも、あたし、がんばるよ。

 ありえないほどの忍耐力で、のびきった堪忍袋を締め付けることに成功した。

 それはまさに奇跡と言っていい。

「そ、そう? ただ、ここでは勘弁してね?」

 そう言ったら、こいつは、あろう事か手を伸ばしてきてあたしの頭を撫でてきた。

 ――普通、大人の女の人の頭を撫でる? あり得ないっ!

 大人が決壊して崩壊して爆破される瞬間をあたしは体感した。

 だけど、この馬鹿(田中)はそのことに気付いていないようだ。

「うーん。じゃ社会勉強の第一弾として話してあげるよ」

 そういって、こいつは意気揚々と話し出したんだ。

「クラッキングって知ってる? 俺って、コンピュータとか得意なんで、よくいろんなやつに頼まれて、いろんなコンピュータをクラッキングしたりしてるんだ。もちろん、そんなに迷惑をかけるようなことをしてるわけじゃないよ。でも技術力の腕試しってやつかな」

 こいつは、そんな話を始めてきた。

 もうどこからどう見ても馬鹿なやつにしか見えない。

 ふと見ると、あたしの友達三人組は『もうだめだ』って目でこいつとあたしを交互に見てた。

 おそらく爆発が回避できない時の爆弾処理班ってこんな感じなんだろう。

 いくらなんでも、コンピュータ特捜官の前でクラッキングの自慢をするなんて、自爆体質というか、向こう見ずにも程がある。

 言ってみれば、文字通り火薬を鍋で炒める馬鹿としか思えない。

 それで怪我をしたところで、誰も同情してくれないだろう。

 男連中は、お酒が入っていることもあって、こいつの話を興味深げに聞きだした。

 所々で、「こいつってクラッカーとして超有名なんだぜ」とか馬鹿なことを自慢げにはやし立ててた。

 ここにいる男は全員、黒々とした文字で額にバカって書いてあるのが見えた。

「で、この間、あずさ銀行ってあるじゃない? あそこにクラッキングしてもらえないかって言う依頼があってさ、さすがにそんなことしたら、まずそうなんで受けなかったけど、あとで新聞見てみたらそいつ捕まってるんだぜ? 引き受けてたらやばかったよ」

 その瞬間思い出したのは、例の丸の内署が捜査した、手紙でクラッキングの脅迫状を送ってきたバカ事件のこと。クラッキングを依頼されたのは、このバカだったらしい。

 笑う気にもなれない。

 あたしは、冷ややかな目でそいつを見つめて、聞いてみた。

「本当に引き受けてなかったの? 実はやってみたけど失敗したんじゃないの?」

「え? まさか。俺って有名なクラッカーなんだよ。出来ないなんてあるわけがないじゃない」

 あたしは、あきれ返るしかなかった。

 だって、犯罪を自慢して、みんなに感心されるって思っているんだから。

 そもそも、クラッカーって有名になったらつかまっちゃうから、有名になったらまずいんじゃないの?

 あたしは冷ややかに質問してみた。

「あなたは有名なクラッカーなの? なんて名前なの?」

「shionって言われてるよ」

 そいつは自慢げに答えた。

「絶対嘘」

 あたしはすぐに断言した。

 当たり前だ。それはあたしの使っている名前だから。

「そんなのを使おうなんてクラッカーいるわけがない。どんな報復されるか分かったもんじゃないから。それ、あたしのアカウント名と同じだもの」

 田中って馬鹿は、なんとなく変な様子に気がついたらしい。

 他の男連中も、女の子たちが変な雰囲気になったことに気がつき始めたみたい。

 男の人って、空気を読むのが苦手というか遅いんだろうか。

「い、一色さん?」

 その馬鹿がおそるおそる何かを聞こうとしたとき、ちょうどあたしのスマホがなった。

「ごめんなさい。ちょっと電話がかかってきたんで――」

 あたしはそう言って、席を立つと、レストランの外に出て電話をとった。

「一色ですけど?」

「沙織か?」

 電話は真治からだった。真治が早口で言ってくる。

「ちょっと急な件があってな。今すぐC4に出てこられるか? 今何してる?」

 一瞬だけ説明を口ごもった。

 ――真治に合コン中だって言ったら、どう反応するんだろう。

 正直に言ってみた。

「絶賛合コン中」

 真治はちょっとだけ興味深そうに聞いてきた。

「へぇ。いい男いたか?」

 外した。ただ、ある意味真治らしいともいえる反応だった。

 ――少しくらい慌てたっていいんじゃないの?

 あたしはため息をついてから説明した。

「バカが一人いたよ。あとその連れ合いが三人」

 真治は軽く笑い声を上げた。

「そりゃ、悪いことしたな。後で埋め合わせるから勘弁な?」

「うん。すぐ行く」

 あたしは電話を切ると、テーブルの方に戻った。

 そこにはあたしの言葉を固唾を呑んで見守る男が四人がいた。

 あたしはもう一度ため息をついてから言った。

「あたし、今からC4に行かなきゃなんないの。仕事なんだ。途中で抜けちゃってごめんね」

 あたしは軽く頭を下げて、でっかいバックを肩に提げた。

 そしたら田中って馬鹿が聞いてきた。

「C4って?」

「警視庁コンピュータ犯罪対策総合センター(Computer Crime Control Center)のこと。あたしはそこでコンピュータ特別捜査官をしてるの」

 田中って馬鹿は、絶句してた。

 あたしは、ちょっとだけ可哀想になって言ってあげた。

「不正アクセス禁止法の未遂は罰せられないから、あずさ銀行でクラッキングに失敗した件は罪にならないよ。よかったね。ただ、酔っ払って自慢話をするだけだったら罪になんないけど、もし本当にやったらあたしが捕まえに行くからね。分かった?」

 その言葉に、田中って言う馬鹿はかろうじて頷いてた。

 そして、思い出したように呟く。

「一色――特捜官? あの噂の?」

 あたしはその言葉を聞かなかった振りをした。ただ、後でどんな噂か調べておこうと思った。そういえば、田辺にも言われたし、何か変な噂が流れているのかもしれない。

 そしてあたしは洋子の耳元で小声で「ごめんなさい」と謝った。

 洋子は首を横に振って答える。

「ううん。あなたのせいじゃないでしょ?」

 洋子と軽く笑いあってから、あたしはその場を立ち去った。

 後で聞いた話によると、そのあと合コンは早々と解散になったらしい。

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