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コンピューター特捜官 一色沙織  作者: 亜本都広
第一章 コンピューター特捜官
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警視庁にはセクハラという言葉は存在しない

「先日の渋谷の件ですが――」

 あたしの右隣から太田健太郎巡査長が言ってきた。

「渋谷の件って、あの転売屋の奴?」

「はい。一色長が違和感があるって言った例の事件です」

 名前の後につける長って言うのは、あたしはよく知らないんだけど、巡査部長を呼ぶときにつけるらしい。

 椅子の上に胡座をかいて太田の方を向くと小さく言った。

「あれは違和感って言うより、不自然という感じだなあ。後で渋谷署に行くからその時確認するつもりだけど」

「椅子の上で胡座をかくと、また田神警部に注意されますよ?」

 そういえば、椅子の上に正座したり、あぐらをかいて座ったときに限って、技術支援班長の田神警部に見つかって、『行儀が悪い』って注意されていた。

 C4は、新橋の愛宕警察署の隣にある庁舎の七階にある。あたしの席は、C4の入口から一番奥の方。技術支援班はC4の一番奥まったところに固まっている。あたしの席はそんなに広くないけど、あたし専用のコンピュータと、いろんな資料がお気に入りの飾りと一緒においてある。最近はこの席に座ると落ち着くようになった。

「この座り方の方が落ち着くんだよね」

 あたしが開き直ると背後から声がかかった。

「そんな座り方してると、いつまでも大人の女性扱いされないぞ」

「あたしのどこが大人じゃないって? セクハラ大王がよく言うよ」

 振り返って、その声を発した真治を睨んだ。

 すると真治は真面目な顔でとんでもないことを言い放ってくる。

「警視庁にはセクハラという言葉は存在しない。そんなことを言い出したら、わいせつ画像に関する捜査なんてできないだろう」

 一瞬納得しかけたが、何とか正気に返って言い返そうとした。

 だけど、やっぱり真治に機先を制される。

「大人の女性っていうのは、大場巡査のようなタイプを言うんだ」

 たしかに、大場加奈子巡査は、あたしより五歳ほど年上で、ショートカットがとっても似合う美人だ。警察マニアの専門誌に、警視庁のアイドルとして写真が載ったこともある。

 スタイルは負けないつもりだが、どこをどう見ても、あたしの背は足りない。悔しい。

 あたしが近くにいた加奈子をチラッと見ると、すまなそうな顔で一瞬見返された後、目線を逸らされた。

 あたしのムカつき度がレベルアップする。その向かう先は真治だ。

 その様子に気付いたのか、太田が割って入ってきた。

「一色長、あの会社員が、不正カードを使って仕入れた商品をネットで転売した事件、何が不自然だったのか、教えていただけますか?」

 その言葉に真治のからかうような表情が一変した。

「例の渋谷署の件か? 被疑者がわかっているんだから、もう身柄拘束しているんだよな?」

 あたしは小さく頷いて、少しだけ苦い記憶を思い出した。

 この間、渋谷署に支援に行ったあたしは、部外者だと思われて追い返されそうになった。

 もちろんその後、特捜官を足蹴にした所轄が大騒ぎになったことは言うまでもない。

 この事件の被疑者は坂上真一っていう。コイツを身柄拘束したのはガサ入れと同時。もちろん、すぐに渋谷警察署の担当刑事が事情聴取を始めた。そして、今日検察に送致されるだろう。

 坂上は半年前までダークサイトで入手したカード情報を使って、ネットショッピングサイトで大量に商品を購入して、転売サイトで売りまくっていた。他人のカードで原価は0で購入しているのだからそれなりに儲かっただろう。

 この事件は所轄が捜査しているから、あたしたちC4はその捜査支援を行うだけだった。ただ、所轄からすると、本部の協力があることはありがたいことらしい。

「こいつ、無職だったけど、たぶん元プログラマーだよ。それも、たちの悪いタイプ」

「へぇ? どうしてそう思う? 不自然なのはそれが理由か?」

 真治は興味を引かれたらしい。あたしの方に向き直って真剣な表情になっていた。

「ネット上のFX取引でAJAXのクライアント処理に介在して、時間差取引の不正を行ってた」

「なんだそれ? 単なる不正カード情報を使った転売屋じゃないのか?」

「事件はそうだよ。だけど、押収したPCで署名されてないプログラムを調べたら、署名されたプログラムを改ざんしたヤツがあって、調べてみたの。そしたら、こいつFX取引の決済金額の確定を五秒遅らせてた。そんで、今の価格と比べて、自分に有利なほうを選ぶプログラムを作ってたんだ」

「FXって外国為替証拠金取引だよな? 為替レートの差で利益を得るゼロサムゲームだろ」

 あたしは真治の方を向いて頷いた。

 FX取引は、手数料を取る取引業者を除けば、誰かが得をすれば必ず損をする人がいる。市場全体をみればゼロにしかならない。だからゼロサムゲームだ。

 個人の取引は、カジノで利益を得るような行為といわれることもある。企業がこの取引をする場合、その目的は利益ではなく、たいていは海外取引の収益を確定させる保険目的だ。

「そのゲームでルール不正を働いた訳か。五秒の間に、たとえばドルと円の間で為替レートが変わったら、今の金額と五秒前とで比較して、自分に有利なレートを選ぶようにしたのか?」

「そうだよ。刑事総務課に聞いたけど、このケースは値決めの話になるから、違法性を認めるのは難しいんだって。実際と異なる価格で決済したのなら詐欺に出来るけど、五秒前とはいえ、実際の価格だから――」

 刑事総務課は刑事部の筆頭課で、警察で刑事事件の法解釈で困った時の相談部署とあたしは勝手に思っている。

 あたしはそこまで説明した後、ひと呼吸を置いてから疑問を口にした。

「だけど、コイツがもしそれを意識してこの改ざんをしているなら、あたしには分かんないことがあるよ――」

 あたしの後を継いで、真治は言葉を発した。

「そんな注意深いヤツが何で、こんな馬鹿な事件で捕まってるんだ、か? 確かに不自然だな」

 あたしは真治の方を向いて頷いた。真治はもう一度考えた顔をしてから、溜息を吐いた。

「まあ、そう気にするな。とにかく拘束が終わってるなら、後は検事も調べるだろう。今の件は報告書に書いてあるんだろ?」

 真治の言葉に頷いてから、渋谷署から相談されたことを思い出した。

「ただ、誰から知恵をつけられたのか知らないけど、身柄拘束後に黙秘続けて、知らぬ存ぜぬを通しているんだよ。

 コンピュータからは動かぬ証拠が出ているんだから、もう何やっても意味無いのに! あたしはこのバカのせいで、また渋谷署まで行かなきゃなんないの!」

「そりゃ大変だな。椅子の上で胡座もかきたくもなるか……」

「渋谷署まで太田巡査長に送って貰うね」

 真治が頷くのを見てから、あたしは太田を呼んでお願いした。

「渋谷署まで行くから車出してくれる? あたし青免持ってないから」

 青免は、警察車両を運転するときのライセンスだ。内規で決まっている。普通免許を持っている人が、警察内部でもう一度実地試験を受けて、青免を取るらしい。

 ただ、あたしはそもそも普通の免許を持ってない。太田が肩をすくめて言った。

「そろそろ自分も運転手扱いを卒業したいですよ」

 そして、あたしは肩に提げたでかいショルダーバッグに、近くのコンビニで買ってきたおにぎりを突っ込んだ。

 あたしは突然の移動に備えて、いつも食べ物を朝買って準備してるんだ。

 何でそんなことをしているかって言うと、あたしカツ丼にうんざりしているから。

 そして、太田にあたしが作った大量の証拠資料を持ってもらって、渋谷署まで行くことになった。

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