6. 第二章 覚醒の兆し〜波動
コンコンとドアをノックする音が聞こえて我に返った。ルティアじゃない、落ち着け。ルティアには今日は自室で寝てくれと言っており、渋々自室へと帰っていった。心配かけた矢先で本当に申し訳ないと思っている。イリアさんが来たんだ。落ち着け。
「おど、どう、どうぞ」
全然落ち着けなかった。ドアを開け、部屋を覗いて微笑んでいるイリアさん。
「その様子を見て安心しました。一緒に寝ているのに進展がないので、ルティア様のことを何とも思っていないのかと心配しておりました」
何とも思っていないわけがない。色々思う。顔はとても可愛いし、スタイルも良い。最初こそ適度な距離感で意識することはあまりなかったのに、今では甘えん坊でベタベタくっついてきたり一緒に寝たり、いろいろ悩まされる。煩悩が頭の中で暴れ回って非常に厄介だ。
「困りますよ。ああいうのは・・・・」
すると、イリアさんはベッドに座る俺の隣へ座ってこう言った。
「何故ですか? 私はレイド様が、メルド様からルティアを頼む、とお願いされているところを見ておりますが」
メルド・ヴェルディ。ルティアのお父さんの名前だ。ちなみにお母さんはルナ・ヴェルディ。
「だから困るんですよ! 頼まれた以上そういった不純なことは・・・・」
それを聞いてもイリアさんは首を傾げて分からない様子。何で。
「ルティア様はレイド様に心を許しておられます。メルド様はルティア様が心を許しているのを見て、夫として相応しいと思いあの発言をなさったのですよ」
いや、そんな意味を含んでの言葉だったとは到底思えないんだけど!? え、本当にそうなの? いやいやいやいや・・・・確かにルティアは可愛いけど。でも俺にはもったいないというか、そもそも俺から色々と危険な匂いがするし、ルティアを巻き込みたくない。
「その話はいったん保留でもいいですか?」
「かしこまりました。それとルティア様の夫となる方ですから、メイドの私には敬語は不要です」
保留って言ったのに。まぁ、いいや。言われた通り敬語はやめよう。なんか夫になることを認めるみたいで少し不服だけど。
「今日の話の本題なんだけど、この家を出ようか――」
「許可できません」
いや最後まで聞いてくれよ。
「でも出ていきたいんだ。ルティアのために」
その言葉を聞いて、少し考えこんだイリアさん。
「理由を聞かせていただきます。勿論、聞いた後でも結果は同じで許可は致しませんが」
強気だな。話を聞いて気持ちが変わってくれればいいんだけど・・・・。
「今日、ある人物を助けるために数人の黒服の男と戦闘をしたんだ。その連中は殺していない。が顔を見られている以上ここに居続けることはよくないと思う。これが一番の理由。それと直感だけど、多分こういうことが増えていく気がするんだ。ルティアが危険にさらされる可能性があるなら、俺はルティアから離れたほうがいいと思ってる」
ずっと考えていた。瞬間移動、謎の剣、自分の戦闘技術。どれをとっても、確実に俺は人を殺したことがあるだろうと思える。普通に考えて強すぎる。瞬間移動はできるし、近距離の敵の攻撃を躱すことも余裕だった。今後も戦闘をしそうな気がする。そんな物騒なことが頻繁に起こるような人間と一緒に、あんな優しくて可愛い女の子を傍に置いておけない。何より、血で汚れ穢れていたかもしれないこの手で、ルティアに触れてきたことに、酷く罪悪感を感じている。
「そんなことでしたか・・・・。質問ですが、黒服の連中に攫われ、レイド様に助けられた女性、リアナ様、ではないでしょうか?」
そんなこと、と悩んでいたことを一蹴され、その上突然リアナの名前が出て二度驚いた。リアナの名前は言ってない。何でメイドのイリアさんが知っているんだ。目撃されたわけでもないのに・・・・。まさか魔法で監視されていた?というか何で様付け?
「私は魔法を行使して市民を守る、魔法士というものです。メイドはルナ様にお願いされてやっておりますが、基本的にはヴェルディ家の護衛をしております」
メイド副業だったのかい。
「『魔法守護・アルカディア』という組織に所属していて、その中でも上位の団に入団しております。つまり、私はこう見えても優秀な魔法士です」
どや顔で説明された。魔法士の存在は聞いたことがある。魔法を使って犯罪行為をする者と戦ったり、国や市民から依頼を受けて護衛したりする人達だ。でもイリアさんがそうだったなんて知らなかった。ただのメイドだとしか思っていなかった。上位の団だというのは、魔法守護・アルカディアという組織の中にも強さによって団が分かれていたりする、ということか。
「上位の団員の中でも優秀な魔法士には、国家を揺るがしかねない異常事態、緊急の高難易度な依頼の情報はすぐに魔法鳥を介して伝わってきます。黒服の人物は、数千年前から存在している組織『ディストピア』の手先で間違いないと思われます」
だから、リアナが攫われたことも知っていたということか。
「優秀で強い魔法士だから、余計なことを心配せずにこの家にルティアといろ、ということ?」
さっき、そんなことでしたかと言っていたのは理解できた。
「ええ、そういうことです。ルティア様のためを思うのでしたら、傍にいてあげてください。それが一番ルティア様の望まれることですから」
ルティアを危ない目には合わせたくない。でもイリアさんは優秀な魔法士で・・・・。よく考えたら、謎の魔法エリート集団はアルカディアの組織の者だったのだろうか。あの人達と同じくらいイリアさんが強いとするなら、かなり安心できる。この手がたとえ血で汚れていても、傍に居たいと思っていることは事実。俺も覚悟を決めよう。
「分かった。出ていくのは止める」
この家から出ていきルティアから離れる、という固いはずの意志はこうしてあっけなく消え去った。
「それにしても、王城にリアナ・クルイツィア様が運び込まれたという連絡が入ったときは驚きました。今のお話を聞いた様子では、レイド様がお救いしたということで間違いありませんよね?」
え? リアナ・クルイツィア・・・・? なんかこの苗字聞き覚えが・・・・。あれ、住んでいる国と同じ名だ。
「イリアさん・・・・まさかリアナってこの国のお姫様とかだったりする?」
「はい。第二王女でございます」
とんでもない人物だった! いやまぁ、普通の人はあんな目に合うのはあり得ないと思っていたし、納得はできる・・・・。
「一応助けたよ。まぁ、リアナは俺の顔を見ていないから誰に助けられたかなんて分からないと思うけど・・・・」
助けた、といえるほどのことはしていないような気もするが。結局最後は御者に丸投げだったし。
「第二王女の扱いが雑すぎます。馬車の荷台に乗せて王城まで運ぶなんて」
第二王女だって知っていたらもっとましな手をうったよ・・・・たぶん。でもリアナを探している連中も、王城へ向かう護衛もいないただの馬車の荷台にいるなんて考えないと思ったから、そうしたんだけどな。
「もしかして、波動を放ったのもレイド様なのですか?――」
「それ! 波動ってなんなんだ? 突然大通りでたくさんの人が気絶したのとやっぱり関係があるのか?」
ずっと謎だった。今回は分からない事が多すぎる。黒服連中とリアナが何者かという謎は解決した。どういう理由で攫ったかは分からないけど。
「波動をご存じないのですね。では簡単に説明させていただきます」
おぉ、ついに波動の正体が分かるのか。
「まず、波動というのは魔力が関係しています」
そう言って説明が始まった。魔力とは魔法を行使するために必要で、生命体には必ず魔力が宿っている。そして魔力は生命体の内側、体内で循環している。この魔力の循環は生命体自身が無意識に内側で行っているもので、循環を止めることは出来ない。もしも、魔力の循環が不十分になると、生命体は圧力、押されているような感覚として知覚することができる。この知覚した圧力のことを『魔力の波動」という、と教えてくれた。
「波動は誰でも感じることが出来ます。ではその波動を感じる仕組みを少し詳しく説明いたします」
誰でも感じることが出来るのに、俺は分からなかったな。何でだろう・・・・。波動は分かったが新しい謎が出来た・・・・。とりあえず続きを聞こう。
「魔力の循環は意識的に体外で行うことが出来るのですが、これが波動に大きく関わります。普通、魔力の循環はどの生命体も体内で行うため、互いの魔力の循環には干渉しません。ところが、体外で魔力を循環させると、別の生命体の魔力の循環に干渉して妨げてしまうのです」
体外で循環させてしまうと、循環させた魔力がほかの生命体にぶつかって他人の循環を阻害してしまうということか。迷惑な話だな。
「体外で循環させたとき、他の生命体に干渉してしまう範囲は、循環させている、保持している魔力量によって変化します。この時、体外で循環させている生命体の魔力量に関わらず、体外魔力循環の範囲内にいる別の生命体の魔力循環が阻害されて不十分になり、先ほど言ったように圧力として感じるのです。これが波動を感じる仕組みです」
なるほど。波動の仕組みについては分かった。
「イリアさんはさっき、俺に波動を放ったか聞いたよね? 体外で魔力を循環させることが出来るのは分かったけど、そもそも俺はそのやり方を知らない。だから、俺が波動を放つことはできないと思う。それに俺は波動を感じなかったんだ」
「それでしたら、レイド様が波動を放った可能性がより出てまいりました」
ん? なんだ? 全然意味が分からない。
「どういうことだ?」
「魔力を意図的に体外で循環させることは勿論出来ますし、ごく稀に無意識的にある条件を満たして体外で循環させてしまうことがあります」
へぇ。そうなのか。え、待って俺のせいで大変なことになってる?
「さらに、波動を放っている人物は、どれほど波動が強くても自分自身が感じることはありません。あくまで波動を感じるのは、範囲内にいて、かつ体内循環を阻害される者だけですから」
思っていたより難しい話だった。それに今回の波動は俺が原因の可能性があることが分かった。ほかの疑問は・・・・大量の気絶事件は俺のせいなのかだ。波動も大量気絶も大通りで、場所が一致している。それにしても、俺は波動を感じなかったが、ルティアや馬車に乗っていた御者が言うように、多くの人が波動に怯えていたのは何でだろう?
「波動による圧力はどれくらい強いんだ? あんなに怯えるほど恐ろしく強いのか?」
「いえ、波動は放った者の魔力の量や距離、阻害された者の魔力量など様々な状況によって強さが異なるので・・・・」
少し考え、すぐにまた説明を続けた。
「例えばレイド様が波動を放っていたとして、レイド様の近くと波動のギリギリ届く干渉範囲内に一人ずつ人がいたとします。体外で魔力が循環する際、魔力の量、つまり循環する魔力の濃度がレイド様からの距離で異なり、近いほど濃度が高いため、レイド様の近くにいた人物は強い波動を感じて、遠くにいる人物にはほとんど感じなかったりします。勿論レイド様の魔力量と、干渉範囲内にいる人物の魔力量によって波動の感じ方は異なります」
んむ。なんとなくは理解できたが、実際に体験してみないと想像しにくいな。
「とりあえず、俺は大通りにいて何も感じなかったから、今回の波動は俺が放ったと思って間違いないのか?」
「あれほどの波動を大通りにいて感じなかったのであれば、間違いないですね」
あれほどというくらいに異常な波動だったとは。本当に何も感じなかったから、放ったということが不思議でならない。だって、何もしてないつもりだし。戦闘はしたけど・・・・。
「はぁ、波動の犯人が分かっただけ良かったです。正直、あの数の人々の意識を奪うほどの波動は、恐らくあなた以外に出来る者は世界を探してもいるかどうか、いたとしても本当にごく少数でしょうね・・・・」
大きくため息をついてそう言った。そんなに強い波動だったのか。え? 俺やばくないか? 危険人物すぎる・・・・。
「波動は強すぎると意識を奪ったりできるってことか」
イリアさんは頷いた。心底安心したのだろう。俺の隣で目をつぶって深呼吸をしている。
「どうやって体外循環させたのかは今もわからないと思いますが、波動を出さないように気をつけてください。今、第二惑星ハーデスが終焉を告げに来た、と絶望している人々で溢れていますから。人や物の動きが滞って、大変なことになっています」
そんなことになっていたとは・・・・。気を付けたいけど、どうしたらいいのか全く分からない。あのとき何があったのか、ちゃんと思い出してみる必要がありそうだ。
「分かった。まだ聞きたいことはあるけど、とりあえずの疑問も悩みも解決したから今日はこれくらいで終わろう。付き合ってくれてありがとうイリアさん」
期待以上の話が出来た。出ていくつもりだったので、これからの生活をどうしようとかいろいろ考えていた。それが解決した上に波動と大量気絶の原因も知れた。まだ謎なのは、あれだな。剣だ。浮遊していたし、柄と刀身が離れていたし。そもそもどこから現れていつ手にしていたのか、いつなくなったのかだ・・・・。解決できるといいんだけど。
「では、自室に戻ります」
そう言って俺の部屋から出ていった。
「さてと、ちゃんと忘れないようにメモしておくか」
どうでもいいけど、イリアさんいい匂いだったな・・・・。お風呂の後に来てくれたのだろうか。ダメだ! ダメだ! 風呂を思い出すとルティアの裸も思い出してしまう。あぁ、怒ってるかなルティア。
面白い、次が気になる、そう思っていただけるよう頑張ります。感想など是非ともお願いいたします。