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2. 第一章 記憶探し~謎の力

 「・・・・えっ?」


 猫の鳴き声が聞こえた。間違いない。問題はそのあとだ。鳴き声が聞こえた直後、俺はさっきと全く違う大通りから外れた裏道に立っている。


「どうなっているんだ。猫は・・・・」


「にゃー」


 いつの間にか猫を抱えていたらしい。奇妙なことが起きて混乱している。俺は猫を見ていた・・・・。自分で何が起こったのか分からない。えっと、いったん整理しよう。俺は大通りの、馬車や人の往来の激しい中央ではなく、道の端にいた。そこで猫と目が合っていた。その後、気づいたらこの大通りを垂直に横切る人気のない裏道にいた。大通りの沢山人が横切るど真ん中を突っ切らなければここへは来られないけど・・・・。

 一番の問題は速度だ。大通りを垂直に通過したことを自分自身が認知すらできなかった。そもそも通過したかも分からない。とりあえず、抱えている猫は元気そうでよかった。そういえば、猫が飛び出していった先、馬車が行き交っていて危ないと、そう思って。そしてここにいる・・・・・・。



 何度も、繰り返しあり得ないと思った。走り抜けたのかも分からない。通過した記憶はない。その証拠に誰も何の反応もなく素通りだった。周りを注意深く見ていなかったのかもしれないが、それでも目の前を通過しているなら分かるんじゃないのか・・・・。俺は魔法が使えないと、そう思って・・・・。使ったのか? それともまた知らない何か、忘れた何かなのだろうか・・・・? 少しだけ気味が悪い。訳が分からないまま歩き続け、気付けばルティアの家に着いていた。


「にゃ」


 猫が俺の胸に手を当てた。慰めてくれているのだろうか。心なしか、心配しているようにも見える。なんて優しい猫なん・・・・。


「だぁー! 連れてきちまった!」


「んにゃ」


 抱きかかえられた猫は、まぁ落ち着けと言わんばかりにポンポンと前足で俺の胸を叩いた。やめてくれ、落ち着けるか。


「レイド・・・・君? 何かあったの?」


声に驚いてルティアが恐る恐る近づいてきた。ちょうど学校から帰宅してきたのだろう。ということは、いつの間にか随分と時間が経っていたようだ。


「何その子猫! 可愛い! すっごく可愛い!」


 猫に気が付くと、ビュンっと一目散に傍へ近づいてきて、人目も気にせず猫に夢中になるルティア。にやにやと口元が緩んでいる。猫を撫でる度、「えへへ」と口から漏れ出るように声を出したり、時折「にゃ~」と猫語を話している。そして、猫をめでて数十秒後、はっと我に返りみるみる顔を赤く染めていく。


「ち、ちがうのこれは! その、あの。可愛くて、つい・・・・・」


両手であたふたと顔を隠したり隠さなかったり、とにかく慌てている様子だ。


「そうか。猫飼ってもいい?」


「う、うん。そうだね。可愛いし、今日から一緒だね。メイドに伝えておく。あと・・・・さっきの

忘れてくれると助かるんだけど・・・・」


「良かったな猫ちゃん。一緒に住むからお前見る度に思い出せるな」


俺は猫を抱きかかえたまま万歳をした。


「にゃー」


猫も嬉しそうに返事をした。ルティアは恥ずかしがりながら小声でもう、と言いながら先に家へ入っていった。






その日の夜、俺は自分の部屋で悩んでいた。


「なぁクロ、どうしよう。言うべきかなー、 ルティアに心配させたくないし、言わないべきかなー」


「にゃー?」


首を傾げて、その場でくるくる回ってベッドへ跳び乗ってきた。猫の名前は見た目そのまま、全身黒い毛だったのでクロと名付けた。メスだった。


「このやろう。あくびしやがって。こっちはすごい悩んでるっていうのに」


悩んでいることはもちろん、謎の移動現象だ。一度帰宅し、食事をして風呂に入ったが気になって仕方がなかったので、また大通りに行っていた。

 大通りの同じ場所で普通に歩いたり走ったりしたが、あの時のような異常で自分すら何が起こったか分からないほどの速さには到底ならなかった。今しがた検証したときと、実際に起きた異常な移動、これからは瞬間移動(仮)と呼ぶことにしたそれとの明確な違いは、クロが馬車に轢かれそうで危ないと思っていたか、いなかったかだ。その他にもたぶん多少の違いはあるだろうが、一番はクロを助けようとした、ということだと思う。


 その違いがあるのは分かった。ただ、他のことは全く分からない。走った感覚はなかった。もしかしたらあったかもしれないが、速すぎて脳が追い付いてない。魔法の可能性もありそうだけど・・・・。移動という点では、元素魔法が普通に扱える一般人でも、馬車などを使って移動している人々で溢れていて、俺と似たような特殊な移動方法を魔法で行っているものは見たことがない。もしもこれが魔法なら、俺がした瞬間移動(仮)など移動系の魔法はめったに使われないとか、使える人物が限られてるとか、そんなちょっと風変わりな魔法なのかもしれない。魔法かどうかは分からないけど、元素魔法すら使えない俺が一般人でも扱わない、または扱えないような魔法を使えるとも思えないが・・・・。


こういうことは話さず黙っている方がいいのだろうか。知ってることが少なすぎて、話すことは危険な気がする。ルティアも巻き込んでしまうかもしれない。

 とりあえずこの事は言わずに様子を見よう。何となくメモしておく方がいいと思い、筆を走らせる。今後は魔法についても勉強しなければならないだろう。記憶を探すのも大事だが、戻るかもわからない記憶を探すより確実に魔法の知識を増やす方がいいだろうし。


「レイド君、今いい?」


「へぁ!? ルティア!? ま、ちょっと待って!」


 ドアをノックしてルティアが入ってこようとしているみたいだ。驚いて変な声が出た。クロは俺の声に驚いて、ベッドの上でぴょんっと高く跳んだ。ごめんなクロ。ルティアに見られる前に慌ててメモを机の引き出しにしまった。


「・・・大丈夫、入っていいぞ」


 ルティアがゆっくりドアを開けた。ドアの奥からニコニコとした可愛らしい顔がこちらを見ている。


「変な声聞こえたけど何してたの? ふふ」


「いや、帰ってきてちょうど寝巻に着替えてたんだ!なっ、クロ」


 机の引き出しを手で抑えながら変な姿勢で話していたのに気づいて、すぐに机からどいた。


「にゃー」


クロも鳴いてたぶん同意したと思う。


「大通りでの用事は終わったの?」


部屋へ入りながらそう俺に質問した。


「あぁ、無事にゲットできたよ。はいこれ、ルティアの分とこっちがメイドの分」


大通りでの実験をカモフラージュするために、店に立ち寄って美味しそうな食べ物を買ってきておいた。


「あ、これフィリアのシュークリームだ! すごい美味しいんだよ。ありがとう」


フィリアのシュークリームが美味しくてここら辺では有名だと、散歩道で知り合った子供から教えてもらった。確か全部で大銅貨5枚くらいで買えた。いろいろな人と話しておいてよかった。ルティアはメイドへすぐ渡しに部屋を出て——。


「レイド君が買ってきてくれた!」


届けに行ったルティアの大きな声が家中に響き渡る。そんな大声出さなくても。それからすぐ、俺の部屋へと戻ってきた。


「後で渡しに行くつもりだったんだけど、何か俺に用でもあったのか?」

ルティアに俺の部屋に来た理由を尋ねてみた。


「ん?」


戻って来て早々シュークリームにかぶりつき、見事に鼻にカスタードを付けながら首を傾げた。鼻についているのが分からないくらいに好きなんだろうな。覚えておこう。


「ニヤニヤして、何か企んでるでしょ?」


さすがに顔に出ていたか。ばれてしまったら仕方がないな。


「鼻についてるよ」


顔を赤くして、恥ずかしそうにふき取った。出会ってから半年経って、最近は特に親しく話せるようになり、距離感も少し変化してきたように感じる。


 シュークリームを食べ終わった後、二人でベッドの縁に座っているとルティアが話し始めた。ちなみにクロはシュークリームを貰えなくて、拗ねてベッドの枕を占領してしまった。ごめんよ。


「クルイツィア魔法帝国はね、結構広いの。その領地のひとつ、エスティナート島っていう島がここからずっと南方にあって、すっごく有名な観光地なんだけど・・・・」


 シュークリーム食べているときはあんなに幸せそうな顔をしていたのに、話すうちに暗い顔になっていく。何かあったのか。


「実は・・・・エスティナート島が消えたらしいの・・・・。私も昔、お父さん、お母さんと一緒に行ったことがあって、楽しかったのを覚えてる。だからすごくショックで」


消えた?島が消えることってあるのか・・・・?俺やルティアのいる都市まで何かしらの影響がなければいいんだが・・・・。


「魔法鳥でいつもお母さんと連絡を取ってるんだけどね。消えた原因を調べるために、これからお父さんと一緒に向かうって。今まで島が消えるなんて無かったから、帰るのがいつになるか分からないみたい」


魔法鳥って確か、遠くの人物に特殊な手紙を届けることの出来る魔法だったっけ。今までルティアの両親がなかなか帰ってこないことはあったが、それでもある程度いつごろ帰ってくるという目途があり連絡も来ていた。ただ今回はいつ帰ってくるか分からないということか。それ程の異常事態。だからルティアは不安になったんだろう。やはり島が消えるのは前代未聞のことだったんだな。両親に初めて会ったとき、ルティアを頼むと言われたんだから、できる限りのことはしよう。


「きっと大丈夫。帰ってくるまで気長に待とう」


 そう言って、隣にいるルティアの頭を撫でた。ルティアが幼少期の頃から親は仕事で飛び回っているらしい。だから親と一緒にいる時間は、おそらくほかの子供と比べて少ない。なら俺が、親代わりとまではいかないが、兄妹みたいに接して少しでも寂しくならないように・・・・。


「ありがとう」


優しい笑顔でこちらを見ながらルティアはそう言った。


「このくらいなら、いつでもするよ」


ルティアに笑顔が戻ったが、すぐに下を向いてしまった。


「あの、さ・・・・今日は、その・・・・」


顔を上げてこちらを見たかと思うと、また下へ視線を落とす。


「何? 俺にできることなら何でもするけど?」


それでもまだ言いにくそうにしている。足をもじもじさせて、膝の上で手をぎゅっと握りしめている。数秒、お互いなにも言わずにじっとしていると漸く口を開いた。


「一緒に寝たい・・・・」


「おう・・・・えっ?」





 今はだいたい夜明け前か。ルティアはぐっすり眠っている。が俺は全く眠れていない。


「んんっ」


寝返りを打ってくっついてきた。首筋に息がかかってくすぐったい。右腕に豊満な胸が押し付けられる。我慢だ。動くな俺。耐えろ俺。心音がうるさいけどもそれはどうしようもない。ルティアの寝息がすぐそこで聞こえてくる。


ルティアは甘え足りないんだろう。エスティナート島のこともあるし、ルティアのことを今まで以上に優先しないとすぐに不安がるだろう。異変があったらすぐに寄り添ってあげないと。半年前に助けてくれて、それからずっと俺をこの家においてくれている、その恩返しだ。




――ふと夜明け前の空をカーテンの隙間から見ていて、思い出したことがある。空を見る人があまりいない。空を見ていると、何となく綺麗だと思う。それはきっと第二惑星ハーデスを知らなかったから。そしてあまり怖いと思っていないからだろうか。


でも多くの人は第二惑星ハーデスを視界に入れたがらない。昼は比較的空が明るく、あの薄暗く赤みがかった巨大な星は夜ほど目立たないので、散歩していると天気を窺って空を仰ぐのを時々見かける。ただ、暗くなりだすと誰も空を見上げない。散歩中に仲良くなった子供たちに、「大きな死神の星は夜に見ると命を取られちゃうんだぞ」と教えてもらった。子供に夜遅くまで外にいさせないためというのもあるだろうが、大人でも暗くなると本当に空を見上げない。常識らしいが、とても変だと感じる。この違和感を持っているのは俺だけなのだろうか。


何かこう、モヤモヤする感じだ。でもたぶん、今は取り除くことができないんだよな。いつもだ。記憶を失って、何かを思い出そうとしたり違和感を感じた時、いつもこうなる。そして解消することなく、もどかしさだけが残る。そして、そのもどかしい気持ちを紛らわせるために、ルティアと楽しい話をするんだ。


「んっ、むぅ、レイド君のばか・・・・ふふ」


寝言を言ってらっしゃる。罵られたが悪い気はしない。本当に、この子に助けてもらって良かった・・・・。


「ありがとう」


ルティアの耳元で優しくつぶやいた。


「にゃ」


お前には言ってないぞクロ。


面白い、次が気になる、そう思っていただけるよう頑張ります。感想など是非ともお願いいたします。

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