96話 リンク⑤ 銀貨一枚分の宝
賞金首。
それは犯罪者や逃亡者のうち、国や個人から懸賞金をかけられている者のことである。
「あなた、詐欺師のグローネンですね?」
「は?詐欺師?一体何のことやら…」
とそこまで言って突然、男は腕を振り解き、猛然とギルドの外へ駆け出した。
「待て!ウィンドプレス!」
「ぐえっ!?」
取り押さえた詐欺師は衛兵隊の詰所まで連行していった。
「黒髪に青い目、右頬に黒子。手配書の人相とも一致する。よし、本物のグローネンだな」
初めのうち、詐欺師は中々罪を認めようとはしなかった。
が、手配書に似顔絵まで付いているのを見ると、
「つい出来心なんです!悪気はなかったんです!兵士の旦那、俺は神に誓って、人を傷つけたりしたことはありません!今回だってちょっとした冗談のつもりで!詐欺なんてとんでもない!」
云々。
それはもの凄い勢いで言い訳を並べ立て始めた。
が、
「黙れ」
と一発、兵士に殴りつけられ、無理矢理静かにさせられていた。
「へえ、似顔絵付きの手配書なんて初めて見たぜ。確かにコイツだな…くそっ!危うく今までの稼ぎを持っていかれるところだった!」
B級冒険者のマルティンさんが声を荒げ、壁を殴る。
「今思えば、『宝の地図を売る』なんて意味不明じゃねえか。何で俺はあんな簡単に信じちまったんだ…」
そう言う彼の頬は赤い。
酒が入り、判断力が著しく低下しているところ狙われたのだろう。
「まあ、次から気を付ければ大丈夫ですよ」
「うう…一回りも下の子供に慰められるとは情けねえ…。しかしリンク、お前は本当に偉いよな。まさか、詐欺師の賞金首までちゃんと確認しているとはよ」
賞金首を追うのは軍の仕事である。
中には賞金首を専門に追う『賞金稼ぎ』なる者もいるが、冒険者のように公的に認められている職業ではない。
同じ荒事専門でも、冒険者の相手は基本的に魔物である。
山賊や盗賊なら冒険者が討伐に動くこともあるが、詐欺師となると流石に冒険者の管轄ではなかった。
「め、珍しく似顔絵まで付いていたから覚えていただけですよ」
紙もインクも高価であるから、手配書は文字だけというのが一般的だ。
「そういえば、単なる詐欺師にしては賞金額も高いので、恐らくどこかで貴族にも手を出していたのではないかと思いますね。手配書には『冒険譚詐欺師』としか書かれていないので、詳細は分かりませんけれど」
「ははあ、なるほどねえ」
詐欺師に劣らぬ早口で捲し立てると、マルティンさんはうんうん納得したように頷いた。
その様子を見て、俺は話題を逸らせたと密かに安堵の息を吐く。
(…まさか、自分の手配書が出回っていないか毎日確認していたから気付けた、なんて言えない)
詐欺師の引き渡しを終えて、俺達は詰所から出た。
賞金の受け取りは後日改めて、とのこと。
夜の街を手ぶらで歩きながら、俺はこの『思わぬ臨時収入』の使い道について考えた。
(金貨十枚は大きい。これでほぼ目標額まで溜まってしまった)
金が貯まった以上、すぐに獣人国へ向かうのも一つの手である。
が、お金が潤沢でも冬の旅が危険なことに変わりはない。
(であれば、万一に備えて貯めておこうか?ないな)
お金があれば、買い揃えたい物はいくらでもあった。
(まずは杖だ。調薬用に一本あると便利。あとはやっぱり剣が欲しいな)
今まで短剣一本で凌いできたが、常々ショートソードくらいは持っておきたいと思っていたのだ。
(冒険者なら、やはり剣の一本くらい腰に佩いていなくては!)
「あ、そういえば、もう一つ分からないことがあったんだ」
不意に、隣を歩くマルティンさんがそう呟いた。
「どうかしたんですか?」
「いやな、グローネンは俺に『ついて来たら宝物を見せてやる』って言ってきたんだよ」
しかし、グローネンは詐欺師であった。
「なら、宝物なんてあるわけないだろ?一体何がしたかったんだ?」
「うーん、人のいない所まで誘い出して、闇討ちでもかけるつもりだったとか?」
そう言ってみたはものの、俺は自分で自分の言葉に納得がいかない。
(マルティンさんはB級冒険者だ。そこらの暴漢では束になっても敵わないだろう)
多少酒が入って酔っぱらっていたとしても、闇討ちの成功率はそう高いとも思えない。
(偽物の宝の地図まで用意して、そんな杜撰な計画があるだろうか?)
翌日。
俺は護衛任務を辞退して、マルティンさんと二人で宝探しに出かけた。
「…なあ、本当に道はあってるんだろうな?」
雪深い森の中、後ろを歩くマルティンさんから声がかかる。
「昨日、地図を見た時に覚えました。もうすぐ着くはずです」
「覚える時間なんてあったっけ…?俺なんて昨日の記憶すら朧気だぜ…」
「あった!多分アレですよ!」
森を抜け山にぶつかった所で、俺達は洞窟を見つけた。
「おお、本当にあったんだな…俺はもう、洞窟すら嘘っぱちなんじゃないかと」
「かなり深そうです。今灯りを点けますね。ファイア」
洞窟は二人が並んで入ってもまだ余裕のある広さで、真っ直ぐに奥へと続いていた。
「…で?宝物は?」
しかし、宝物らしき影はどこにも無かった。
「ちぇっ!やっぱり嘘だったんじゃねえか!とんだ無駄足だぜ!」
そう言って、マルティンさんは地面を蹴りつけて怒りをぶつける。
「あるわけねえとは思っていたが、実際に無いと滅茶苦茶腹立つぜ!くそが!」
ガスッ!
と蹴り上げた土の中。
「マルティンさん!今、一瞬何か光ったような」
「何?…いやいや、まさかそんな…」
俺達は膝を着いて地面を調べる。
二人揃って短剣を引き抜き、砂利の混じった固い地面を掘り返す。
すると、
「こ、こいつは金だ!」
マルティンさんの手には、砂粒ほどの小さな金が握られていた。
「嘘だろ、一体どういうことなんだ?まさか…ここは本当に未発見の金鉱なのか!?」
マルティンさんは夢中になって地面を掘った。
「また出た!凄え!掘れば掘るほど出てくるぞ!ワハハ!金だ!金だー!」
マルティンさんは完全に目が眩んでいた。
「…で?ここは結局何だったんだ?」
しばらく後。
落ち着きを取り戻したマルティンさんが問う。
結論から言うと、やはり、ここは金鉱などではなかった。
掘り出された金の粒は十三を数えたところで頭打ちとなった。
「つまり、これはそういう詐欺だったんです」
「あのよ…俺は頭が悪いんだ。もっと分かりやすく教えてくれ」
「つまり、その金の粒は、あの詐欺師が埋めていったものなのです」
金と言っても、砂粒ほどに小さいものなら大した価値はない。
十数粒でも銀貨一枚分の価値があるかどうかだ。
「しかし、目の前でそれを掘って見せれば、ここが本当の金鉱だと信じてしまう人もいるかもしれません」
「むむむ…」
「後は有り金を巻き上げて、マルティンさんが何も無い洞窟を掘り返している間に逃げてしまう。こんな計画だったのではないでしょうか?」
俺達は来た道を引き返した。
洞窟は街からそう離れていなかったので、昼には街に戻れそうだ。
「しかし、『グローネン』ねえ」
「グローネンがどうかしましたか?」
「いや、あの詐欺師の名前はグローネンなんだろ?」
「恐らく本名ではないと思いますけどね」
「そういえば、最近有名になった冒険者も『グローネン』って名前だったなあって思ってよ」
「そうなんですか?」
「何だ、知らねえのか?『石仮面のグローネン』っていうA級冒険者がいるらしくってえ…」
かくして『詐欺師のグローネン』は捕まり、俺は『冒険者のグローネン』の話を耳にした。




