94話 リンク③ ゴブリン銀貨
王位を巡っての内乱の処理には、相当な時間がかかっていた。
東部諸侯が軒並み叛乱に与したため、大規模な封地替えが必要だったのだ。
領地に対して貴族の数が足りなくなるほどで、見せしめの処刑を何人にするかでも議論が分かれた。
そうして、夏に起こった叛乱の処刑は、秋口まで延期になった。
その処刑の直前の夜。
満を持して、私は一人、牢から脱走した。
魔法を用いて牢を破り、風魔法で空を飛んで逃げる。
どのように王都から出るか考えたが、どのみち脱獄が露見するのに時間はかからない。
私は魔法を放って、力づくで街門を突破した。
一応、追っ手を欺くために東門から出て行ったが、どれだけ効果があるかは分からない。
王都を抜けた私は、転身して南の森へ向かった。
『南の森の入り口にある大岩の下に、旅で必要な物を隠しておく』
そうギルに言われていたからである。
「大岩、大岩…。あれかな?」
白色の大きな岩に近付き、足元を掘り返すと木製の箱が出て来た。
「マントにナイフ…食料は無いか。まあ仕方ないよね。これは…」
箱の底には革製の小さな袋が入っていた。
手に取ると金属の擦れる音がする。
検めてみると、中から大金貨が三枚出てきた。
(…なるほど)
大金貨は金貨の十倍の価値がある。
それが三枚。
確かに、これだけあれば丸一年以上は旅が出来る金額である。
ただし、それはこの大金貨を使えればの話。
「個人で大金貨を持ってる少年って、どう考えても貴族じゃないか…ギル…」
脱獄犯である私は、正体を知られたら処刑台へ逆戻りだ。
目立つ行動は控えねばならないし、貴族の出自と知られるのは最悪の展開である。
「王子様は自分でお金持たないからなあ…。こういう時、モニカがいれば指摘してくれただろうに…」
ふうとため息を吐くと、思わず苦笑が溢れてしまう。
「仕方がない。少し遅れるけど、まずはお金稼ぎから始めよう。…まさかこんな風に、念願叶って冒険者になれるとは思わなかったよ」
私は飛行魔法で夜の森を一気に抜けた。
追っ手がつく前に出来るだけ遠くへ逃げなければならない。
秋の夜風は冷たいが、毛皮のマントが暖かいので我慢出来た。
「道も間違えようがないし、このままナターナエルの街まで行こう」
ナターナエルは大きい街だ。
行ったことはないが、まず間違いなく冒険者ギルドもある。
「そうだ!一つ寄り道をしてから行こう」
私は道を外れて森に入った。
万一道に迷ったら大変なので、木に目印を付けながら慎重に進んだ。
日が昇ると共に鐘が鳴った。
門が開き、街の中から眠そうな顔の衛兵が出てくる。
「失礼」
「うおっ!びっくりした!何だ、お前、こんな朝早くに…」
既に街に着いていた私は、門の前で開くのをずっと待っていた。
「この街に用事があるのですが、通っても良いでしょうか?」
「んん?君はもしや貴族のお坊ちゃんかね?」
問われて、私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
(どうして分かったのだろう?…あ、この毛皮か!)
私の着ているマントは一見して高級感が漂っていた。
(失敗した!せめて脱いで手に持つべきだった!)
「ま、まさか違いますよ。このマントは貰い物で…」
「いや、マントだけじゃなくて、その話し振りも子供とは思えんし」
「…」
どうやら私も、ギルのことを悪くは言えないようだ。
(気が焦り過ぎて、その辺りのことには全く頭が回っていなかった。朝一に来たのは間違いだったか…)
こんな簡単に見破られるとは思わなかった。
もっと考えてから来るべきだった。
「通行許可証はあるか?」
「…ありません」
「何だとぉ…?」
身元を検められたら、また逃げる他ない。
私は静かに魔力を練り始めた。
「…ふぁ〜あ。まあ、いいか。こんな子供が何をすることもあるまい。通行料は銀貨一枚だぞ」
私は銀貨を払って街へ入った。
一時はどうなるかと思ったが、審査が甘くて助かった。
早朝に来たのはやはり良かったのかもしれない。
「このお金も早速役に立ったな」
私は腰に提げた袋を触る。
中には大金貨三枚と、それに銅貨が二枚入っている。
私は森へ寄り道をして、ゴブリンを十体ほど狩ってきていた。
何故そんなことをしたかというと、ゴブリンはお金を持っていることがあるからである。
当然、ゴブリンはお金の価値など理解していない。
しかし、人を襲った時に所持品を奪うのはよくあること。
輝く貨幣は、装飾品のようにして身に付けていることがある。
金や剣など、光り物を集める魔物はゴブリン以外にもいるが、普段から持ち歩いているような魔物はゴブリンだけだ。
そういう理由でゴブリンを十体ほど狩ったところ、銅貨二枚と銀貨一枚が見つかった。
泥塗れで大変汚く、銅貨には糸を通すための穴が空いていた。
それでも何とか門番は受け取ってくれて、無事街へ入ることが出来たわけである。
「さてと、冒険者ギルドはもう開いているだろうか?」
私は北門からナターナエルの街に入ったが、冒険者ギルドは南街区にあった。
走って向かったが案の定未だ開いておらず、三時課の鐘が鳴るまで待つことになった。
待つ間、私は街の中を見て回った。
ずっと貴族街で暮らしていたので、平民街を見て回るのは楽しかった。
(…って、楽しんでいる場合じゃないや!身分を偽る方法を色々考えなくては!)
まずは、この毛皮のマントを処分しなくてはならない。
お金が必要なので本当は売りたいところだが、売ったらそこから足が着くかもしれない。
そう思ったところ、路地裏で寒そうに寝ている老人を見つけたので、勝手ながら貰ってもらうことにした。
「次は話し方か…『平民の話し方』って何か違いがあるのだろうか?」
しばし考えたが、結局答えは出ず、街の人を観察して追々変えていくことにする。
また、名前も変えなくては、と思った。
元貴族だと知られてはならないので家名は名乗れないし、名乗ったところで咎人の名である。
(少し寂しいけれど、捨てていくしかない。次の名前は何が良いだろうか?)
「ラウ…ラウル?レン…リン…。よし、今後は『リンク』と名乗ることにしよう」
冒険者ギルドは街でも大きめの建物だった。
王都の冒険者ギルドには及ばないが、木組みの頑強そうな二階建ての造りで、本館の隣には解体所らしき建物も併設している。
朝一番に来たので、ギルド内には職員の姿しかなかったが、私からすれば好都合だ。
(そうだ、『私』というのも改めた方がいいかな。子供なら『僕』か『俺』か…)
「…あの、すみません」
意を決し、受付に立っていた女性に話しかける。
「あら、ボクどうかしたの?」
「冒険者登録に来たのですが」
「冒険者登録ね。歳はいくつ?」
「今年十一になりました」
「はい、十一歳なら問題ありません。冒険者の世界へようこそ!」




