85話 廃村の人売り
真っ暗な世界。
前後左右、上下すらも分からない空間。
目に見える物は何も無く。
目があるのかすらも不明であった。
そんな中、突然一筋の、しかし強烈な光が差し込んできた。
一瞬にして、辺りの空間は黒から白に変化する。
そして、私は…。
「うーん…」
目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
「ぐへへ…お目覚めかい、お嬢ちゃん」
声のした方を見ようとして、私は自分の身体が縛られていることに気付いた。
私の手首と足首には縄が巻かれ、布を一枚掛けられている。
妙にスースーするので布の中を見たところ、何と全裸に剥かれていた。
(また全裸か…何か、昔も似たようなことがあったような)
芋虫のように動いて周りを見ると、人相の悪い男が二人いた。
「おじさん達、誰?」
「俺達ぁ人買いだ。お前は村の連中に騙されて、俺らに売り飛ばされちまったのさ!」
「あー…」
それで私は、ようやく事態を飲み込んだ。
あの日。
突如降り出した雨から逃げるため、私は森の中へと入った。
「濡れ鼠になりながら一時間も歩くのは嫌だなあ…」
そんなことを思いながら木の下で雨宿りをしている時、森の奥に人影が過ぎるのを見た。
気になった私は後を付いて行くと、
「おお、村だ!」
総人口百人にも満たなそうな小さな村に行き着いた。
(しめた!雨が止むまで暖を取らせて貰えるかも!)
私は村の中へ入って行き、しばらく泊めてもらえないか交渉をした。
「余所者にやるものなんか無いよ!どっか行っちまいな!」
小村故か、恐ろしく排他的で、初めは取りつく島もなかったが、
「泊めて頂けるなら、お金はあるのですが…」
「何!金だって!」
金を見せた途端に村人の態度は豹変し、快く家の中へ上げてもらって、やたら舌のピリピリするスープまで供され、完食したところで、私は意識を失った。
「毒キノコのスープを全部飲み干すなんてコイツ底抜けの馬鹿だね!ああ良かった。今年は戦争があった所為で税が重くて、ウチの子達を人売りに売らなきゃならないかと心配だったんだ!着てるもんも上等だ、ウチの子達にあげよう。これは…剣かねえ?変な形だし要らないや。皮の袋は良さそうだね。中身は…薬か?ペロッ…うげっ!あ痛たたたた!何か知らないけど脚が痛い!これ毒じゃないか!」
で、目覚めたら全裸で人売りに売られていた、と。
(私の貞操、大丈夫だろうか…?)
「お頭!コイツやっと起きましたぜ!」
「何だ、死んでなかったのか。丸一日経っても起きねえから、毒で死んだんじゃねえかと思っていたぜ」
(丸一日…)
本当に死んでいた可能性も、無いではない。
昏倒する前は吐き気や腹痛に追われて浄化の力を使う余裕も無かったが、今ではすっかり何ともなかった。
(一旦死んでリセットされたのかも。…しかし、不死身になっても薬には弱いなあ)
私を囲う男達は一人増えて、計三人になっていた。
私は縄から手足を抜こうともがいてみる。
(…ダメだ。完全に寝てたから、縄抜けは出来なさそう)
私の知っている縄抜けは、事前に手をクロスにしておく必要があった。
しかし、完全に意識が無い時に縛られては、仕込みが出来ずこの方法は使えない。
他に知ってる縄抜けは、特殊な縛り方をする手品の類ばかり。
当然だが、関節を外して脱走とかそんな超人的なことは出来ない。
(…でも、魔封じの首輪は付いていないな。ファイア)
平民で魔法の使える者は少ない。
よって、その辺のチンピラ程度が魔封じの首輪なんて物を持っているわけもなかった。
(よし、ちょっと手を焦がしたけど、縄は切れた。って、やば!煙が上がってる!尻の下に隠そう、あっつ!)
私は焦ってバタバタしていたが、人売り達は話に夢中で気付いていないようであった。
「お頭。目ぇ覚ましたことだし、ちょいと具合の確認していいっすか?」
「馬鹿ヤメロ。傷物にしたら値が下がるじゃねえか。手ぇ出したら承知しねえぞ」
「えー!ちょっとくらいイイじゃないっすか!ガキなんて大した金にならないんだし」
「そりゃあ普通に奴隷市へ回したら金貨一枚にもならねえさ。だがよ、こんだけ顔が良いんなら、貴族の玩具としてもっと高く売れるんだよ」
「へー。幾らくらいになるんですか?」
「そうさな、大人の男と同じ金貨十枚…いや、金貨数十枚までいくかもしれねえ。王都の聖女様のおかげで、金髪の少女は値が高くなってるって噂が…ん?」
「大人一人百万ですか。結構しますね。年収くらいに合わせてあるのかな」
「って、おまっ!?」
「コイツ何で縄から抜け出してんだ!?」
「一体どうやって!?」
私は一瞬、何と言おうか迷った。
(魔法が使えることは隠していた方が良いだろうか?)
しかしどの道、この場を切り抜けるには魔法を使わねばならない。
私は正直に答えた。
「もちろん、魔法で。サンダーボルト!」
「「「ぎゃあああああああああ!!!」」」
捕まっていた部屋から出ると、外は廃村だった。
「どこだここ?」
陽は高く昇っている。
なお、服は部屋にいた人売りから剥ぎ取っているため、既に全裸ではない。
「あん?どうしてガキが外へ出て…」
「電撃!」
「ぎゃあ!」
人買いは他に十人弱いたが、全員電撃で気絶させた。
「ヒール」
電撃の威力は調整したが、うっかり心臓が止まっていたりすると、私の聖女の力が消えてしまう可能性があったので、倒した相手には軽くヒールを掛けておく。
廃村にはいくつか小屋が残っていて、そのうちの一つは保管庫になっていた。
そこで私の所持品も発見する。
「服は無し、面も無し、剣はある、ポーチもあるけど、長身薬は一瓶減ってるな。魔除けの香は全部無くなってる」
他に、私の金入れも無くなっていた。
どうやら、あの村の連中に持っていかれたらしい。
(仕方ない、代わりに人売りの金を貰っていこう。…全部貰っていいかな…)
そして別の小屋も見ていくと、女性が二人、縄で縛られ転がされているのを見つけた。
服が乱れ、暴行の跡もあったので、私は慌てて浄化の魔法を使った。




