82話 神様から授かった新たな力
私の背にはゴブリンが三、四体乗っていた。
両腕両足は押さえ込まれ、もがいても抜け出せない。
そしてゴブリンの一体は、私の尻を両手で滅茶苦茶に揉みしだいている。
『ゲヘヘ…』
(ひぃ!こ、こいつら、私でおっ立ててやがる!)
舌舐めずりの音が聞こえた。
私の背でナニかがムクムクと大きくなるのを感じる。
怖気が走った。
例えるなら、身体中を汚い虫が這いずり回っているような感覚だ。
「うおおああああああああ!浄化!浄化!浄化!浄化!」
私は大慌てで浄化を周囲にばら撒いた。
『ギャッ!?』
『何ダコレハッ…』
『ギャァァァァァ…』
ゴブリン共は全滅した。
「はあ、はあ、あ、焦った…。ううううう気持ち悪い!まだゴブリン共の感覚が残ってる、浄化!」
自分に浄化を使い、汚れた身を何度も清めた。
「…ファイア」
起き上がった私は周囲を警戒する。
が、もう魔物の姿は無いようだった。
代わりに、砂が大量にぶち撒かれている。
(ゴブリンの砂だ…気持ち悪)
今、私はゴブリンを全員滅してしまったが、特に何の後ろめたさも感じていない。
虫を潰すのと変わらない感覚だった。
(殺すのに慣れた?…いや、今のは正当防衛だった)
それに、連中の会話が聞こえたから。
「ゴブリンは本当に下痢糞野郎だったな。早く冒険者に絶滅させられればいいのに。何のために生きているんだアイツら。って、今はそれよりも…」
他に考えなければならないことがある。
私は何故、ゴブリン語を理解出来るようになったのか?
「…やっぱり、アレの所為だろうか?」
私は神様から追加で一つチートを授かった。
何でもいいと言われたので、私は悩みに悩んだ。
そして選んだのは、男体化でも瞬間移動でも異世界スマホでもなく。
『動物と会話する能力』であった。
…振り返ってみると、何故瞬間移動にしておかなかったのか、悔やまれて仕方がない。
瞬間移動があれば今頃獣人国に着いていたかもしれない。
しかし、AとBで悩んでいる時に突然Cの選択肢が現れると、Cを選んでしまう人間が私であった。
(犬や猫とお喋りするのは小さい頃からの夢やってん…)
「それでまさか、魔物の言葉まで分かるようになるとはなあ…」
考えることはもう一つあった。
「何故こいつらは私を簡単に見つけられたんだろう?」
私は自分の右手を見た。
火の球が煌々と燃えていた。
「これじゃーん」
その後は火球を消して歩くことにした。
これ以上、暗い森で魔物に襲われるのは御免であった。
(死んでも大抵は復活するらしいけれど、それでも死にたくはないし)
なるべく危険は避けようと思った。
「探知」
火を消したら真っ暗になってしまったので、探知魔法を広げて歩みを進める。
これなら魔物の不意打ちも防げる。
ただ、問題はやはり寒さであった。
「うう…寒い…寒いよお…」
元々この国の気温は低めである。
十月にもなれば半分冬だ。
日中は未だそれなりに温かいけれど、夜の冷え込みは相当に厳しい。
恐らく気温は一桁台。
加えて、この寒々しい林の中。
私は凍える身体をさすりながら我慢して歩いた。
自分の長い金髪を首に巻いてマフラー代わりにする。
「ピュー」
が、吹き抜けて行く寒風が一瞬にして心を折る。
「アババババ、あ、あかん。こ、これはもうどうしようもない」
私はこれ以上進むことを諦めた。
「い、いっそ寝てしまおう。ひ、日が登れば多少はマシになるはず…」
私はオークの木を背にしゃがみ込んだ。
(め、目が覚めたら日が昇っていますように)
そう念じながら、私は身体を丸めて目を瞑った。
こんな寒い中で寝たら死んでしまうかもしれない。
しかし、とにかく寒過ぎて、その時私はもう何も考えられなくなっていたのであった。
(……寒い!)
寒すぎて寝れねえ!
「アババババババ…」
(や、やはり火を焚こうか?)
しかし、魔物は火を恐れないモノも多い。
少なくともゴブリンには効かなかった。
(そうだ!葉っぱを集めよう!)
落ち葉をかき集めて身体の上に被せれば、多少は暖かくなるのではないか?
(多少の汚れや不衛生さは、浄化を使えばどうとでもなるし。それだ!)
「エアー!」
私は風魔法で落ち葉を一か所に集める。
そして、その上に寝た。
落ち葉のベッドである。
土は冷え冷えで、直に横たわると体温を持っていかれてしまうのだ。
そして、掛け布団代わりに自分の身体の上にも落ち葉を被せた。
(あんまり変わらない…)
でも、無いよりはマシな気がした。
「ピュー」
集めた葉っぱは、風に吹かれて飛び散った。
私はもう一度集めた。
「ピュー」
散った。
もう一度集めた。
「ヒュ…」
今度の風は弱々しかった。
が、葉っぱは身体の上からズリ落ちてしまう。
落ちた葉を拾おうとすると、その動きでまた別の葉が落ちる。
何とかしてもう一度被り直す。
「ヒュ…」
「アババババババ…」
そもそも隙間が多過ぎて、全然風を防げていなかった。
布でなければ防寒効果は無い。
「くっそおおおこうなったら筋トレだ!動けば身体も温まるはず!うおおおおおお腕立て、腹筋、背筋、スクワットォ!」
「ピュー」
「寒い!」
前世では、人間社会の煩雑さに不満を覚えたものだ。
どうしてこんなに面倒事が多いのか、何故学校に通わなければならないのか、他人と群れなければならないのか、レールの敷かれた人生の何が楽しいのか、いっそ自然に帰れば自由で楽しいのでは?
とんでもない。
今、私は家が欲しかった。
寒さを凌げる屋根と壁が欲しかった。
寝ていても野獣に襲われない安全地帯が欲しかった。
誰でもいいから人間に会いたかった。
安全が担保されるなら、いくらでも勉強するし、うだつの上がらないサラリーマンの人生だって、現状と比べれば天国に思える。
「そうだ!土魔法だ!土壁で風除けを作ろう!」
私は土魔法で壁と屋根を作ると、そこに小さくなって収まった。
囲いの内側に火球も作る。
魔獣達の目に映らないように。
(でも、魔法を使いながらでは眠れない…)
しかし、凍死するよりは断然マシであった。
即席の小屋の中で、私はじっと夜が明けるのを待った。
「こんなところで何をやっているんだい?」
その声にはっと顔を上げる。
また魔物か、と思ったのだが、目の前にいたのは人間だった。
「ま、ま、ま…」
「そこじゃ寒いだろう。家へ来な。茶ぐらい出すよ」
「魔女のお婆ちゃん!」




