番外編 武神祭(1年前)前編
鬱パートが続いたので番外編。
※オリヴィア視点です。
武神祭は年に一度。
学園で学んだ魔法の技術を、父母や一般観衆へお披露目する催しです。
夏場に運動場が解放されて、一、二年生は習った魔法の実演をします。
三年生以上は二人組を作り、決闘形式の魔法演習を行います。
決闘演習は勝ち抜き戦。
学年別に分かれて、男女は混合です。
魔法に男女の力の差はありませんから。
この日に限り、学園は一般開放され、観戦客は大勢詰めかけます。
魔法の撃ち合いを見る機会は中々ありませんから、初等部の決闘も盛り上がりはしますが、基本的には高等部の決闘が最も盛り上がるところです。
基本的には。
「ウォーターボール!」
Bクラスの生徒が弱々しい水の魔法を放ちます。
もし当たったとしても、押し倒される程度の威力です。
しかし、決闘演習の勝利条件は『相手に魔法を当てること』。
生徒は全員、安全のために魔力障壁を身に纏っていて、それに魔法が当たれば勝ちです。
故に、この弱々しい魔法も、防ぐか避けるかしないといけないのですが…
「土壁ええええい!!!」
詠唱破棄して作り出された土の壁は、あまりにも巨大。
一瞬にして、天高々と聳え立ちました。
「おおおおおおおおおおお!!!」
観客は興奮して歓声を上げますが、
「…またモニカは無駄な力を使って…」
「あいつ、見かけによらず派手好きだからな…」
わたくしとギルバート様は揃って苦笑していました。
私達はもう見慣れた光景ですが、Bクラスの生徒達は巨大な壁を前に放心状態。
しばらく経ってから我に返るも、
「うぉ、ウォーターボール!」
パシャん!
「ど、どうしよう!?全然壊せないよコレ!」
「と、とにかく、回り込んで術者を倒さないと…」
今更そんなことを相談する二人。
しかし、モニカは無慈悲にも指を鳴らし、土の壁を魔力に戻してしまいました。
そしてすかさず、壁の裏で詠唱を終えていたダニエラ様が風の中級魔法を放って、
「エアランス!」
「「ぎゃあああああ!!」」
Bクラスの生徒二人は為す術もなく敗北したのでした。
「お前は何をやっているのだ!」
「ええ!?私また何かやっちゃいました?ちゃんと勝ちましたよ?」
勝って戻って来たモニカに、ギルバート様がお説教をします。
「何だあの無駄に大きい土壁は。どう考えても不要だろう!」
「いやいや、お祭りですからね。派手な方がお客さんも楽しいだろうなーと」
「あと四戦も控えているのですよ?決勝の肝心な場面で、魔力切れを起こしても知りませんから」
「いうて、アレくらいなら一千枚は作れるので…」
「何度聞いても呆れ返る魔力量だ…」
全クラス対抗の武神祭。
能力的に、例年特待生組みが最も活躍しますが、特に制約などは課されません。
ですが、唯一人、モニカにだけは特別に、厳しい制限が設けられています。
一つ、直接的な攻撃の禁止(魔力障壁があっても危険なため)。
二つ、土壁は二枚まで(土壁三枚で相手を完全に囲ったり、自分を完全に囲ったりすると、破壊出来ず試合にならない恐れがあるため)。
三つ、円形の土壁を作ってはならない(同上)。
四つ、試合場を両断するほどの土壁は出してはならない(同上)。
これだけ厳しい制限を課されてなお、昨年の優勝者はモニカでした。
ちなみに、その時の相方はわたくしです。
土壁をかいくぐったギルバート様とラウレンツ様に、誘導式のファイアーアローを当てて勝ちました。
…本当は、今年もモニカと組むつもりだったのですが、
『お前達が組むとあまりにも強過ぎる。来年は別の者と組むように』
とエルダー先生から釘を刺されてしまい、今年わたくしはギルバート様と。
モニカはダニエラ様と組んでいます。
ちなみに、ラウレンツ様と組んでいるのはロジーナ様です。
試合は進み準決勝。
二戦とも順当に、特待生同士の対決となりました。
わたくしとギルバート様はラウレンツ様達と当たりました。
わたくしがロジーナ様を倒し、ギルバート様がラウレンツ様を倒し、激闘を制して決勝へ。
準決勝第二試合は、マルコ様・エッカルト様対モニカとダニエラ様でした。
「ウォーターボール!」
開始早々、マルコ様の水魔法がモニカを狙います。
詠唱破棄した、小さく速い魔法での奇襲作戦。
「土壁!」
しかし、これをモニカも詠唱破棄の土壁で対応。
「あの攻撃でも、壁を抜くことは出来ないか…」
ギルバート様が隣で呟きます。
しかし計算のうちだったのか、すぐさまマルコ様達は二手に分かれて、左右から土壁を回り込んで行きます。
昨年、ギルバート様達が実践した方法です。
モニカの作れる壁は二枚のみ。
正面の壁が残っているうちに左右から攻撃すれば、モニカ一人では対応しきれなくなるのです。
去年はモニカがギルバート様を止め、わたくしがラウレンツ様に相性勝ちして勝利しましたが、今年の相方は風使いのダニエラ様です。
水使いのマルコ様にも、炎使いのエッカルト様にも相性では勝てません。
純粋な魔法の実力でも、ダニエラ様は一枚劣ります。
このまま昨年と同じ展開になれば、モニカ達の苦戦は必至。
しかし、マルコ様達が壁を回り込んだ先に、ダニエラ様の姿はありませんでした。
二人は一瞬躊躇しました。
壁の向こうにはモニカ一人。
ダニエラ様は一体どこへ行ったのか。
そう思ったに違いまりません。
しかし二人はすぐに考えを改めたようで、モニカに向けて魔法を放ちました。
モニカ一人なら、魔法二発に対応出来ないはず。
「アクアシュート!」
「ファイアーアロー!」
モニカは未だ動きません。
観客席からは息を飲む音が聞こえて来ます。
「やったか!?」
しかし、モニカはニヤリと笑って、
「土壁!!」
自身の足下から土壁…というよりも土の棒を作り、上空へと勢い良く飛んで行きました。
「「な、何ぃ!?」」
風魔法の苦手なモニカ。
それが上空へ逃げるとは思わなかったのでしょう。
魔法を放ち、空を見上げだ二人には、大きな隙が生じていました。
そして、太陽の光に隠れていたダニエラ様が、風の魔法で地面にいる二人を吹き飛ばしました。
「いやあ、素晴らしい試合でしたな!」
「まさかストーンウォールの魔法をあのように使うとは!」
「なるほど、なるほど。あれは確かに『土壁の妖精』の名に相応しい!」
最前列の天幕内から、貴族達の賞賛の声が聞こえて来ます。
ちなみに、モニカは『土壁の妖精』という名が気に入らないそうです。
『水瓶の勇者と大差ないじゃん…』
と愚痴をこぼしていました。
「妖精殿の活躍に目が行きがちですが、他の三人も当然のように中級魔法を放っていましたぞ」
「まるで高等部の試合を見ているようでしたな」
「流石は『英雄の世代』というだけある」
準決勝の二試合を経て、観客席は大いに湧いていました。
「…ただ、この後に控えている五年生達は不憫ですなあ…」
と言う声も聞こえて来ましたが、そちらはどうしようもないので聞かなかったことにしました。
「…それで、どう致しましょう。先程の作戦が通用しないとなると、わたくし達も新たな作戦を考えなくてはなりません」
決勝戦はこの後すぐに始まります。
考える時間は僅かです。
しかし、これだけの観衆の前で無様な試合も出来ません。
「…案ずるな、策はある。狙いは変わらず『ダニエラ落とし』だ」
そして、私達は決勝の舞台に立ちます。
「やあ、オリヴィア様にギルバート様。決勝戦も良い試合にしましょう!」
「ふん!余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
「必ずやモニカの顔に泥を塗ってみせますわ!」
「…オリヴィア様、その台詞、凄く悪役令嬢っぽいですね」
「な!?何ですって!!」
「乗るな、オリヴィア!挑発だ!」
熱くなったわたくしを、ギルバート様が制してくれます。
ふう。
危ない、危ない。
危うくモニカの術中にハマるところでした。
「ギルバート様は二年続けて私に負けて終わりとは、少々可哀想ですねえ…。手。抜いて差し上げましょうか?」
「何だと!」
「ギルバート様!挑発ですわ!」
モニカはこれ見よがしにケラケラと笑って見せます。
美人なだけに、歪んだ顔は物凄く感情を煽ってきます。
「はわわわ…も、モニカ様、そのくらいに…」
「…ダニエラ、怪我をしたくなければ下がっていろ!」
「…命の保証は出来かねますわ!」
「ひぃっ!」
震えるダニエラ様。
それにモニカは、
「ご安心下さい、ダニエラ様。貴女は私が守ります。ダニエラ様には指一本触れさせません」
そう言って、ダニエラ様の前に傅き、そして手を取り、その甲に何とキスをしました。
「まあ…!」
それでダニエラ様はポッと顔を赤らめ。
観覧席からは、
「キャー!モニカ様、頑張ってー!」
と、黄色い歓声が飛び交いました。
モニカは普段から男装なので、女生徒からの人気も高いのです。
今日も当然のように男装で、その上、長い金髪を後ろで一本に縛り、立ち居振る舞いも先述の通りですから、最早美少年にしか見えません。
「くっ!あの女誑しめ…!」
「モニカ…また別の女に色目を使って…!」
…でも、少しだけダニエラ様が羨ましかったのは内緒です。
(…勝ったらわたくしにも同じことをしてもらいますからね!)
武神祭の盛り上がりは、その時最高潮を迎えていました。




