66話 聖女バレ
「陛下は高齢のため、毎晩寝る前に一本ポーションを飲むようにしている」
「もしや、そのポーションに毒が?」
「そうだ」
「それは…色とかで分からなかったのでしょうか?」
と言った瞬間に、上級魔力ポーションは紫色だったのを思い出した。
上級体力ポーションは濃い緑色だっけな。
「そのようだ」
「なら、ポーションに毒を仕込むことは簡単だったんですね?」
「いや。ポーションは王宮内に保管されている。外部の者が毒を仕込むことはまず出来ない」
「ポーションが王宮へ運ばれるまでの間に毒が混入した可能性は?」
「無いはずだ」
王宮に運び入れる物品には、必ず事前に検査が入るという。
「じゃあ、内部犯ですか」
ひとまず、王宮内にいた者は全員捕えているとのことだった。
「幸い陛下は、保管してあった別のポーションで一命は取り留められた。既に意識も回復している」
「なるほど。…あれ?では、何故私が呼ばれたんでしょうか?」
てっきり、聖女の力でしか治せないほど重篤な症状なのかと思っていた。
しかし、治っているというのなら、私は一体何のために呼ばれたのだろう?
「陛下がポーションを受け付けなくなってしまったのだ」
薬として絶大な信頼のあるポーションに毒が混じっていたことで、陛下は酷くショックを受けたらしい。
「意識を取り戻した陛下に、念のためもう一本ポーションを飲ませようとした。だが、口に含んだ途端に吐き出してしまった」
今後二度とポーションは飲めないかもしれない。
このことは陛下を消沈させ、毒は抜けているはずなのに衰弱が著しく、現在もベッドで伏せっているという。
「で、ポーション以外の回復手段として私が呼ばれたと」
「そうだ。じきに到着する。人目に付かないようフードを被れ」
王宮は中心街を少し離れ、街を通る川に沿って建てられていた。
大きな門を馬車に乗ったまま通過し、広大な敷地を更に馬車で進む。
城には何度か呼ばれたが、王宮に来るのはこれが初めてだった。
王宮では執務の大半が行われ、王の住居もこちらである。
城は象徴的な催事のみで使われるらしい。
馬車を降りると、宰相のエーミール公爵に迎えられた。
公爵の後を付いて階段を上り、宮殿へ入る。
(広い…これが王様のお家かあ)
宮殿内は広く、高かった。
土砂降りの真夜中だが、壁から生えた数本の燭台によって、エントランス内は薄明るく照らされている。
(全体的に真っ白な空間だな)
入ってすぐに、二階へ続く大きな階段に目を引かれた。
が、私達は上らず、左手奥の扉をくぐった。
扉の先には長く広々とした廊下が続いている。
私はボケーっと口を開け、壁面の図画を眺めながら進んで行った。
「こちらです」
王様の寝室の前には見張りの騎士が二人いた。
彼らは私達に無言の礼を取り、真っ白なドアを内側へ押して開けてくれる。
室内にも侍従が数人残っていたが、そちらは公爵の指示で部屋から出された。
王の居室は金色だった。
白と茶色を基調としつつ、随所に金細工が施された空間は、如何にも王様の部屋といった荘厳さである。
椅子の手摺まで金色で、何もかもが高級そう。
(指紋付けたら怒られるかな。なるべく触らんとこ…)
そして、部屋の奥には天蓋付きの大きなベッドがあった。
「失礼致します」
緑色のカーテンを開け、寝ている陛下の隣に立つ。
「陛下、聖女を連れて参りました」
声をかけるが、陛下の目は閉じたまま。
顔色は真っ青で、一見して衰弱ぶりが見て取れた。
私はエルダー先生に背中を押された。
「始めます」
一言断ってから両手をかざし、浄化の魔法を使用する。
(…これで陛下が砂になったら、弑虐の罪とかでしょっ引かれるかな)
そんな不安が一瞬過ったが、浄化で塵になるのは魔物だけだということは既に検証済みであった。
チラリとエルダー先生の顔を窺ってから、込める力を強くする。
ほどなくして、陛下の顔色は少しずつ赤みを取り戻していった。
「…暖かい」
浄化を続けていると、国王陛下が目を覚ました。
「其方は…聖女か。では、これは聖女の…浄化の力か…」
「陛下、御気分はいかがですか」
「うむ…寝る前よりだいぶ良い」
そう言って起き上がろうとする陛下だが、公爵から安静にするよう言われ、ベッドに押し戻された。
「すまぬな。聖女にも迷惑をかけた。助かった。礼を言う」
「私からも、民を代表して礼を言う。陛下を救って頂いたこと、感謝申し上げる」
「いえ、そんな。私は出来ることをしただけです」
国一番の偉い人達からお礼を言われ、私は盛大に恐縮する。
ヘコヘコ頭を下げた。
「何か、褒美が必要だな。命を救われたのだ、望む物を何でも取らせよう」
(用事が終わったなら早く帰してほしいです)
と思う小心者の私だった。
…まさか口に出すわけにもいかないが。
「あの、本当に大したことはしていないので…」
「聖女の力が大したことないわけがなかろう」
「陛下、彼女は未だ十一歳にございます。自分で望む物を決めるように言うのは少々酷かと」
「そうか、そうであったな。分かった。褒美はこちらで決め、後日また城へ呼び出そう」
(げっ!)
また登城しなければならないと聞いて、出不精の私は口角が引きつった。
(…いやでも、今回の件は聖女絡みだし、大々的なものにはならないはず…)
今月は例のドレス代で食費がピンチであるし、金が貰えるなら渡りに船とさえ言えるかもしれない。
(前向きに考えよう。偉い人に囲まれるのは精神が削れるけど、どうせたった一日の話であるからして…)
そこで、沈黙を守っていたエルダー先生が口を開いた。
「モニカ、お前には暫くの間、陛下の体調管理のため王宮に日参してもらう」
「ヴぇ!?」
「時間はやはり夜か。昼の間は人目につき過ぎる」
「しかし毎晩となると、あらぬ噂が立つやもしれません」
「いっそ、ここに住み込んではどうじゃ?」
(それだけは絶対にやだ!)
息が詰まるとか、そんなレベルの話じゃあない。
しかし、やはり直接言うわけにもいかないので、私はエルダー先生に向けて念波を送った。
(何とか断って下さい先生!)
「…なるほど。夜中に訪れるより、朝と夕方に私が送迎した方が、人目は誤魔化しうるかもしれない」
(先生ーっ!!!)
と詳細について詰めている時のことであった。
「ん?何だか外が騒がしいな」
確かに、言われてみれば、外から何やら話し声のようなものが聞こえる。
そしてそれは徐々に大きくなっていった。
何かが近付いて来ているようだ。
「お戻り下さい!」
「国王陛下は既におやすみになっていて…!」
扉の向こうで、静止の声が二つ聞こえたが、構わず扉は勢いよく開かれた。
「おお!やはりここにおられましたか、聖女・モニカ様!」
現れたのは、緑色の変わった服を着た白髪の老人。
「ベネディクト司教!一体何の故あって、陛下の居室に無断でお入りになられたのか!」
「これはエーミール殿、こんばんは。もちろん、陛下がお倒れになったと聞いて駆け付けた次第です」
「一体それをどこから…」
「神は全てをご覧になっているのです。陛下、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。お顔を見るに、既にご快調のご様子で、安心致しました」
「…うむ」
「…ところで。陛下の治療は、そちらにいる神子様が行われたのでしょうな?」
司教はそう言って、ニンマリと笑みを浮かべた。
それに、エルダー先生は小さく舌打ちをした。
「何のことだ」
陛下がとぼけて返す。
「今更隠し立てせずとも良いでしょう。モニカ様が聖女でないなら、この場にいる理由をどのように説明されるおつもりか?」
かくして、私が聖女であることは露見した。
司教は私の方に手を伸ばして言った。
「さあ、聖女様は私と共に教会へ帰りましょう」




