47話 カサンドラ① 騎士
私の名前はカサンドラ・バルヒエット。
ラウラ様の近衛騎士だ。
今、眼前にはゾンビの群れが広がっている。
「エラ、カーリン。二人は先行して、暫し時間を稼いで下さい。私はその間に、上級魔法を用意します」
「はっ!」
指示に従い、二人がゾンビの群れに飛び込んで行く。
ゾンビはざっと数百体はいる。
もしかすれば、もう一桁多いかもしれない。
対して、こちらは三人だけ。
増援は望み薄。
勝機があるとすれば、弱点である火属性魔法で一気に殲滅する他にない。
部下を先行させるのは少々気が重いけれど、上級火魔法を使えるのは私だけなので、仕方ない。
私に出来ることは、一刻も早く、この魔法を完成させることだけである。
右手に炎、左手に風。
二つの魔法を重ね合わせ、広範囲に炎の風を巻き起こす。
「燃えろ!ファイアーストーム!」
私の詠唱に合わせて、エラとカーリンが後ろに退がる。
同時に、炎の風がゾンビ共に着弾。
次々とゾンビが燃えて倒れていく。
「はあ…はあ…やったか!?」
私の魔力量はそう多くない。
上級魔法は日に何発も撃てない。
一応、魔力ポーションは二本だけ持っているが…。
「た、隊長!」
「…くっ!やはりダメか!」
私の炎はゾンビを五十体ほど燃やして消えた。
数を減らしはしたが、大した変化があるようには見えない。
倒れたゾンビを踏み越えて、ゾンビの後ろからゾンビが出てくる。
「あ、悪夢だ…」
エラが弱音を吐いたが、咎める気にはならなかった。
「せい!」
「はあっ!」
「ファイアーストーム!」
都合四度。
同じ流れを繰り返して、私の魔力は底をついた。
ポーション二本も既に空。
(うっ…魔力切れが…)
身体が一気に重くなる。
「もう…嫌だ…」
目の前には、依然、変わらず、ゾンビの群れ。
既に数百体のゾンビを倒したはずだが、全く減ったようには見えない。
あと何体倒せば終わるのだろう。
痛む頭で、剣を抜く。
ここからは、私も剣で戦うしかない。
足がすくむのは、魔力切れの所為だと思いたい。
斬る、斬る、斬る。
いつまでも湧き続けるゾンビの群れを、私達三人は斬り続けた。
三人固まって、互いに背中を預けながら戦う。
しかし、これだけ多勢に無勢では、敵の攻撃を全て捌くことは出来なかった。
「きゃあっ!」
「カーリン!」
左側を担当していたカーリンから悲鳴が上がる。
カーリンは地面に引き倒されていた。
そこから先はあっという間。
陣形が崩れ、背後からもゾンビに襲われ始める。
「い、いやあああああ!!」
ゾンビの群れに押し潰されて、エラの姿が見えなくなった。
「エラ!カーリン!うわあああああ!!」
激情に任せて、目の前のゾンビに渾身の一撃を食らわせる。
しかし、それは悪手だった。
大振り過ぎて、次が出ない。
剣を持った右腕にゾンビが噛り付いてきた。
「ぐぅっ!」
ゾンビを剥がそうと左腕で殴る。
が、後ろからゾンビに体当たりを受けて、態勢が崩された。
目の前のゾンビに身体がぶつかり、
「ぐあっ!」
首筋に噛み付かれた。
殴られ、蹴られ、全身から血が吹き出る。
引っ張られた髪がブチブチと抜ける。
腕の骨は砕かれ、剣も既に落としてしまった。
そこまでだった。
もう、反撃の芽は残っていなかった。
(すまない…エラ、すまない…カーリン、申し訳ありません…ラウラ様…)
私が弱かったばっかりに。
若く優秀な騎士を二人も散らせてしまった。
恋もせず、理想の騎士像を追い求めて、二十五年。
その最期が、これか。
(…お父様、お母様、先立つ不孝をお許し下さい)
私はゾンビに食べられて死んでしまうけれど。
どうか、どうか、
(ラウラ様だけは…)
「おらぁ!」
目を開くと、見知らぬ男の腕の中だった。
銀の髪が目に映る。
瞳は綺麗な緑色。
「知ってるか?ゾンビに食われて死ぬと、ゾンビになるらしいぞ。あんた危なかったな」
(…何が、起こったの?)
ぼやけた意識が、徐々に戻る。
気付けば、身体の痛みは消えていた。
男の手には、空になったポーションの瓶。
(ああ、そうか)
私はこの男に助けられたのか。
「貴方は…」
「俺はヨハン。通りすがりの衛兵だ」




