42話 ギルバート③ 脱出
「ゲヘヘ…」
隣の部屋から男の下卑た声が聞こえて来る。
「誰か助けてー!」
モニカの悲鳴に目の前が真っ暗になる。
俺は縛られたまま、鉄格子を両手で殴った。
「おい!モニカには手を出すな!聞いているのか!俺は…俺は…」
第三王子だぞ!
と言おうとしたが、言葉にならなかった。
(…くそ!何が王子だ!俺には…何も出来ないじゃないか)
すぐ隣で襲われかけている女の子一人守れない。
両手両足、それと、魔力を縛られただけで。
それで、俺はただの七歳の子供になってしまった。
俺は、無力だ。
「ギャアアア!!」
爆音と共に悲鳴が上がる。
(ああっ!モニカ…済まない…俺には…何も…何も…)
絶望感に涙が落ちる。
隣の房からはガサゴソと衣擦れの音が聞こえてきた。
「う……う……あ……」
呻き声とペチペチ床を打つ音がする。
(聞きたくない!)
耳を塞ぎたかった。
しかし縛られていて、それも叶わない。
俺は両目をキツくつぶって、ただひたすら頭の中で謝り続けた。
(ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんよ。モニカ…)
しばらくすると音が止んだ。
そして、牢の扉の開く音が聞こえた。
「今私のこと呼びました?」
「…」
牢から出てきたのはモニカだった。
(?????)
…は?
「…俺は、夢でも、見ているのか?」
「夢じゃないですよ。ほら、この辺縛られた跡残ってるでしょ。地肌直縛りは結構痛かったっす」
言われて見れば、確かに縛られた跡がある。
夢にしては、少々生々しい夢だと思った。
「ちょっと待ってくれ!気持ちの整理が全く追いつかない!お前、何で、外にいるんだ!?」
「何でって言われると…頑張って…?」
…くそっ!
さっきまでの俺の苦悩を返してくれ!
「…あの男はどうしたんだ?」
「ぶっ倒しました。ロリコンに慈悲は無いのです…」
「ぶっ倒したって…」
見れば、モニカの首には未だ『魔封じの首輪』が付けられたままだった。
「魔法も使わずどうやって…?お前全身縛られていたはずだよな?」
「抜けました」
「だから!どうやって!?」
「私は全身の関節を外すことが出来るのです…」
「な、何だって!?」
「嘘です」
「嘘かよ!」
「隙あらば嘘を吐く女、それが私です」
そんな女いてたまるか。
「まあ、ガッチガチに縛られてたら抜け出すのは不可能ですよ」
モニカは男から奪った鍵で鉄格子を開ける。
「だから縛られる時に手首を交差させておいたんです。で、手を真っ直ぐに戻すと、余分な空間が出来るので、グッと引っ張り出せば縄抜け完了です」
「簡単だ…」
「ふふっ、オリヴィア様以外には内緒ですよ」
「ん?よく見たら怪我してるじゃないか」
モニカの腰には真新しい傷があった。
「お目が高い!」
何か褒められた。
「実はコレ、自分で掘ったんですよ」
「自分で掘った?その深い穴を?」
「ああいや、皮だけです皮。穴は四ヶ月前に空いた穴なんですけど。その時、巾着袋がビッチャビチャになっちゃったので、代わりにこの穴に『魔力貯蔵庫』を入れておいたんですよ。ほらコレをこう」
「何言ってんのか全く分からん」
「あの時はテンパってましたからね…。よく考えたらバイ菌とか入る可能性あったしヤバイですよね。まあ、浄化の力で特に問題なかったんですけど」
「何言ってんのか全く分からん」
「本当は胸に仕込もうかと思ったんですけど、仕込むほどの胸が…無かった…」
知るか。
「さっきの方法で抜けられるの手首の縄だけなんです。だから穴ほじって、魔力貯蔵庫取り出して、貯蔵しておいた魔力を詠唱でサンダーボルトに変えて、ロリコン野郎をぶっ倒した、というわけです」
外部魔力を使ったので首は締まらなかったそうだ。
その後、悲鳴を上げて失神した男の服から鍵とナイフを入手。
残りの縄を切り裂いて、無事脱出を果たしたらしい。
「…それ、もっと早くに出来なかったのか?」
「それが魔力貯蔵庫使えるの一回だけなんですよね。(てか多分水竜用に貰ったものだと思うんですけどね…。)自力脱出するには、縛りを解くのと、鉄格子を破壊するので、二回必要になるから無理だったんですよ」
「ふむ」
「本当は首輪破壊出来たら良かったんですけど、流石に手元が覚束ない状態で首付近を爆破するのは…」
「なるほど。ところで、早く俺の縄を解いてくれないか?」
「…だが断る」
「…何だって?」
モニカは何故かナイフを振りかぶった。
「お、おい。モニカ?何を…」
「切り捨て御免!」
ナイフが俺に向かって振り下ろされる。
「ひっ!」
ガチャン!
「…ん?」
と言ったら首輪が落ちた。
「いや、あのロリコン野郎、首輪の鍵だけ持ってなかったんですよ。だからまずギルバート様の首輪を切断しようと思ったんですけど、動かれると逆に危ないかと思っ…」
「驚かすな!!」
私はモニカの首輪を魔法で破壊する。
「そういえばお前『助けてー』とか叫んでなかったか?『食べないでくれー』とか」
「そりゃ演技ですよ。実際に襲われそうになってる時に『食べても美味しくないよ』なんていう女、この世に存在しませんよ」
「そ、そうかも?」
「鍵開けて欲しかったし、あと腕も不自由だったので、近付いて欲しかったんですよね。サンダーボルト外したら終わりなので」
「…『待て』とか何とか言ってなかったか?」
「人間『やめろ』って言われると逆にやりたくなるじゃないですか?」