40話 ラウラ①水竜迎撃作戦〜影武者〜
目を覚ますと馬車の中でした。
「お目覚めですか、ラウラ様」
「フリーダ…何故私は馬車に…?一体、どこへ向かっているのですか?」
フリーダは私の筆頭側仕えです。
馬車には他に、女性騎士のカサンドラも同乗していました。
「ここは北の森でございます」
「北?…ええと、私は確か城でお父様と…」
数刻前、王城内、謁見の間。
「お前は安全な場所で隠れていなさい」
お父様は椅子に深く腰掛け、そう言いました。
隣には宰相のエーミールだけを侍らせています。
「出来ません。もう隠れているわけには参りません。竜の狙いは私なのです」
今日は水竜との約束の日。
「私がいなければ、万一の場合…」
「言葉を慎め。我々フィルリオ王国軍に万一などあり得ない」
「しかし…」
「案ずるでない。お前の身は私が必ず守ってやる。絶対に、竜になど渡すものか」
そこでエーミールが手を鳴らすと、扉が開き、二人の人間が入ってきました。
一人は顧問のエルダーで、もう一人はヴェールを纏った女性。
私はその女性を見て驚きました。
彼女は私に瓜二つだったのです。
「貴女は…マチルダ?」
マチルダは私の従者。
そして、私の影武者でもあります。
化粧を施し、髪型を整え、意図的に私に似せた彼女は、まるで鏡を見ているよう。
「マチルダには一年俗世から離れて生活させた。…祝福を受けることはなかったが、致し方ない。いよいよとなれば、マチルダを影武者に立て、竜を騙す」
「そんな、竜を騙すなんて!それに、それではマチルダが…うっ!」
そこで私の記憶は途切れます。
あの場にはエルダーがいたので、恐らく魔法で何かをされたに違いありません。
「ああ、何ということを…」
揺れる馬車の中で、私は頭を抱えました。
私の身代わりで、マチルダが…。
否。
真に恐ろしいのは、その身代わりが看破されてしまった場合です。
そうなれば、マチルダだけでなく、多くの人々が犠牲に…。
「ラウラ様、お気を確かに」
震える肩を、フリーダが抱きしめてくれます。
「ご安心下さい。きっと全て上手くいきます」
「フリーダ…」
その言葉の直後、馬車が急に止まりました。
「くっ…!何事ですか!」
カサンドラがカーテンを開けて外を見ます。
フリーダが悲鳴を上げます。
私も、外の光景に息を飲みました。
道の先を、大量のゾンビが埋め尽くしていたのです。
「な、何故これほどのゾンビが…!?」
北の森は危険性の低い場所です。
魔物の数自体少なく、一番強い魔物でも精々がオーガ程度。
ゾンビが出るという話も聞いたことがありません。
ましてこの数。
数十…否、視界を埋め尽くすゾンビの群れは、確実に数百体か、それ以上。
ゾンビ一体は低級の魔物ですが、数百ともなれば当然、危険性は遥かに高まります。
「申し訳ありません。このゾンビ共、突然現れたため気付くのが遅れました」
外で護衛に就いていた騎士の一人が窓のそばへ来て言いました。
「この数が突然?馬鹿な!ここは戦場跡地ではないのだぞ!」
ゾンビが生まれるには遺体が必要になります。
戦場跡地など、条件次第ではゾンビが大量発生することもあると聞きますが、しかしここは街道の最中。
これほどのゾンビが自然発生するなどあり得ないことでした。
カサンドラが唇を噛みます。
「…ラウラ様、この道はもう進めません。ここは三人残って食い止めます。未だ王都からはそう離れておりません故、一旦お引き返し下さい」
「引き返せですって!今王都に戻ったら…ラウラ様は…」
フリーダは声を荒げますが、進めないものは仕方がありません。
陽は既に沈み、今から街道を外れるなど出来ないのです。
進むか戻るか、二つに一つ。
「ゾンビが動き出しました!」
「さあ、お早く!」
叫び、カサンドラは馬車から飛び降りました。
私達は道を戻ります。
護衛の騎士は残り二人。
「…こうなっては、少々危険ですが、東に行くしかありません」
東の平原は魔王領に通じているため、出現する魔物は強力です。
「フリーダ、もう逃げるのはやめましょう。魔物にやられ、無為に命を落とすくらいなら、国の為にこの命を捧げるべきです」
初めから、そうすべきでした。
「何故なら、私は…」
そこで、またも馬車が止まりました。
まさかと思いました。
恐る恐る外を伺いました。
しかし、外にゾンビの姿はありません。
「こんばんは、ラウラ様。来ると思っておりましたよ」
代わりに、ハンデルセン公爵が道を塞いでいたのでした。




