36話 エルダー③ 誘拐
「ギルバート殿下が誘拐されただと!護衛は一体何をしていたんだ」
「全員気絶した状態で見つかりました。何か強い薬品を使われたようで、未だ目を覚ましません」
元部下である第十一騎士団員から話を聞いた俺は、モニカを連れて王城へと向かった。
「エルダーよ、よく来てくれた」
執務室で待っていた陛下は見るからに狼狽していた。
数日後に竜がやって来るという状況で息子が攫われたのだから無理もない。
「移動中にあらましは聞いて来ました。何か進展は」
「城の前に木簡が投げ込まれた。ギルバートの引き渡し場所と条件が書かれている」
木簡を受け取り目を通す。
『晩課の鐘、西門前の大通り広場、聖女と王子を交換。エルダーと聖女以外は近付くことを禁ずる』
(やはり真の狙いは聖女か!)
「私をご指名とは。…開けた場所だと部が悪いかもしれません。正直モニカは連れて行きたくない」
土魔法使いは空から責められると弱い。
そして敵対勢力と目される獣人達は、気配を消す外套を所持しているという。
広場の上空から気配も無く攻撃を受ければ、私でも危ういかもしれない。
「そうか…一体どうすればいいのだ」
王子が捕らえられている以上無視は出来ない。
しかし、今モニカを失うことはラウラ王女の命に直結する。
「ひとまず、言う通りにする他ないのでは?」
後手に回った以上、敵の動きを見つつ対応する他ない。
「…いや、駄目だ。ラウラの身を危険には晒せない」
我が子二人を測りにかけて、陛下はラウラ王女を選んだ。
「ならば外見の似た者を見繕って、引き渡しの場に連れて行きます」
(向こうに引き渡す気があるかも分からんしな)
モニカを城に預けた後、私は動ける兵士を集めた。
そして晩課の鐘が鳴る頃、私は金髪の少女を連れて広場に立った。
少女にはフードを目深に被らせて、顔を見せないようにしている。
夜ということもあり、西門前広場は人払いする前から無人であった。
「来たな」
振り返ると緑の外套を纏った者が二人。
大人と子供だ。
「それが聖女か?」
(…なるほど、確かに気配が無い)
「そうだ。そちらにいるのはギルバート殿下で間違いないか?」
私が少女を後ろに庇いながら言うと、
「貴様は嘘を吐いている!交換は中止だ!」
突然相手は外套から何かを取り出し、地面に向けて投げつけた。
真っ白い煙が広場を埋め尽くす。
「お前もな」
私は地を足で鳴らし、敷いておいた魔法陣を起動させる。
「グギャアアアアア!」
視界が悪かろうと、気配が無かろうと。
地に足が付いていれば、私は敵の位置を把握出来る。
風魔法で煙を吹き飛ばすと、外套男は岩に挟まっていた。
子供の方は岩の近くで腰を抜かしている。
確認したが、案の定ギルバート王子ではなかった。
そして大人の方は獣人ではなく人間だった。
「獣人ですらないか。明らかに捨て駒…ということは、私とモニカを引き離すのが狙い」
周囲に伏せていた兵を連れ、私は急ぎ王城へと戻った。
城にモニカはいなかった。
「申し訳ありません!突然ハンデルセン公爵が訪ねて来て、目を離した隙に聖女を…」
「ハンデルセン公爵邸だ!」
我々が着いた時、ハンデルセン公爵邸は既にもぬけの殻であった。
邸の中を調べると地下へ続く隠し通路があって、辿ると南門付近の大木のウロへと繋がっていた。
その後、出しうる限りの人員で捜索がなされたが、手掛かりは見つからなかった。
モニカの服に縫い付けた探知用の魔法陣も反応がない。
我々は王子もモニカも奪われてしまった。
そして、王都の上空を分厚い漆黒の雲が埋め尽くした。




