第35話 ギルバート② モニカ
モニカは変な女だった。
「今から銅貨を上に弾いて掴みます。どっちの手で掴んだか当てて下さい」
モニカは宣言通りに銅貨を弾き、明らかに右手で掴み取る。
そして両の拳を肩の位置まで上げて、
「さあどっち」
「右」
満場一致の右。
「おい、簡単過ぎるぞ。これでは何の遊びにもなら…えええ!??」
右手を開くと銅貨が無い!
モニカは薄く笑って、左手を開いて見せる。
「キャー!」
女共から悲鳴が上がった。
「銅貨だ!」
「絶対右手で掴んだはずなのに!」
「これが瞬間移動です…」
「おい、どうやったんだ。仕掛けを教えろ」
俺はそう言って詰め寄った。
が、モニカはいつもの如く、
「詳しくはハ●ター✖︎ハ●ターを読んで下さい」
などと訳の分からないことを言って煙に巻く。
モニカは平民のくせに俺の言うことを聞かない。
上位貴族でさえ、俺には頭を下げるというのに!
「やはり魔法を使っているのでは?モニカはもう魔法を使えるのだし」
「よし分かった!手に取る瞬間、銅貨を風魔法で左手へ吹き飛ばしたんだ!」
「プークスクス。モニカが魔法なんか使うわけないじゃないですか」
そう言って笑うのはオリヴィアだ。
「くっ!自分だけ教えてもらったからと良い気になって!」
モニカは何故かオリヴィアにだけ手品のタネを教える。
「お前だけずるいぞ!」
「あらギルバート様、嫉妬ですか?男の嫉妬は見苦しいってお母様がお父様に言ってましたわよ?」
「違う!」
俺はムキになって頭を捻る。
しかしどれだけ考えても、いつも仕掛けは分からなかった。
「さあモニカ、今日こそはスカートを履いて貰いますわ!ほら、ここに貴女用の…」
「結構です!」
モニカは椅子から跳ね上がり、あり得ないほどの素早さで教室から逃げて行った。
「ああっまた逃げられましたわ!」
モニカは服装には無頓着だった。
そのくせスカートは絶対履かないという。
常に簡素な服を身にまとい、男物ばかりを好んで着ていた。
そのくせ水浴びは毎日しているという。
身だしなみに気を遣っているんだか、いないんだか。
全く変った女である。
「スカート似合いそうなのにね」
ラウレンツが言う。
「まあ、顔は悪くないからな」
と俺も言う。
(…そういえば、オリヴィアも変わったな)
かつてのオリヴィアは公爵令嬢として無理に背伸びをし、子供のくせに高圧的に振る舞っていた。
平民であるからとモニカを追い出そうともしたが、それも既に遠い昔。
今では逆に、モニカにベッタリ張り付いて離れない。
「変わったな」
と声に出すと、
「オリヴィア様は初めから優しい方でしたわ」
とダニエラに言われた。
「そういえば、父様から護身用にと短剣を貰ったんだ」
俺は腰に下げた短剣を抜いてみせる。
「うわー凄い!これって魔力剣?」
男子達がわらわらと寄ってくる。
「そうだ」
片刃の剣には二つ宝石が付いている。
「見ていろ」
剣を軽く振るうと、赤と黄色の線が宙を切った。
「凄い!火と雷の二重属性剣だ!初めて見た!」
俺は気分が良くなる。
が、すぐにそれが女の声だったと気付く。
脇にモニカが戻って来ていた。
「お前、いつの間に…」
モニカは幼少より父親に剣を習っていたらしい。
そのため剣の話になると男子以上の食い付きをみせる。
「まあ、モニカ!私の服よりギルバート様の剣を取るの!」
オリヴィアが肩を怒らせる。
がしかし、男の話が分かる女は貴重なものである。
「お前、振ってみるか?」
「え、良いんですか!わーい」
「ちょっとモニカ!私の話も聞きなさい!」
無視してモニカは満面の笑みで剣を取った。
その笑顔に俺達は目を奪われる。
服も趣味も男みたいなのに、顔だけは一級品なのだから男達はもう本当に困った。
そのモニカが俺達の前から突然消えた。
病気になったと聞いた。
しかし、エルダーも一緒にいなくなったので、俺達は嘘だと思っている。
何らかの理由で、二人してどこかへ行ったのだ。
モニカのいない教室は色を無くしたかのようだった。
一番大変だったのはオリヴィアで、不安になったり悲しんだり怒ったり落ち込んだり、情緒不安定になっていた。
そのうち一ヶ月が過ぎ、王都は迫る水竜退治のために慌ただしくなった。
王都から出て行く者も多く、ラウレンツも自領へ連れ戻された。
オリヴィアも、公爵領へ一時帰るよう言われたらしいが、
「絶対に王都からは離れません!」
と頑なだった。
代わりに冒険者が大勢やってきた。
王家から大規模クエストが発注されたらしい。
「準備は概ね順調といったところか」
お父様は余裕綽々だったので、次第に俺も不安には思わなくなっていった。
そんなある日、俺は学園からの帰り道で何者かに襲われた。
目を覚ますと、周りは石だらけだった。
どこかの地下牢にでも連れてこられたようだ。
「…ト様…ギルバート様!」
俺を呼ぶ声に目を向けると、向かい側の牢に誰かが繋がれていた。
「お前は…ベルガーか!?」
姉上の近衛騎士にして騎士団一の雷魔法の使い手。
そのベルガーが一体何故こんなところに?
よく見ると、ベルガーは足首から先が無くなっていた。
「ワシもおるでよ」
「お前は…誰だ?」
ベルガーの隣の牢には皺々の婆さんがいた。
聞けば王都の白魔女だそうだ。
そして飯を三度食べた頃、見知った顔がもう一人、牢へ担ぎ込まれて来た。
胴と腕、手首、足首を縛られ、魔力封じの首輪を付けられて、そして全裸で連れて来られた金髪の美少女は何とモニカであった。




