31話 ヨハン④四月にしてもう有給が無い
「はあ…」
ここはフライシュルト領・南門脇の衛兵詰め所。
「まーた隊長が溜息付いてる…」
俺は机に頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
「はあ…」
「毎日毎日溜息ばかり、いい加減鬱陶しいんですが?」
「はあ…モニカ元気にしてるかなあ…」
「聞いちゃいねえこの人…」
我が最愛の一人娘・モニカを王都の旧友・ベルタに預けてきてから早七日。
俺自身は何の問題もなく王都からフライシュルト領に帰還を果たし、毎日職務に励んでいた。
「いや、励んでないじゃないですか。毎日毎日空見上げて溜息付いてボンヤリしてるのが隊長の仕事なんですか?」
さっきから小うるさいのは一兵卒のキール。
未だ十九のガキである。
「うるさいぞキール。子供のいないお前には、俺の気持ちは分からんのだ。あーモニカ、怪我したりしてないだろうか…心配だ、ああ心配だ」
「するわけないでしょ…モニカちゃん俺より強いんだから…」
モニカは強い。
モニカには二歳の頃から剣を教え込んでいて、七歳となった今ではC級冒険者並みの実力を持っている。
C級冒険者といえばかなりの腕利きで、世間的には一流冒険者の一歩手前と目される。
「しかし初めて聞いた時は耳を疑いましたよ。二歳に剣術って…普通なら虐待ですよ」
「うるせえな、俺だってちょっと早いかな?とは思ったよ」
しかし、モニカがどうしてもと強請るので、つい根負けしてしまったのだ。
そしてモニカは尋常じゃない速度で剣を覚えていった。
モニカは天才だったのだ!
俺の剣の流派は高速の連続斬りを旨とする『神魔流』。
神魔流の奥義は『虹閃剣』といい、一呼吸の間に七度斬りつける絶技である。
モニカは奥義にまでは至らなかったものの、若干五歳にして五連撃までを習得した。
もう二年あれば免許皆伝か、と大いに期待したのだが…。
しかしモニカはそこで剣を辞めてしまった。
「あのオークさえいなければ…」
五歳になった春の日に、初の実戦としてオークと戦わせた。
オークはDランクの魔物であり、モニカなら鼻をほじりながらでも倒せる相手のはずであった。
しかし、初戦の緊張からモニカは惨敗、大怪我を負ってしまう。
それ以来モニカは剣を置き、フラフラと魔女の元へ入り浸るようになってしまった。
このままじゃモニカは駄目になる。
家政婦のヒルダと相談してアレコレ手を打ってみたが、何らモニカの気を引くことは出来なかった。
「あの頃は大変でしたね…。隊長が全く仕事しなくて…。あ、そういや隊長が急に王都に行った所為で、隊長がやるはずだった糞浚いの順番が俺に回って来たんですけど」
「おめでとう」
「全然めでたくないですよ!次俺に糞浚いの順番来たら隊長に代わってもらいますからね!」
「断る」
「ファー!!」
そんな折、王都のベルタから伝言が届いた。
その内容は、春から王都の学園にモニカを通わせてみないか?というものだった。
ベルタとは時たま連絡を取り合っていたので、モニカの天才っぷりはバッチリ伝えてあった。
なので学園に誘いたいという申し出自体は理解出来た。
しかし、伝言は冬に来た。
冬の伝言で春に来いとは随分と急な話である。
何より、大事なモニカを目の届かない王都に預けるなんて有り得ないと思った。
それも五年間も!
しかしよく聞いてみれば、学園には長期休みというものがあり、冬の間は授業が無く、その間は親元に帰省したり出来るらしい。
冬になれば帰ってくるなら、王都にいる期間は実質半年程度である。
「いや、半年でもダメダメ。悪い虫でも付いたらどうする」
と俺は思ったのだが、何とヒルダから猛反対を受けた。
「モニカお嬢様は驚くほど才能に恵まれております。教えれば大抵のことはすぐに習得し、読み書き計算などは大人にも並ぶ者がいない程です」
モニカに出来ないことといえば家事くらいである。
「正直、私には最早お教え出来ることがありません。剣術の道に行き詰まった今、この申し出は天啓にも思われます。モニカお嬢様の将来を考えるなら、王都の学園ほど適した環境は無いのでは?」
俺は結論が出せなかった。
そこで、他の者にも聞いてみることにした。
「え?モニカちゃんを王都に?うーん、まあ、いいんじゃないですか?何と言っても国の中心ですから、学べる事は多いと思いますよ!」
「ちっ!俺はそんな一般論が聞きたかったわけじゃないんだよ」
「何ですかそれ!人がせっかく頑張って答えたのに!」
「ええ!?モニカちゃんを王都に?それは困るなあ。…いやね、倅達がモニカちゃんにゾッコンでさあ…」
「モニカちゃんほど聡い子も中々いない。早いうちから広い世界に出してやった方が、本人のためには良いんじゃないか?」
「そうねえ、モニカちゃん可愛いから、そこは結構心配ねえ」
「…というわけで、色々聞いて回ってるんだけど中々答えが定まらなくてさあ」
「どうでもいいけど、あなたちゃんと仕事してる?」
「ここは一つ、偉大なる白魔女様のお知恵を拝借願えないかと…」
「帰んな。うちはお悩み相談所じゃないんだよ」
「え、違うの!?」
年が変わり、春が目前に迫っても、答えは出なかった。
そんな三月のある日。
俺はとんでもないことに気付いてしまう。
「モニカ、お前、いつも一人でフラフラしてるけど…近い歳の友達とか、いるよな?」
「え?いないけど?」
こうして俺はモニカを学園へ通わせることに決めた。
断腸の思いであったが、しかしモニカのためである。
剣術にかまけていて全く気が付かなかった。
手のかからない子だと楽観し過ぎていた。
(親として失格だ…)
六歳の子供に友達がいないなんて、そんな悲しい話はあっちゃいけない。
俺は育て方を間違えた、と大いに反省したのである。
「でもなあ、やっぱり心配だなあ。オーガに襲われたりしてないかなあ」
「何で急にオーガに襲われるんですか。いい加減仕事して下さいよ!」
翌日、王都西門付近の城壁が何者かに吹き飛ばされたという話が伝わってきた。
不安に駆られた俺は兵士詰め所を飛び出した。
そしてキールに羽交い締めにされた。
「行かせませんよ!隊長この間休み全部使い切ったじゃないですか!」
「離せ!俺はモニカを迎えに行くんだあああ!」
更に二ヶ月後、水竜討伐作戦が暗礁に乗り上げたという噂が伝わってきた。
不安に駆られた俺は兵士詰め所を飛び出した。
そしてキールに羽交い締めにされた。
「だからあんたもう休み無いって言ってんでしょ!」
「離せ!俺はモニカを迎えに行くんだあああ!」
「今年一杯はダメです!」
やっぱり王都になんか行かせるんじゃなかった!
「くそおおおおお、モニカああああああ、無事でいろよおおおお!!!!」