30話 魔法使いになった日
(う、剣に血が付いてしまったか…)
剣を振るって、血を飛ばす。
先の技は神魔流・四連撃『四季一刀』。
一呼吸のうちに四度剣を振るう超速剣。
本来なら切断面から血が付着する前に剣が身体を通り過ぎる。
…はずなのだが、二年のブランクでかなり腕が錆びついてしまったようだ。
(途中、骨を打ってしまったからな…)
これでは剣の寿命を大幅に縮めてしまう。
ヨハンに見られていたら大目玉を食らうところであった。
『剣一本で一万の魔物を斬れるようになれ!』
と昔言われたけれど、流石に一万は無理があると思うの。
四人の獣人は地に伏して呻いている。
(う…)
加減はした。
が、流れ出る赤黒い血がグロテスクで、私は目を背ける。
(…初めはビビったけど、やっぱコイツら大して強くなかったな)
気配を察知させず動いていたから、どれほどの使い手かと恐々としていたのだが。
(獣だから気配を消すのが上手いだけ?)
いや違う。
今倒れている獣人達も、依然として気配が薄い。
(もしかして、この外套が気配を消す魔法道具とか?)
そう考えて、私は獣人の一人に手を伸ばした。
ズドンッ!
衝撃で、私の身体が弾かれる。
「…え?」
前方で、獣人一味の、最後の一人が、笑っていた。
後ろを振り返ると、アルミラージが魔力弾を構えていた。
私の腰からは血が噴き出した。
(ああ、成る程。二人の射線上に載せられて、ターゲットを移されてしまったのか)
ズドンッ!
二発目の魔力弾が、鎖骨の下を貫通した。
チリチリとした感覚。
それが徐々にジワリ、ジワリと広がっていく。
「っ…つうううあああッッッッッッ!!!」
激痛に、私は前のめりに崩れ落ちた。
三発目が頭の上をかすめて行った。
(痛い!痛い!痛い!痛い!)
両手で二つの穴を塞ぐ。
しかし、流れ出る血は一向に収まらない。
(あ、ダメだ、このままじゃ、死ぬ)
肩から流れる血を見てパニック!
視界がグラつく。
その視界に、腰から下げた巾着袋が映る。
「ん…ぐぅぅぅぅっ!!」
震える手で巾着を吊るす紐を切断。
巾着を腰に当てがった。
「っっっっっ!!!」
(痛い!)
しかし、出血量は少なくなった。
だけど、巾着袋は一つしかなかった。
肩からは依然ドロドロと血が流れ落ちる。
獣人達の外套を引っ張るも、脱げない。
剣を突き立てても、上手く切れない。
徐々に、しかし着実に、視界を埋める光量が強くなっていく。
(ああ、ダメだコレ。これはもう…)
「ファイアーアロー!」
「プギィイイイイ!!」
どこか遠くの世界で兎が鳴いた。
前世では痛みを感じる間も無く死んだ。
(今回はやたらと痛いな)
死んだらまた神様に会うのだろうか。
(また転生させてくれるかな)
無理かなあ。
(せっかく転生したのに、こんなに早く死んじゃうとは)
諦めると、ちょっと心が軽くなった。
(遠くで呪文を唱える声がする)
あー、魔法使いたかったな。
(近くで何かが落ちる音がする)
巾着から黒い物体が零れ落ちていた。
(ああ、魔力貯蔵庫…)
小さい電池くらいの、魔女謹製・秘密兵器。
(危なくなったら使えと言われたが、この状況で魔力貯めてどないすんねん…)
使えん猫スケめ…そもそも魔力が感じられなくて四苦八苦しているというのに…。
(おや?)
二箇所の傷口周辺に、痛みとは別の何かが感じられた。
(あれ、この感覚って、私は知っているぞ)
それは入学式、聖女の祝福を受けた時のような感覚。
(ああ…魔力って、これのことかあ)
何だよ。
(私はとっくに魔力の感覚を掴んでいたんじゃないか…)
目を開けると、依然痛い。
出血の所為か、春なのに寒い。
遠くで男が赤い球を構えている。
(アレは熱そう…)
「紅の一撃…」
向こうはもう発射寸前。
私は歯を食いしばって右手を持ち上げる。
敵に向かって伸ばし切る。
(魔力を…右手に…!)
もう剣は振れない。
そもそも相手が間合いまで近付いて来ない。
出来るかどうかも分からない。
知っている魔法は、さっき聞いたアレしかない。
ぶっつけ本番。
(でもイメージだけは完璧だ)
呪文の時間は無さそうだけど。
せめて名前くらいは叫んでやろう。
どっちが強いか比べっ子しようぜ。
痛みはドンドン酷くなる。
(なあに、死んで元々さ!)
これでスカしたら笑ってくれ!
右手を開けろ!
さあ。
撃ち合いだ!
遠くで兎がプギィと鳴いた。
「「ファイアーボール!!!!!」」