13話 ヨハン③ よく分からない法律の話
「法律とは何ですか?」
「えっ!?お父さん衛兵でしょ、法律知らないの?刑法とか無いの?じゃあ今まで何を基準に暴漢とか取り締まっていたの?」
俺の疑問にモニカが声を上げて驚いた。
いつも大人しいモニカにしては珍しい反応だ。
俺からすれば、モニカが「法律」なるものを知っていたことの方が驚きなんだが。
「基準も何も、暴れている奴は全員捕まえる。あとは領主様の指示があれば問答無用で取り締まる。基準など無い」
「中世こっわ」
モニカは時々「チューセェ」という謎の言葉を発する。
何度か意味を尋ねたが答えてはくれなかった。
ただ「チューセェ」の後には大抵「怖い」「酷い」「ガバガバ」などが続くので、良い意味の言葉ではないだろう。
全く、子供っていうのは一体どこでそんな言葉を覚えてくるのやら。
「領地管理は領主に一任されていますから。地方で平民が法に接する機会はまず無いでしょうね」
「法律」とは「国が定めた決まり事」を指すらしい。
強いて挙げるなら「商人の国内通商の保護」は王命なので法律と呼べる、と説明されたがよく分からん。
「ちなみに他国との貿易は隣接領に任せ切りで、法律は存在しません」
「ええ…。よくそれで問題起きませんでしたね」
「貿易自体は100年続いているので…。ただ年々貿易を担っている領地の力が増していて…。法を整備したいと思うのですが…。商取引慣習もバラバラで…。反発も強く…」
モニカとカスパーさんの会話は続く。
俺は全くついて行けないので、食事に集中しようと思った。
「百年前の大戦で旧帝国が滅び、文化や技術と共に法も断絶してしまったのです」
東の大陸から魔物が大量に侵攻し、五百年の栄華を誇った統一帝国は滅亡した。
人々は大陸の西に逃げ、5つの国を作った。
人の国、フィルリオ王国。
巨人の国、ゴルゴン王国。
小人の国、アイリーン王国。
獣人の国、エルブラント王国。
エルフの国、シューミット王国。
そして、かつて帝国があった東大陸は、現在魔の国と呼ばれている。
「王国会議では新たな法も作られています。…しかし、現状法整備は全く追いついていません」
「そうなんですか。国全体が法で管理されてるんじゃないんだ…」
「ええ…一部地域では未だに神明裁判を行っている所もあるくらいで」
「神明裁判?」
「神によって罪を明らかにする裁判のことです。例えば湯に手を入れて熱ければ有罪、冷たければ無罪とか」
「ええっ、それじゃあ全員有罪になっちゃうじゃない」
ベルタの意見に俺もモニカも同意する。
リック君は既に飽きてどっかに消えている。
「村長達が無罪だと思えば、事前に湯を温くしたりするそうです」
「ガバガバ過ぎる…神に委ねてないし…」
モニカが天を仰いだ。
「裁判には証拠が必要じゃないのか?」
「証拠!うちの領では裁判に証拠が必要なんだね!良かった、まともな裁判制度もあるんだ」
何やらホッとした風のモニカ。
裁判に証拠が必要なんて当たり前である。
証拠も無しに裁判を開いて、一体何になるというのか。
「ちなみに証拠として認められるのは多数人からの宣誓で、身分の高い者の宣誓ほど証拠能力は高い」
「結局ガバガバだった…」
モニカは力無く机に倒れ伏した。
多分、長旅の疲れが出たんだと思う。