12話 カスパー一家
商人達に別れを告げ、私とヨハンは人の少ない大通りを進む。
ひとまず目指すは冒険者ギルドだ。
「水竜のこと、お父さんは知ってたの?」
「いや。…待てよ?商人から一時期そんな話を聞いたような…どうせ作り話だと思って気にもしてなかったんだが」
「人の力で追い払えるわけないから?」
「そうだ。それも騎士団なんぞにドラゴンを撃退出来るわけが無い」
騎士に任ぜられるのはほとんどが貴族。
なので戦力的には大したことがないらしい。
強さで言えば軍の兵士の方が圧倒的に強い。
では何故存在するかといえば、貴族の箔付けや、次男以下の就職先として使われるからだそうな。
「じゃあ軍の人達なら倒せる?」
「無理だろう。そうだな、国中から母さん並みの魔法使いを十人くらい集めればギリギリ戦いになるかもしれん」
「へー…」
騎士団<王国軍<母さん×十人≒竜。
母さんだいぶ強いな…。
一体何者だったんだ…。
「お母さんって凄い人だったんだね!」
「そうだぞ。でも父さんなら五人いれば足りるがな!」
「そう…」
話しているうち、石造りの白くて大きい建物が見えてきた。
冒険者ギルドだ。
門の前で屈強な男達が談笑している。
中から子供が三人、走って出て行った。
右手には小さい皮袋が大事そう握られていた。
「…懐かしいな」
「寄っていく?」
実は未だ冒険者ギルドには入ったことがなかった。
見学に行く良いチャンスかと思ったが、
「いいさ。今日は宿優先だ」
ということで、私達はギルドを通り過ぎた。
冒険者ギルドを目印に、三軒先を左に曲がると、大通りの商店街から逸れて住宅街へと入った。
「この辺りのはずだが…」
「ヨハン!こっち、こっち!」
声がする方を見れば、二十代半ばくらいの女性がこちらに手を振っている。
「よお、ベルタ!7年ぶりだな、元気にしてたか?」
ベルタさんはヨハンの冒険者時代の仲間の一人らしい。
「ええ。ヨハンも元気そうね。で、そっちの子がモニカちゃんね」
「初めまして、ヨハンの娘のモニカと申します。これからご厄介になる予定なので、どうぞよろしくお願い致します」
「あら〜、聞いていた通りお行儀の良い子ねえ。本当にヨハンの子供?」
「おい」
「さあさあ、上がって。中で夫と子供と食事が待ってるわ!」
ベルタさんの家に入ると、ご主人のカスパーさんと一人息子のリック君4歳が出迎えてくれた。
カスパーさんは学園で教師をしている。
私の入学を手配してくれたのがこのカスパー夫婦だ。
そして入学が決まったら、この家に居候させてもらえることになっている。
「カスパーさんは学園で何を教えているんですか?」
五人で食卓を囲みながら話す。
「私は法学の教師です。って法学なんて分かりませんよね?」
う、分からん…。
向こうの知識でも公民が限界である。
法学…法学…うーん、裁判長。
ダメそうだな…。
「えっと、法律を勉強する…んですよね?」
何も思い浮かばなかったのでそのまま返したが、カスパーさんの反応は良かった。
「おお!そうです、そうです。『法律』なんて言葉よく知ってましたね」
(そういえばこっちに来てから法律って聞いたことないかも)
「今は各地の慣習法を集めて系統立てた法律にまとめようとしているところなんです」
「へ〜、すごいんですね〜」
カンシューホーが何か全く分からなかったが相槌だけは打った。
「モニカちゃんは本当に賢いわねえ。私は未だに夫が何言ってるのかさっぱりよ」
私もさっぱりです。
「俺もさっぱりだ」
父もさっぱりです。
「僕もー!」
よしよし、リック君は可愛いねえ。
お姉ちゃんの芋食うか?
「きっとアニーに似たんだわ。見た目もそっくりだし、父親に似なくて良かったわね」
「馬鹿な。よく見ろ、目元と髪質は俺譲りだぞ」
「フッ、そうね。アニーの癖っ毛は凄かったから」
「蛇女アニーだからな」
「「HA HA HA HA HA!」」
母さん…一体何者なんだ…。