10話 黒づくめの男
「魔法を教わりたければ教会にでも行けば?」
平民に魔法使いはほとんどいない。
逆に貴族はほとんどの人間が魔法を使えるらしい。
平民でも一部の豪商には魔法を齧った者がいるらしかったが、私にそんなツテは無かった。
あとは魔女か、一部の冒険者、又は教会の牧師さんが例外的に魔法の知識を持ち合わせている。
「もう行った。けど『神への信仰が奇跡を可能にするのです。さあ一緒に祈りましょう』って言われたから走って逃げた」
「ハハハ。良いじゃない、やってみれば?意外と出来るようになるかも」
「いや、私には無理…」
面識があるだけに、あのうっかり神様を心の底から崇めるというのは難しいことであった。
(やはり教会コースは無しだな)
そんなことを考えていると、ヴァインが今度こそ起きて、屋根から降りて来た。
やっと撫でられる!
「客だ。今日はもう帰りな」
言われて初めて、私の背後に男が立っていることに気付いた。
黒いマントに身を包み、顔はフードでよく見えない。
怪しい男を絵に描いたらこんな感じになりそうだと思った。
(私の背後を取るなんて、只者ではない)
私はヴァインの言う通り、この場を離れることにした。
ヴァインの客は大体怪しいけど、今日のはとびきりだ。
離れつつも二人の会話に耳をそば立てていると、
「例の物は?」
「用意出来てる」
という会話が聞こえてきた。
(リアルで「例の物は?」って初めて聞いた)
こっそり背後を伺うと、男と視線がかち合った。
私は慌てて顔を戻し、走ってその場を去った。
角を曲がり、橋を渡り、人のいる方へ急いだ。
「焦ったぁ…」
大通りへ出て、一息つく。
道中、男が追いかけて来るんじゃないかと気が気じゃなかった。
うっかり目が合ったのは失敗であった。
顔を覚えられたかも、と思うと少し体が震えた。
さっきの男は一体何者だろう。
声は割と若そうであった。
あの黒マントも、質は良さそうで、金の匂いがプンプンした。
(平民ではないな)
…ところで、貧民街の更に先には洞窟があるらしい。
そこでは違法な薬が売買され、廃人が泡を吹いて山になっているという。
もしくは、黒魔術の儀式が行われ、夜通し全裸でパーティーが催されているとか、何とか…。
まあ、全部噂ではあるが。
『例の物』に『黒づくめの男』。
(…薬だな、間違いない)
私の灰色の脳細胞がそう言っていた。
「モニカ、王都の学園に行く気は無いか?」
家に帰ると、ヨハンにそう言われた。
「これが…雷竜の牙か。本物だろうな」
「疑うなら置いていっても構わない」
「いや、確認しただけだ。気を悪くしないでほしい。それと、もう一つの件は…」
「断ると言ったはず。私は王都へは行かないよ」
「頼む!今は少しでも戦力が欲しい。報酬なら必要なだけ用意する。貴殿がいれば水竜にもきっと…」
「断る」
「くっ……貴殿にはS級冒険者としての責任は無いのか。国の危機に立ち上がろうとは…」
「冒険者はとっくに廃業した。それに国の危機じゃなく、王女様の危機の間違いだろう。ねえ、何故私が猫になったか分かる?」
「……何故だ」
「人の世のしがらみから離れるため。私はもう地位も名誉もお金も要らない。その代わり、責任も負わないことに決めた。そうさせたのは王都の人々だし、私は今の生活に満足している。話し相手もいるしね」
「……私は諦めない。しかし、今日のところは引き返そう。必ずまた来る」
「お気をつけて、近衛騎士ベルガー殿」
「…あとは、封印の水瓶だけ。それさえ揃えば、ラウラ王女様も…きっと…!」
第1章完