PBA613便(前編)
今回もまたコンゴ民主共和国が舞台です。が、乗客は魔女の女神のアラディア様。必死の説得で便を出しますが、珍道中になるのか?はてまたシリアスになれるのか?どうなる事やら。
地理が多く出ます。
年が明け、段々スイスも少しづつ気温が上がり始めている。とは言え北からくる風はまだまだ冷たく、偶にジュネーヴコアントラン国際空港を雪に包む日もある。そんなある日、Peace Bird Air Companyジュネーブ支部で女社長は社員全員を事務所に集めていた。
「先日の805便で銃を機内で使われたようだという連絡が入った。」少し誤魔化し気味に話すが、ワルタガードの件だ。
「保安上の理由で乗客搭乗時に耐身体負荷テストと同時にボディチェックの強化も進める。また一部もしくはスタッフ全員に銃の携帯を義務とする。」その話を聞いたスタッフたちは、飛行機車バイクに続いて今度は銃かよ、とか、一体どこまでマニアックなんだかねー?とか、どう考えたって自分の趣味だよな?とか、また機長さん、女を弄んだんですね?とか様々な小声や考えが飛び交う。しかし最後のは風評被害だろう。んっんーっと女社長は一つ咳ばらいをし
「もともと我が社は危険地帯へ飛行機を飛ばす会社であり、従業員の安全は当然考えなければならない。今までは乗客の身元が基本的に明らかであった為考慮されていなかったが、その連絡の件で役員会では問題となり保安強化として護身用銃の保持という結論に至った。」その言葉で、建前はそうかもしれねーけど、とか、結局趣味に走りたいだけじゃん、とか、女を弄ぶ機長さんから身を守るために必須です!とか様々な声が小声で交わされる。最後のは風評被害だろ!と機長は心の中でツッコむ。そんな中、急に大声で
「銃ですか?!でっかいのをバンバン撃ってみたいですっ!」と事務所中に響き渡った。魔女のアラディア様である。皆が女社長の話を聞いて困惑している中で、彼女だけが喜々としていた。その声と燥ぎ様に、事務所中がドン引きしている。
「あ、アラディア様??」ホウコウがその声に困惑している。
「アラディア、分かってくれるか!」と女社長は彼女の手を取って喜ぶ。その光景は事務所にいつもの混乱を巻き起こす。まさかアラディアさんが??とか、カワイイ女の子がデッカイ銃をぶっ放すのは様になるかもなぁとか、そうですよね!アラディアさんだって女を弄ぶ様な人から護身の為に銃は必要ですよね!とか。一部には結局趣味じゃねーか、という結論も。そんな中で機長だけ反応が薄かった。
「オレも持つんですか?」すこし面倒くさそうに訊く。
「あ?一番必要なのはオマエだろうが?」棘を込めて女社長は返した。
「護身用ったって、こないだの状況じゃ役に立ちませんよ。なにしろ機内は狭いんですから。」
「何を言っているんだ?誰がオマエの護身用だって言った?当然乗客を目的地、つまり空港の入国ゲートまで安全に届けるまでの護身用に決まってだろう?どこまでオマエは愚かなんだ?」
「乗客の護身?!そんなサービスまでオレやるんですか?!」機長は聞いていないとばかりに驚いた。
「は?今までも私はそのつもりだったのだが?機から降りた直後に死なれたら意味無いだろう。」当然のように女社長は答えた。
「え?だって今まで銃なんて持たされてなかったし、そういう事態を考えたこともなかったし…」
「あ?その事態になったらオマエが身を挺して護るのが当然だろう?今まで何もする気が無かったのか?」と女社長は問い詰める。
「着いて降ろしたら終わりかと…」とバツが悪そうに機長は答えた。その瞬間、事務所にピシャっという音が響く。女社長が機長の頬を叩いていた。
「おまえ、そんなつもりで業務についていたのか?何度も言うが乗客の命は最優先、お前はこの会社の備品だという事を忘れていたのか?!」憎しみを込めてもう一度機長の頬を叩いた。そこまでして、役員の一人であるじーさんが静止させる。
「女社長、落ち着きなさいな。彼だってこの会社の一員だろう?」
「じーさん!それは違います!コイツのせいでアタシは!!」再び叩こうとするのをじーさんともう一人の役員であるばーさん、そして役員最後のメンバーである出納長までが抑えにかかる。
「女社長!いい加減にしなさいな!機長を殴ったところであの償…」そこまでばーさんが言って、女社長もばーさんも口を塞ぐ。そのやり取りを驚き怖れ、そして不思議そうに社員全員が見ていた。
暫くの沈黙が部屋を満たすが、女社長は落ち着いたらしく
「と、兎に角だ。まずこれから最低限必要な主要メンバーに買い出しに行ってもらう。そうだな、事務所からは3人程度、整備グループからも4人程度、あとアラディアと機長、お前らもだ。」と指示が出る。
「そういえば今日はおっちゃんが居ないですね。休暇ですか?」不思議そうに運行管理係が訊く。
「おっちゃんさんは今日はコムソモリスク・ナ・アムーレ(Su-35SUBMKの製造工場)で整備訓練で出張よ。それと、何か新装備も持ってくるとか」と書類作成のお姉さんがスケジュールホワイトボードを見て伝える。今日から来週半ばまでらしい。
「おっちゃんが居ないと臨時便の時に困るな。」と整備員の一人が呟く。
「そこは皆さんと僕らで二重三重チェックをしろとおっちゃんから指示が来ていました。」とデッチが答えた。
「責任者が居ないってのもなぁ」それに対し女社長が答える。
「現場については分からないが、書類の内容の説明を受けながらなら私が責任を取るし承認もする。また説明に関してはクレイ・ジーニアスともう一人二人適当なのが来てくれればいい。」
「え?クレイ・ジーニアスですか?」と別の整備員が訊いてくる。
「クレイ・ジーニアス、アンタは整備についてはペーペーかもしれないけど、機構や飛行原理は当然解っているだろう?見ただけで問題を見つけたり把握することも出来るな?」女社長の問いに彼は
「も~ちろんで~す。でも~整備の皆さんのサポ~トは欲しいで~す。」
「という訳だ。」
「う~ん…まぁ女社長がそういうのなら。」
「それにお前たちはプロだ。その腕をアタシは買っている。自信を持って仕事ってくれればいい。」
「分かりました。」整備一同が声を揃えて返事をする。
「さて、話が大分それたが。銃の保持免許については私がスイス政府へ許可を取って来てある。但し月に1~2回程度講習を受けてもらう。同時に護身術も講習を受ける事。銃の購入費用は備品なので、購入後領収書を提出すること。弾薬の管理は総管理者はじーさん、事務所の管理者は運行管理係、格納庫はクレイ・ジーニアスでやってもらう。アラディアは事務所管轄で、機長、オマエに関してはじーさんが直に管理してもらう。いいな?」
「わかりました。」機長は不服と言うか不貞腐れという感じで返答する。
「それと、今回買う銃の銃弾は非殺傷のモノで銃弾のサイズも統一してもらう。それと現在、Pogojetと呼ばれる今迄のモノとは違う形の非殺傷性銃が開発されている。それが入手できるようになったら、今回購入した銃は返却し、それに変更してもらう。」非殺傷性と聞いて、皆は一応安心をする。やはり人に手を掛けるかもしれないというのは心理的に抵抗があるようだ。
「早速だが、これから買い出しに行く。運行管理係、お前以外に後二人選出してくれ。格納庫は私があと3人決める。」
「おっちゃんやデッチやホウコウじゃないんですか?」また別の整備員から質問が上がる。
「お前ら、年下に護ってもらいたいのか?それとおっちゃんは帰ってきてから追々だ。」
直ぐに運行管理係が事務所メンバーを決める。窓口兼女性陣の護衛という意味で書類作成のお姉さん、後は事務メンバーの男を一人選ぶ。女社長もとっととメンバーを決めた。
「準備が出来たら出発だ。もう二台ほど車が要るな。誰か用意してくれ。」その言葉を聞いて誰もが我先と鍵を奪い取りあう。余りにも騒がしく決まらない為、
「あー、騒がしい!アタシの車にはじーさん、機長、アラディアが乗れ!後はそっちで転がして来い!」
とじーさん、機長、アラディアに死刑宣告が下る。他のメンバーは本当に命拾いしたというように安堵した。
「全く、たかが車の運転でこんなに騒がしくなるんだ。」と怒ったように女社長は呟く。
皆は心の中で{アンタの運転で殺されたくないからだよ!}とツッコんだ。そして当事者である機長とアラディアは蒼い顔をしていた。じーさんだけが度胸が据わっていたらしい。
死刑宣告を免れた四人は喜々として社用車のフィアット ドブロとシトロエンC5 Aircrossに乗っていく。
女社長は愛車の内の一台のフェラーリGTC4Lusso(四人乗り4WD)を駐機場に停める。じーさんは女社長の後ろに乗り、機長はその横。助手席にはアラディアが着く。乗る時に女社長は機長にそっと言った。
「お前は恐らく何も知らないだろうし、こう扱われる理由も解らないだろう。だけど、アタシはお前の事を許すことが出来そうに無い。済まないが。」
「…」機長は返事の返しようがなかった。恐らく事実を知っているのは役員だけなのだろう。
各々がシートに着き、シートベルトをしっかり締め付ける。体が動いた時にちゃんとストッパーが掛かるかどうかまで何度もチェックをする。
「アンタら、シートベルトをいつまでチェックしてるんだ?」と女社長は疑問を問いかける。
車中の皆、特に機長は{アンタに殺されたくない}、アラディアは{まだ死にたくありません>ァ<}と心の中で答える。念のためアラディアは懐から心が落ち着く薬草を取り出す。{これで自分も女社長さんも心が落ち着いてくれればいいけど…}いや、心が落ち着いていてもアレなのだ。無駄な足掻きである。
「じゃ、行くわよ。」と言い、ミッションをRに入れて、アクセルをガンッと踏み込んだ。
凄い勢いでバックし、ハンドルも素早く曲げる。やはりダメかもとアラディアは心の中で祈っていた。
車道に出て、再び女社長はガンとアクセルを床の底まで踏み込む。タイヤからスキール音がでて、凄い勢いでシートに叩き付けられる。後ろの2台、7人はその様子を後ろで哀れそうに見ていた。
C5 Aircrossには運行管理係と書類作成のお姉さん。フィアット ドブロにはクレイ・ジーニアスと整備3人、そして事務員一人が乗っていた。整備員の一人がハブられた事務員へ話しかける。
「なんでおまえ、あっちの車に乗らないんだ?アレの方が乗り心地良いだろ?」
「察してくれよ…」事務員は悲しそうに言う。
「あっ」別の整備員は気付いた。バン組はそりゃそうだよなーとなんとなくがっくりくる。運行管理係と書類作成のお姉さんは今頃軽いドライブデート気分だろう。
向かう先はメラン通りを超えてベルニエ通りに入り、ボワ=デ=フレール通りの自動車整備工場地域の中にあるAtelier d'Armurerie Daniel Rochという銃専門店だ。
「さてと、車内の皆に話がある。805便についてだ。」向かう車中で唐突に女社長が話しかける。
機長もアラディアも??という顔をした。
「うふふ?まさか女社長さん、この間のワルタガードさんの…」とアラディアが話しかけると
「あのね、アラディア?あんな与太コイバナじゃないわよ。」と女社長が呆れた。
「じゃあなんですか?」と今度は機長が訊ねる。
「そっちじゃない方の話だ。」その言葉で少し車内に緊張が訪れる。
「あいつらがまたでたのか?」
「あいつらが出るのはいつもの事じゃないですか。」と機長は答えた。
「ああ、だがあの時は追いかえそうとはせず、撃墜しようとしていた。数少ないケースだった。」思い返しながら女社長は話す。
「確かにこっちを撃墜をしようとするケースはほぼ無かったですね。大体は嫌がらせをして来てこっちは追っ払うか逃げ帰るかです。所属を言わずに攻撃もしくは拿捕は初めてかもしれません。」機長も思い出しながら答える。そこでじーさんが割り込んでくる。
「実はじゃな、機長。今はまだ初動捜査の段階じゃが、連中の関係者が我が社に紛れ込んでいる可能性があるという疑いがでていてな?」その答えに機長はえっ?と思う。
「前の238便の事を覚えているか?あのエンジンが壊れた時だ。お前もNTSB(国家安全運輸委員会 建物の立派さは推定1000BEA以上)とアメリカ国防省(現在、BEA値は余りにも高過ぎて計測困難)の事故調査レポートとその後に追加された極秘レポートを読んだだろ?」
「両方とも読みました。読み終わった後の管理は整備側でなく、珍しく役員側でしたね。」ただのレポートにしては厳重な管理だったと思い出した。
「あの追加分のレポートをどう思った?」女社長は訊いた。
「確かエンジンコアのジェットエンジン部分、その吸入した水の排出機構にばらつきで不良に近い部品が使われていた、でしたっけ?」
「ああ、そうだ。」
「え?そんな事があったんですか!?」そこでアラディアが割り込んできた。
「あの時はデッチもホウコウもそのエンジンから変な音がするって散々言っていたけど、俺には始動時から壊れるまでおかしいとは思わなかったんだ。」と機長が簡潔に事を話した。
「実はそのレポートはNTSBがエンジンを持って帰って再調査を行った時に、意図的にその部品が使われた痕跡があったとの事で、そこでFBI(アメリカ連邦捜査局 建物の立派さは推定1000BEA以上)がウチに初動捜査をさせろと言い渡されたんじゃよ。」とじーさんが補足した。
「FBI?なんでアメリカの警察が出張ってくるですか?」
「出張ってきているのはFBIの公安局。しかもICPOに情報提供までしているくらいのヤツらしいんじゃ。」
「な、なんか凄い話ですね?私たちにお話ししてもいい内容なんでしょうか?」とアラディアは心配する。
「ああ、まず役員は信用できるし全員シロだ。あとアラディア、アンタはどう考えても関係者に成り得ない。最も魔女の女神様のお力なら可能かもしれないが?」と女社長はアラディアを揶揄い、当人はもう、と言って頬を膨らませる。
「そして機長、オマエは一番の当事者であり、実質最前線の人間だ。そういう意味では信用できる。」
「…」機長は無言になる。
「今この車内にいる人間は信用できるという事だ。そして場合によっては捜査の協力を頼むかもしれない。」と女社長は締める。しかし機長は気になる事を質問する。
「そんな時期に誰が味方かわからない状況で銃なんて持たせていいんですか?」
「いや、逆にそいつが突然社員へ牙をむいた時の方が怖ろしい。あー、そういえばオマエは会社の女性全員に手を出し弄んだっけな?」この間の会話を混ぜ返させられる。その瞬間アラディアの目が氷に晒されたくコ:彡(烏賊)の如く目のハイライトが消える。
「うふふ、そうでした。機長さん、もっと怖ろしい呪いを掛けてあげるのを忘れていましたね?うふふふ」
「いや姐さん、変な事言わないでください!只でさえ謂れの無い事をでっち上げられて女性陣の目が厳しいんですから!」機長は言い訳をする。
「自業自得だろ?」と女社長は冷たく突き放した。
「若いというのはそういう事じゃよ。羨ましいのぅ」
「やっていないのに自業自得って酷くないですか?それとじーさん、アンタは達観しないでください。」呆れながら機長はじーさんに嘆願する。
「ついでだ、もう少し詳細を話しておこう。実はウチのアメリカ支部にもそのような動きがあったらしい。」と女社長は付け加える。
「!?」機長もアラディアも驚く。
「あっちは主に南米へのタクシーや米軍との異種格闘戦技がメインだが、南米でもあいつらは現れ、訓練では社の事前情報が抜かれた後、事故が起きそうになった例がいくつか発生している。つまりウチ、Peace Bird Air Companyそのものがあいつらに目をつけられ始めていると私や役員会は考えている。あいつらの規模は分からんが、世界的な組織なのかもしれない。もしかしたら、アタシの…」そこまで言いかけじーさんが口止めする。
「その話は止しんさい。」そう言われ、女社長は口を噤む。
「仮に社内に繫がっている人間がいたとして、殆どの人間が情報にアクセスできる訳か…事務所組みなら運行管理係や書類作成のお姉さんは航路を把握しているし、整備グループもその情報は必要で、且つ機体に細工も出来るのか…と、したら…オレにとっては今までと変わらないな。」と機長は呟く。
「どういう意味だ?不謹慎な事を言ってもらうと困るんだが。」諫めるように女社長は機長に言う。
「どっちにしろ今までとこれからで差異は無いって事だ。あいつらはやってくる、トラブルも頻度は上がるかもしれないが、どっちにしろ対処はしなければならない。ホウコウの言い分じゃないが、めちゃくちゃな機にされても飛ばす事がオレの業務だからな。」
「アイツ、そんな事を言ったのか?」女社長は呆れる。
「この間のアラディアさんのタクシーの時とかオレが絡むと豹変するからな。悪鬼の如くに。」
「お熱いお話をありがとう。」女社長は皮肉った。
既にベルニエ通りから右折してボワ=デ=フレール通りに入り、バルド通りにある銃専門店Atelier d'Armurerie Daniel Rochは目の前だった。直ぐに到着し、3台は駐車場へ停める。店舗の建物の立派さは凡そ40BEA位だった。
「なんだ、オマエら? 商用バンで缶詰だったのか?」と女社長は連中に尋ねた。
「女社長、察してください。」と整備組とハブられ事務員は答える。シトロエンから運行管理係と書類作成のお姉さんが出てきた。
「ああ、成程ね。」と彼女は納得した。
店舗に入ると言うまでもなく所狭しと銃が並ぶ。一部の人間は驚きでうわぁと感嘆する。まるでお昇りさんだ。あちこちに長い銃が立て掛けられ、ショーウィンドウには拳銃が陳列される。長い銃はウッドの持ち手があったり、金属で覆われたり、樹脂のモノもあった。ショーウィンドウの拳銃は所謂リボルバーと自動拳銃、それもやはり金属だけでなく樹脂のモノもあった。誰かが一瞬金属製は勤続疲労は大丈夫だろうかと思った。真っ先に喜々として女社長はウィンドウを見に行く。一緒にアラディアもウキウキしながらついてくる。その後に書類作成のお姉さんや男性陣もぞろぞろと続いてくる。そこへ20代位だろうか?女性の店員がやってくる。インド系イギリス人らしく、某銃工匠猫の店員さんの様だ。
「はぁい!皆さん。今日は銃を買いに?」と元気に声を掛けてくる。
「コイツラ含めて、ウチの会社の護身用でね。」と女社長が説明をする。後ろの連中は小声だったり心の中で嘘つけ、趣味だろ?とか、散財して出納長がまたお怒りになるだろうなぁ、とか女性を弄ぶ機長から身を守るためのモノです、とか呟いている。
「成程。どんなものをお探しですか?アサルトライフル?ショットガン?それとも別のなにかですか?グレネードランチャーとかミサイルランチャーとか…は無いですケドね。」
「警護というか護身用なので、それに合いそうなモノを連中用に薦めて欲しい。」女性店員はそれを聞いて分かりましたといい、適当なものを薦めだす。女社長は自分で物色し始める。
「そう言えば試し撃ちは出来るのかしら?」と女社長は訊いた。
「ええ、射撃場がありますよ。あと、近場にはもっと大規模な射撃訓練場もあります。」
「助かります。」女社長は答えると色々と手に持ち始める。既に目つきが趣味のそれになっていた。
「えーっと、銃弾は9x19mmが良さそうですね。」と店員が説明をする。銃を知らない連中は??な顔をする。
「ホントに何も知らない連中莫っ迦だな。これは9mmパラベラム弾、もしくは9mmルガー弾と言って、自動拳銃では標準的なヤツよ。」と女社長は自慢げに説明する。それを聞いた誰かがやっぱり趣味じゃんと呟く。女社長はんっんーっと咳ばらいをし、
「ウチはこの銃弾で統一する。後は店員さんに聞きな。」と再び物色を始める。
店員さんはまず女性陣からお薦めを出してくる。
「こう言っては何ですが女性は基本的に手が小さいので、サイズも小さい方が使い勝手が良いと思います。携帯性も良く、バック等に入れやすいですし。」といくつかの良さそうなものをショーケースの上に出してくる。書類作成のお姉さんは店員さんが使っている銃が気になり、見せて欲しいとお願いをする。女社長も気になったようでこっちにやってくる。
「アタシのはこれです。」と言ってケースの上に置いた。
「これはチェコスロバキアの銃でCz-75、それの初期モデルです!」と嬉しそうに話す。それを聞いた女社長の顔が真っ青になって
「こ、これがあの…銃の完成形と言われた?!」と叫びだす。
「あらお姐さん、中々詳しいですね。」
「銃を知っている人間なら当然です!」と興奮気味に答える。周りの皆は置いてけぼりにされる。
「特徴はスライドとフレームにとても硬い鋼材を使っていて命中率が高い事、マガジンが多弾数にも関わらず握りやすい事等々です。もうこれは銃の最終進化と個人的に思ってます!」と店員さんも興奮気味に話す。その時、奥から店の人が出てくる。
「あ、父さん。」
「何を興奮気味に語っているんだい?」その50代前後のやはりインド系イギリス人の男性はこの話に混じってくる。
「実は父さん、店主もこれを使っているんです。というよりアタシが勝負して勝ったからプレゼントしてくれたんだよね?」と懐かしんでいた。
「はっはっは、そうだったかな?」と店主は恍けた。しかし、機長を見るや
「君、かなりの修羅場をくぐった様だね?雰囲気で分かる」と言う。
「え?オレですか?」
「ああ、目や動き、体姿勢とか独特なのですぐ分かるよ。」といい、店主は右手を差し出す。
「オレは機長と言います。飛行機のパイロットです。」と店主の右手を取り握手をする。
「そこのジュネーヴ国際空港かな?もしかしてウワサの賊の如く敷地に居座っているという…」
「店主、アタシはちゃんとお金を払って敷地を買いましたよ。」と女社長は反論する。
「アタシは女社長と言います。Peace Bird Air Companyの社長を務めております。」と同じように握手をする。
「え?もしかして、F-14とかSu-27っぽいのを飛ばしているあのマニアックな会社の?!」今度は店員さんが驚く。やはり誰かが小声で、やっぱりマニアじゃねーかと呟いた。その社員を女社長が後ろから蹴とばす。
「マニアックではありません。業務上必要な機材ですよ、店員さん。」女社長は弁解をするが
「あんな凄い飛行機、エアショーでない限り観る事なんて出来ないじゃないですか?!」その一言で、言うだけウチの会社のボロが出るんじゃないか?と機長は思った。対して店主は
「ふむ。この間まで兵役についていて銃だけではなく実地でも凄く良い成績を出していようとも、実戦をくぐった人間を見分けられないようではお前もまだまだだな。」と娘である店員にきつく言う。それを聞いた店員は軽くむくれた。
「さて、店員。雑談ばかりしていないで適当な物を見繕ってあげなさい。」と店主は脱線していく雑談に助け舟を出してくれた。
「そうでした。えっとなんでしたっけ?」と店員は話を忘れていた。
「うふふ?その自慢の銃の凄い所ですよ?うふふ?」とアラディアが教える。
「あー、そうでした!」といい、自分の銃を分解し、更にショーウィンドウから金属製の別の銃を取り出す。
「これが普通の金属製の銃。」といってフレームとスライドを軽くぶつけてみる。カンカンと軽い音がする。
「で、これが私の銃。」今度は高音のキンキンという音がした。それを聞いた整備の連中が驚く。
なんだこりゃとか、コイツは相当硬いなと手に持ってみたり、鋳造じゃ作れねーな、削り出しか?とか色々と意見を交える。
「皆さん、すごいですね。」店員が驚く。
「アイツらはウチの自慢の整備エンジニアです。」
「いや、こりゃたまげた」と言い、そのうちの一人が返却した。皆が大したもんだと納得をした。彼らも機械は当然興味があるので、銃の奥深さに関心を示しだした。一同それぞれが物色を始めだす。
「それで確か女性用の銃でしたっけ?」と機長が促した。場に残ったのは書類作成のお姉さんとアラディア、それにじーさんとクレイ・ジーニアス、機長である。
「あ、そうでした!さっきも言いましたが女性は手が小さい傾向にあるので、小型のモノをお薦めします。そうですね、最近は軽くて扱いやすいポリマーフレームが増えてきているんですよね。」と言いながら先程のショーケースから出したものをいくつか置く。
「各メーカーで全長が短く、弾倉をつけてやっと握れるくらいのものがいくつかあります。ほら、これなんか。」と一つを書類作成のお姉さんに渡す。
「これはオーストリアのグロッグ26という銃で、見ての通り樹脂フレームで大きさも163mm、高さも106mmしかないんです。これならコンパクトで扱いやすいと思いますよ?」店員が説明をしていると店主が機長達に
「君たち、なんでぼけっと話を聞いているのかね?」と聞く。機長もクレイ・ジーニアスも銃は初めてなので説明を受けようかと答える。
「では私が案内しよう。でも機長くん、君は実戦経験が多いみたいだから説明は必要無いのでは?」
「いえ、本当に初めてなんで。良く分からないですよ。」
「店主。ソイツに君は要りません。そいつはウチの備品ですから。」と横から女社長が口を出す。
「備品?それは一寸酷くないかな?」と店主が反論するが
「そいつは備品です!それ以上ではありません!これ以上は言う気はありません!」とヒステリックに叫ぶ。
「わかった。」訳アリと思い、店主は口を噤む。周りの皆は今のやり取りに吃驚して注目するがそれぞれ続きに戻る。いつもの事なのだ。
アラディアは店員の話を聞いていると急に
「うふふ、私、デッカイ銃をドッカンドッカン撃ってみたいです!うふふ!」と叫ぶ。店員はそれを聞いて少し引く。
こんな可愛らしいお嬢さんが急にこんな事を言うとは思ってもみなかったようだ。
「えっと、お嬢さん?銃弾は共通って女社長さんに言われましたよね?」
「え?デッカイの撃てないですか?」とがっかりする。
「後で試射場で適当なのを持っていきましょう?今は使うのを選んでからね?」とお子様の如く言い聞かせる。
「はーい、うふふ。」と偉大なる魔女の女神様の名前の女性もここでは子ども扱いだった。
「ところで店員、お前は何処のを薦める気だ?」と店主が問う。
「そりゃCzかこの国のSIGかなぁ?」と店員は答える。
「よし、分かっているな。」その受け答えを聞いて、ああマニアはマニアなんだなぁと機長は思った。
「どうしてその2社なんですか?」と不思議そうに書類作成のお姉さんが訊く。
「Czはさっき見た通りなんですが、ただチェコで自由貿易が始まった後、コレの普及モデルが出たんです。でもフレームが少しコストダウンしてしまったんですよね。でも良い銃には変わらないんです。それとここスイスは精密機械が有名ですよね?そのSIGというのはこの国の会社で評判もいいんですよ?
成程とうなずきながら女性陣は店員の銃を見た後で同じメーカーのがいいかな?と思いはじめていた。書類作成のお姉さんは一つ選び出す。
「これがいいかしら?Cz P-10 C?小型ですけど、手にマッチしますね。」と一寸構えてみる。店員さん曰く結構サマになっているとの事だった。
「アタシも店員さんに感化されちゃったわね。これにしましょう。Cz 75 SP-01 Phantom。」と女社長も構えてみる。元々興味があった為だろうか、こちらもサマになっていた。
「うふふ、では私は皆さんとは反対方向で。じゃーん、SIG P320 X-Carryです。うふふ。」とアラディアは嬉しそうに両手で抱えている。
「ではついでにドッカンドッカン用の.40S&Wを使っているP320 Nitron Compactも持っていきましょう。」
「はーい!うふふ!」
「男性陣はなにやってるんだ?」と女社長は疑問に思った。しかし、普通買い物は女性の方が長い筈なのだが…
店長は外の連中がたむろしている、フルサイズの所に機長とクレイ・ジーニアスを連れていく。皆があーでもない、これはイマイチ、こいつなんかどうだ?と廻して見せたり握っていたりする。
「そっちはどうかな?」と店主は訊いた。
「いやぁ、色々あって悩みますね。今までいじった事も無いですから。」と運行管理係が答える。
「さっきの店員さんの銃を見るとアレ良さそうだよな?」と整備員の一人が言う。
「いやいや、ここは本場アメリカで…あっちは銃社会だし。」ともう一人の事務員は反論したり。
そんな中でクレイ・ジーニアスは一丁取り出す。非力な彼は自分に合いそうな小型のものを選んだようだ。
「ぼくは~非力な~ので~これ~にしま~す。」と言ってH&K VP9 を選んだ。ポリマー製で適度に小さい。重さも725gなので男性用としては軽い方かもしれない。それで男性陣も動きが余計活発になる。さっきのCzだのスイスならSIGだろ?とか有名どころはBerettaじゃね?やグロッグ、H&K,FNも捨てがたいとか凡そ意見が出尽くし、各々が選んだモノを取っていく。だが機長だけは相変わらず決めあぐねていた。店主に事情を話す。銃を知らない事は勿論、機内は狭いので余り大きいのは持ちたくない、降機後に要人警護があるのでそこを満たすモノが欲しい。比較的多弾数のものがいいのだろうか?等々。そこで意見を聞いていた女社長がざっと詳細を述べる。
「まずコイツの言う通り、機内は狭いのでやたら大きいのは駄目です。あと降機後に要人警備もあるので適度な戦闘継続性として多弾数、高命中度、アフリカ等へ行くので機械的信頼性が高い事。良好なメンテナンス性を満たしたモノをお願いします。」と頭を下げてお願いをする。それだけ機長の業務が重要且つ危険で環境も厳しいという事だ。そこで店主が進めたのが…
「やはりこれだろうな。P320 X-Five。これなら条件を満たせると思う。拡張マガジンで21発撃てるしね。」
「ちょ!21発も撃たなきゃならないんですか?!しかも案外デカイし。」と機長は非難した。
「機内では17発のを装填しておいて予備に21発のマガジンを使えばいいだろう。グロッグという銃は33発撃てるが、そこまでだと取り回しが酷いからね。それにSIGならスイス製だ。工作精度も非常に高いだろう。」と店主は説明をした。
「では、各々決まったようなので試射場へ行こう。店員、案内してあげなさい。」はーいといい、店員が皆を連れていく。
試射場は地下にあり、結構広く奥行きもかなりある。
「ここは10レーンあって、奥行きも50mあるですよ。」と店員が説明をする。皆それぞれが店員の指示通りにレーンに着く。手前が書類作成のお姉さん、次に女社長、その隣にアラディアがレーンに入る。男性陣はアラディアの隣に機長、その隣がじーさんとクレイ・ジーニアス、後は運行管理係と事務員、最後に整備員達達が陣取る。
「まずは銃撃の音が凄いのでこのイヤーカバーを付けてください。」と店員さんは後ろの壁に掛けてあるイヤーカバーを被り、装着する。
「それと保護ゴーグルも付けてください」これも同じように壁からゴーグルを取り出し付ける。皆もそれぞれ近くにあったそれらを付ける。
「皆さん、集まってください。説明をしますので。銃弾は訓練用にこのソフトポイント弾を使います。」ひょいと何処からか銃弾が入った箱を人数分取り出す。何処ぞの魔女様の懐だろうか?どこから出てきたのか本当に分からなかった。
「ではまず銃の準備をしましょう。銃弾をマガジンに込めます。グリップの左、トリガー付近にマガジン取り出しのボタンがあるのでそれを押してください。そうするとマガジンが取り出せます。」と店員は自慢の愛銃のマガジンを外す。既にずらっと銃弾は込められていた。それを一個一個近場の皿に入れていく。一同もマガジンを取り出す。
「マガジンへの銃弾の込め方ですが、マガジンには2種類あるのでそれぞれ説明しましょう。恐らく皆さんが選んだ銃はこのタイプだと思うのですが、銃弾が左右交互に込められるタイプでダブルカラムといいます。まず一発目を込めて、次に2発目を反対側に込めます。そして3発目をまた反対に込めます。で、注意なのですが、もし直ぐに撃つのではなく携帯だけをするならこの時一度銃のスライドを引いて弾薬を銃へ込めておいてください。これをプリロードと言います。カタログなんかで+1と書かれているのはこれのことですね。スライドが戻ったらスライド左側手前にあるセーフティロックを掛けて下さい。そして再びマガジンを取り出し、いっぱいまで込めます。おわったら銃にマガジンを装填してください。もうひとつのマガジンはシングルカラムというのですが、これは銃弾を一直線に込めるだけなので、基本的にはほぼ同じです。これで準備は完了です。皆さんもやってみてください。」それぞれが自分の銃のマガジンに銃弾を込める。中には込めるのを失敗して銃弾がビヨ~ンと飛び出してしまう人もいた。一番酷かったのは機長で、ある程度銃弾を込めてはバラッと全部ぶちまけるのを2~3度していた。最初は皆も店員も微笑ましく見ていたが、流石に三度目になると視線が呆れながら冷たくなってきた。4度目でやっと込められ、銃にマガジンを装填できた。と同時に店員がロック、ロック!と注意をする。そして続きを説明する。
「次は銃の撃ち方です。まずターゲットを準備しましょう。数種類ありますがまずはスタンダードな丸形で。」と言い、また何処からかターゲットの紙を取り出す。本当に何処に持っているんだ?とみんなが疑問に思うが誰も聞こうとしない。店員はレーンに立ち、横壁のスイッチを押す。すると奥の方にあったレールの取り付け部分が近づいてくる。
「これにターゲットを取り付けてください。そして、んー皆さん最初だから20m位にしましょうか。私は実演なので50mまで壁のこのスイッチで遠ざけます。そして狙いを定めて…あ、皆さんイヤーカバーとゴーグルはしていますね?ではロックを外して…トリガーを引いて発射!」と言った瞬間に、店員は素早いスピードでトリガーを引く。8秒で計16発だろうか?終わると銃はスライドが後ろに後退し、銃口から煙が上がっていた。特有の匂いがする。
「スライド式の自動拳銃様はスライドが下がったままになると銃弾が無くなった合図です。」といい、壁のスイッチでターゲットを手前に寄せる。ターゲットの中心の黒丸の更に中心に弾丸より少し大きめの穴(ANAではない)が開いていた。
「ま、こんなものかな?20mでもここまでいけば上出来です。」と呟いたと同時に店主が試射場に入ってきた。そして店員のターゲットを取り、
「及第点ギリギリだな。」と店員に評価した。
「ガンショップの店員ならこの位はやってもらわないとな。兵役で訓練したんだろう?」と言いながら別のターゲットを50m離し、店員よりも速い速度で16発を撃つ。ターゲットを手前に持ってくると、黒丸ど真ん中に一つだけ穴が開いていた。それを見て店員はブー垂れる。
「仕方ないでしょ!父さん、元オリンピック優勝の常連だったし、アタシと撃ち合っても床抜いたりして転ばされたりしたんだから!」皆は??となる。運行管理係が気になって、
「あの一個しか穴が開いていないんですけど?他の15発は?」というと店員はむくれて
「この穴に全弾通ったんです!ムカツク!!」と悔しがった。全員それを見て驚いた。更に運行管理員は今の会話で気付く。
「撃ち合ったって…」
「あ、えっと…親子喧嘩みたいなモノで…アハハ~」その一言で皆ドン引きになる。喧嘩で撃ち合うって…
「まぁ、それで私はオマエに助けられたんだがね…」と店員に感謝の言葉を掛けた。その時何処か遠い目をしていた。
「では皆さんも早速やってみましょう!」と店員が促すと皆がレーンに着く。
店員も店主もウロウロと後ろで見回る。店主は上に客が居ない様で暇らしい。とは言え誰か店内にいるだろうが…
「中々当たらないですね?」と書類作成のお姉さんは呟く。ターゲットの丸には当たっているものの、中心付近は2~3発だった。
「そうかしら?初めてでそれだけ当たればいいと思うけど?」と女社長は褒める。そういう彼女もターゲットには全部命中し、黒丸内にも5発は当たっている。店主は二人に近づき説明をする。
「まずは姿勢ですね。腰が重要です。足を肩幅くらいに開き、利き手の反対側の足を少し下げます。利き手に握った銃は前に突き出し、反対側の手は手前に引いて銃をしっかり固定します。これで安定すると思いますよ?」説明を受けて二人とも3発程度撃つ。
「あ、さっきより安定して撃てますね。」
「ぐらつかないし、撃った後もしっかり体勢を整えられてるわね。」それを聞いて店員は嬉しくなり、更に照準の付け方を説明する。
「照準を付けるにはまずスライド前方にあるこの突起の前マーカーと手前にある後ろマーカーを合わせて銃を真っ直ぐにします」そう言われて二人は自分の銃を見る。確かに前には凸、後ろに凹がある。
「こうやって目線をこのマーカーの高さにして、凹の凹んだ部分から凸が見えるように、高さも同じに合わせます。マーカーが合わさり真っ直ぐになったら、そこにターゲットを合わせます。そして撃つと…」女性店員は模範で一発当てる。
「わぁ!」
「おお~」と二人の声が重なる。
「ではやってみましょう!」と店員は促す。
「さっきより良く当たる!」と喜ぶ書類作成のお姉さん。
「面白いように当たるわね!」こちらも喜ぶ女社長。
「更に言うと銃の底にある穴にひもを通して肩で固定したり、ストックを使うとよりいいんですけどね。」と店員は補足する。その瞬間、隣のブースからパン!パン!パパン!パンパン!パパパン!と凄い連続発射音が聞こえた。撃ったのはアラディアだった。吃驚して店員さんが慌てて近づく。
「ちょ、一寸お嬢さん!そんなに一気に撃ったら…」と注意したら、キョトンとした顔で店員さんに振り向いた。アラディアがターゲットを手前に戻すと…
「え!?な、何これ?!!!」全弾が黒丸中央に穴が開いていた。今初めて撃った9連射がこれだった。流石の店員も驚く。店主も近づき
「ほぅ、これは凄いな。」と軽く驚く。女社長も書類作成のお姉さんも目を丸くしていた。
「これ、凄いで済む話なの!?」店員が驚いている間に、アラディアも何処からか新しいターゲットを取り出し付け替える。銃弾も新しく装填し再びターゲットを20mに合わせる。女性陣3人と店主が後ろに下がり、アラディアが再び構える。一瞬目を瞑り、一呼吸する。再び目を開いた時、またパパパパパン!パン!パン!パパン!パン!パンパパン!パパパン!と一気に撃つ。凄まじい煙と匂いが辺りに立ち込める。その射撃中、彼女の瞳が緋みを帯びた紫水晶(アメジスト)の様な色になっていた事は誰も気づかない。再び目を瞑った後キョトンとした顔で振り向く。店員が慌てて壁のスイッチでターゲットを引き寄せる。顔に手を当てて信じられないという顔で驚く。
「嘘…でしょ…これ。ピンホール(全ての弾丸が同じ穴を通る)だわ…」女性二人も驚くというより、背筋が凍るような顔でターゲットを見つめた。そして当のアラディアがハッとして、ターゲットを見つめる。
「うふふ!やりました!!」と大はしゃぎだった。店員がその声で気付く。
「貴方、一体何者なの!?」と愕然とする。
「え?うふふ、私は魔女!ですよ~うふふ!」と答える。知っている一同は呆れ、店員は混乱する。店主はその実力を認め、
「お嬢さん、次はこのターゲットで50mやってみてくれないか?」と人型のターゲットを付ける。
「この場所を狙ってみてくれるかな?」店主が示した場所は右肩、胸部下、首の左すれすれの三か所だった。アラディアはハイ!といい、一度目を瞑り、一呼吸した後、50m先のターゲットへ一気に撃ち放つ。撃ち終わった後、店主がターゲットを引き寄せ、それを見る。
「一応狙った場所に当たっているわね?」と女社長。
「16発全部ターゲットに当たっているだけでも凄いですよ!」と書類作成のお姉さん。
「確かに凄い、なんてものじゃないわね。ほぼ当たっているし。ただ4発だけ狙いの場所じゃないけど…」
2発は左下、2発は右下の端に弾痕を残していた。
その間、アラディアは俯き、弾道が…手のブレ…タイミ…と小声でぶつぶつ何かを呟いている。
「いや店員、このズレた4発の位置をよく考えて見てみろ。」店主のその一言で店員はハッとする。2発はもし本当の人間だったら銃を構えた状態の右手に2発、左膝に2発当たった事になる。流石の店員もぞっとする。アラディアは再び銃弾を装填し、ターゲットをつけて50m先へ送る。さっきと同じように目を瞑り、一呼吸をして、目を開いた瞬間さっきよりも早い連射で16発を撃つ。そして壁横のスイッチで引き寄せると、今度は首の左すれすれに1発掠り、胸部下に1発、そして右肩、右手と思われるところと左膝と思われる所に少しだけ大きいピンホールが開いていた。流石の店主も驚きを隠せなかった。
「これは大したものだ!もしかしたら私でも敵わないかもしれないな!はっはっは!店員、このお嬢さんの爪の垢を煎じて飲んだほうがいいんじゃないか?」と笑いながら男性陣の方へ向かっていった。女社長と書類作成のお姉さんは刺激されて、もっと当ててみせるゾ♡とブースに向かう。流石のアラディアも疲れたらしくブースから離れた。その時も彼女の瞳の色が緋に近い紫水晶の色をしていることに誰も気づかなかった。店員も刺激されて
「あたしも負けてられないわね!」と空いたアラディアのブースに入って射撃を始める。一方男性陣は…
「な~かなか上手く当たらな~いで~すね~」とクレイ・ジーニアス。
「一応全弾命中か。まずまずかな。」と運行管理係。
「なかなか当たらんのぅ」とじーさん。
他の連中もそこそこの結果を出している。その中で…パーン!
「うわっ!」次はパーンと撃った後グラッと体勢を崩し、ゼーゼーと息を切らしている機長がいた。
「おいおい機長、だいじょうぶか。」と運行管理係。
「これは、ひっど~いで~すね~」とクレイ・ジーニアス。
「機長、ワシより酷いとはどういうことか。」とじーさん。
他の連中も自分より機長の方が気になり始めていた。機長は何発も撃っているが、ターゲットに当たったのは3発だけ。しかも出鱈目に当たっていて集弾性が悪い。そこで店主が早速アドバイスをする。
「機長くん、まず銃の構え方が良くないね。」とさっき店員が説明した事と同じ事を教える。足を肩幅に開き、左足を少し引く。そして3発ほど撃つと…
「ほら、ターゲットに当たるじゃないか。」と店主は褒める。そして続いて同じように照準も教える。
「…本当はストラップを使って肩に引っ掛けて使ったり、ストックを使えば命中率が上がるんだが。」そう言われながらも機長は教え通りに銃を構えて撃つ。10発くらい続けて撃って、8発ほど当たっていた。
「そうそう、もっと練習すれば命中率も上がるよ。」
「はい、ありがとうございます!」と機長は礼を言った。
結局女性陣はシューティング大会になってしまい、店員とアラディアが優勝争いをしていた。男性陣は相変わらず機長の命中率は皆の中で最低で、意外にもクレイ・ジーニアスは割とターゲットに当てていた。試射も終わり、それぞれが自分の銃を持って帰る。女社長は現金一括払いをし、店員は大収入でホクホクのニッコニコ状態だった。しれっとお得意様になってくださいねーと勧誘する始末。心の中で店員が値切れば勉強したのにねと、舌を出して笑っていた。そしてアラディアを見てギュッと握手をする。
「貴方、次こそ決着をつけましょう!」と店員は燃えていた。
「うふふ、またドッカンドッカン撃ちましょうー!うふふ!」と満面の笑みだった。いつの間にか女の熱い友情とライバル心が結ばれていた。帰りの車の中でアラディアは
「うふふ、機長さんとお揃いです!うふふ!」と喜んでいた。女社長は、あー熱い熱いと呆れていた。
その日は雪が降った翌日だった。ジュネーヴコアントラン国際空港は当然雪かきされて、芝生の上に雪が残っている。Peace Bird Air Companyの駐機場も社員一同総勢で雪かきされて雪は端っこに追いやられていた。事務所も格納庫もいつも通りの営業。今の所飛行計画は無く、事務所の連中は緊急に備えての天気やTACAN(戦術航法装置 飛行区域について影響)の情報調査、世界情勢、社内の書類処理などを行っていおり、格納庫ではPeac Bird 8号機と13号機が整備されていた。緊急で飛行できるのは6号機と11号機である。前日おっちゃんがコムソモリスク・ナ・アムーレでの研修を終えて帰ってきている。そのついでなのだろうか?お土産がついてきた。格納庫にいた機長がおっちゃんに訊く。
「なんですか?これ。」それはとても長く太い長方形の物体だった。ステーション6,7を使うくらい長く、直径は1mを超えているかもしれない。先端にはプロペラ、後ろには吸気口と左右にダクトファン、前方左横にハッチと取っ手が付いている。
「ん?ああ、機長。お疲れ。コイツは与圧コンテナだとさ。ヴィーンペル科学製造連合がウチ用に作ってみたので試してみて欲しいとさ。」と説明をする。
「与圧コンテナ?何に使うんです?」と機長は疑問に思う。それに対しおっちゃんが答える。
「例えば動物とか乗客が持って行きたい物品とかだ。上空だから凍ったり空気圧が低かったら壊れるものもあるだろうしな。まぁあれば便利かもしれないだろ。」
「ふーん、重量と空気抵抗が気になりますね。」
「重量は500kg程度だとよ。これは強度としてはM1.2は耐えるとさ。」機長はふーんといい、おっちゃんが続けて説明する。
「この先端のプロペラは発電機でこの装置の電力を発生させる。勿論機体から電源供給も可能だ。与圧室は人が寝転がって入るには余裕がある。小柄なヤツなら座っても大丈夫だろうよ。与圧は民間旅客機と同じ0.8気圧を保ち、コンテナの外殻もそれ用に作ってある。中にはクッションも敷いてある。まぁ最もここは人間の入る場所じゃねーがな。」そう言うと左横のハッチを開ける。機長が中を覗くと確かに低反発性だろうか?クッションが敷いてあり、横などにフック用のカナビラが付いている。ハッチの内側にも取っ手が付いていた。
「吸気口は酸素発生器に繫がっている。Su-35SUBMKと同じヤツだ。その後ろが発電機。後は非常用パラシュートとフロートまで付いているらしい。よくやるよ、ったく。」
「なんかミサイルを無理やり与圧コンテナにしてみたって感じですね。」
「みた感じ、じゃなくてどうやら元々は空中発射弾道ミサイルだったらしい。その計画がポシャったので改造してウチに回したって事だろうな。」
「いい迷惑ですね」機長は肩を透かして呆れる。
「全くだ。」おっちゃんも同意する。
「で?研修の方は?」
「ん?まぁまぁそこそこかな。設計図と実物を見比べて、連中の設計の考え方を理解してきたよ。あ、そうだ。最新のステルス戦闘機Su-57のシミュレーターで遊んできたぜ?」と嬉しそうに話す。
「へぇ、で?どんな感じなんです?」機長も興味があったので聞いてみた。
「おお、すげーぞ!ウチのもすげぇが、あれは半端じゃねーな。垂直上昇も速いし、旋回率もウチのより高いな。内側に回り込めるし。反応もいい。電子機器もレーダー類はウチと同じだから探知能力は同じだが、謳い文句通り発見され難い。正面からみたら薄っぺらいからIRSTや肉眼でも見えにくいだろうな。」と興奮気味に話す。機長は、ん?と違和感を感じた。しかし気のせいだろうと流した。
「ちょっと試したかったかもしれない。」と答えた。その時、事務所からアラディアがやってきた。
「あのぅ、機長さん。一寸お話が…」と言いづらそうに話す。横におっちゃんがいるのに気づいて
「うふふ、おっちゃんさん、おかえりなさい。後で紅茶を淹れてあげますね?うふふ」
「おう!相変わらず満面うふふだな、アラディア嬢ちゃん。ただいま。」
「おっちゃんさん、機長さんを借りていきますね?うふふ?」
「おう、持ってけ持ってけ。紅茶楽しみにしてるからな?」と言われ機長はアラディアに引っ張られていく。休憩室に連れていかれて、とても真剣な顔で機長に向く。機長は販売機からココアを買い、啜りながら話を聞く。
「機長さん、今すぐ私をコンゴ民主共和国の黒い水の湖まで連れて行ってください!」
「ブヲ”ッ」突然の発言に機長はむせる。鼻からココアが垂れた。それをぬぐいながら
「い、いきなり何を言ってるんですか!?」と叫ぶ。
「ですから、私をコンゴ民主共和国の黒い水の湖、マイ=ンドンベ湖まで連れて行ってください!」と再び叫びながら懇願をする。
「コンゴ民主共和国のマイ??ンドンベ??湖?なんでまたそんなトコに?」と機長は質問をする。
「これから大変な事が起こるんです!」大声は休憩所だけでなく事務所や格納庫まで届いている。
「と、兎に角落ち着いてください。」機長はアラディアを宥めた。機長は詳しい話をして欲しいとお願いをする。
「詳細は私にも分かりません…ですが、マイ=ンドンベ湖にいるシャーマンに会わなければならないんです!」何が何だか良く判らない。
「シャーマン??魔術の関係とかですか?」
「そうです!多分そろそろ国際魔術機構(world magic organization)から正式な依頼が来ると思いますが、一刻も早く動かなければいけないんです!」その回答でも機長には??だった。国際魔術機構?一刻も早く?冗談半分に
「WMO?世界滅亡の危機とかですか?」と訊くと
「それで済めばまだマシです!」と返される。機長は困ったなぁと思うと、事務所から書類作成のお姉さんが飛び込んでくる。
「今の叫び声は何ですか!?」休憩室にはアラディアと機長しかいない。
「機長さん、まさか!アラディアさんを襲おうとしたんですか?!」と叫ぶ。
「うわちょっと!違いますよ!アラディアさんが何か頼みがって…」と答えようとすると、何処からかこの間買った拳銃を引き抜き機長に照準を合わせる。
「問答無用!」と一発放つ。銃弾は機長の横の自動販売機に命中する。命中した場所は真っ赤に染まった。
非殺傷のペイント弾だった。
「あ、当たったら危ないでしょ!」と機長は叫ぶ。
「当たらなくても危ないです!」と書類作成のお姉さんは訳の分からないことを叫ぶ。そして休憩室の反対側のドアがバーン!と音を立て開く。
「アラでぃアさマをモテaそNダのワ、まタsてモおマEか?!」ホウコウだった。アラディアさん、叫ぶと悪鬼が来るのでやめてくださいと機長は心から願った。
「皆待って!落ち着いて!はなせ…」と言いかけた瞬間、機長の股間に鋭い蹴りが入る。
「くわせふじこ…」激痛で機長は口から泡を吹きながら倒れた。
「おマewあそnoテイどデわsNあnい」いつもの常套句を言いながら止めを刺そうとする。
「皆さん待ってください!」アラディアが叫ぶ。
「違うんです!機長さん、いえ皆さんに緊急のお願いがあって!」やっと誤解が解けたのだがその為に一人犠牲が出てしまった。
一同が事務所に集まり、アラディアの話を聞いている。言うにはコンゴ民主共和国のマイ=ンドンベ湖付近に住むシャーマンに話を聞かなければならない。それは世界にとって非常に危険なもので、それを何とかできるWMOから依頼が来るだろう、そしてその依頼は恐らく自分に回ってくる予感がする、というものだった。
「う~ん、そう言われてもね。」と書類作成のお姉さんは困ってしまう。内容が予感であり、依頼者がアラディアはともかくWMOなる未知の組織、女社長は今ここに居ない、と判断材料が全く無いのだ。そして機長は後ろの長椅子で悶絶していた。
「とりあえず姐さんに相談したほうがいいんじゃない?」とホウコウが言い出す。当然アラディアの味方だ。
「でも女社長さん、今日はロンドンデリーの本社で役員会でしょ?」と書類作成のお姉さん。
「呼び寄せる訳にはいかないよなぁ。」と運行管理係。
「あっちに出向けばいいんじゃない?11号機は使えるよ?」とホウコウ。
その時、コピー機、正確にはコピー機のFaxから受信の音がピーと鳴る。それを書類作成のお姉さんが取り、内容を確認する。そして小さくあっ、と言う。皆がどうしたどうしたと聞いてくる。一部の人間はそれを横から読もうとする。
To Peace Bird Air Company, From World magic organization と文頭にあった。内容は
「我が組織に所属する組合員、魔法危機対応部門の魔女の女神、アラディア様をコンゴ民主共和国で起こるであろう魔術的危機対応の為、至急お送りして頂きたい。契約内容は…うんたら、うぷぺぺお…(^_^)/~くわせふじこ…」そして文を読み終わった書類作成のお姉さんが契約金を見て驚く。
「米$200000…」事務所内がその一言で静まり返る。事務員の一人が大慌てで会社の銀行口座を確認する。確かに$200000が振り込まれていた。送り主は間違いなくWorld magic organizationだった。
「これは困ったわね。」と書類作成のお姉さんが文字通り困り果てる。
「ですから、大至急なんです!!」とアラディアは再び声を荒げる。
「ここで判断するのはやっぱり無理だろ?女社長に判断を仰ぐしかない。」とおっちゃんも結論する。
「機長、ロンドンデリーまで飛んでくれるか?」と運行管理係が機長にお願いをする。長椅子で悶絶しながら首を二回振る。おっちゃんの指示で整備組は11号機の準備を始める。運行管理係は航路を作成し、天候などの情報収集を大至急始める。事務所の連中も大慌てで必要な業務を始め、アラディアは大急ぎでフライトスーツを着込む。機長だけ暫く悶絶していたが、なんとか立てるようになると同じようにフライトスーツを着込み、フライト準備をする。暫くすると、11号機、Yak-130が駐機場へ引っ張り出される。機長とおっちゃんは始動前外観チェックを始める。アラディアもそれについてきた。全てのチェックが完了し、機長は外観チェックリストにサインをし、おっちゃんに渡す。そして大急ぎで機長とアラディアはコックピットに着いた。11号機の始動を開始する。機長はAPUスタートのサインを出し。APUを始動させる。後ろからタービン音がしだし、2~3度ほど高音を発した後、その回転音で安定する。と同時に機体の主電源がONされる。機内コンピューターが内部システムの自動チェックを行う。機長はそれと同時に始動チェックリストで各部をチェックしていく。無線、航法、外部センサー、操縦系統…。その時、運行管理係が航法チェックリストを持ってきた。
「機長、これが今回の飛行計画だ。」と手渡す。ありがとうと言いながら受け取ると、メインエンジン1を掛けるから離れる様伝える。運行管理係係が離れると、エンジン1の始動準備をする。MFDの一つをエンジン関連計器に設定する。そしてAPUから始動用圧縮空気を掃気する。エンジン1のタービンが廻り出す。始動可能回転数に達すると機長はエンジン1の始動スイッチを入れる。2~3度入れるとキーンと甲高いエンジン音が安定して響く。今度はエンジン2の始動。エンジン1の掃気をエンジン2へ送る。同様にタービン回転の甲高い音がエンジン2から響きだす。やはり2~3度回転数変化がすると、安定した甲高いエンジン音が響き渡る。二つの排気口からの熱の籠った陽炎で景色が揺らいで見える。エンジン2基の始動をおっちゃんから伝えられると、今度は各動翼の動作チェックを行う。前後フラップ、エルロン、ラダー、エレベーター、周囲の整備員が動作OKのサインを出す。翼端灯、脚灯、識別灯を点灯し、離陸準備が完了する。便名はPBA1108便
「LSGG(ジュネーヴ・コアントラン国際空港)管制、こちらPBA1108便、駐機場から誘導路へ進入許可を要請します。」と機長はジュネーヴ・コアントラン国際空港の管制塔へつたえる。
「PBA1108便、こちらLSGG。SWR4224便(Swiss International Air Lines4224便)の後に続いて進入してください。滑走路方位は05。」
「LSGG、こちらPBA1108便、確認しました。SWR4224便通過後、進入します。」目の前のエアバスA320-200がSWR4224だった。通過確認後、おっちゃんが進入OKのサインを出す。PBA1108便は左へ曲がり誘導路へ進入した。少し進み左手を見ると立派(200BEA相当)な空港ビルが見える。駐機場にはEasy Jet・Swissや他のSwiss International Air Linesの旅客機が駐機している。大きくて白いそれらの飛行機に比べたらこちらはよたよた進むちっこいアヒルの子みたいなものだ。誘導路端まで来て、Holding Positoin 05で待機。
「PBA1108便、こちらLSGG。滑走路進入を許可。離陸準備をして下さい。」
「LSGG、こちらPBA1108便。滑走路へ進入。離陸準備をします。」11号機はゆっくりと滑走路へ進入し、発進位置で停止する。機長はトゥブレーキを最大に踏み、推力を20%へ上げる。
「PBA1108便、こちらLSGG。滑走路クリアー。離陸を許可します。」
「LSGG、こちらPBA1108便。離陸開始します。」機長はスロットルを最大にする。機首が2~3度上下に振れた後、Peace Bird 11号機は一気に加速し離陸した。
「それで?」Peace Bird Air Compay本社社長室でアラディアは女社長と話をしていた。女社長はデスクにつきながら手を組んでアラディアの話を聞いている。時間はもう日が傾き、空はオレンジ掛かっている。
「えっと、ですから世界の危機なんです!」ダンっと大きな音を立ててデスクを叩く。
「ふぅ。」女社長は一つため息をつく。横でじーさんが
「ため息を一つ付くと…」
「ええ、分かっています。」と女社長は返す。かなり深い疑いの目で女社長はアラディアの事を見つめていた。
「確かに書類作成のお姉さんから報告の通り、WMOとやらから依頼は来ている。しかし、内容がイマイチ曖昧ではっきりしない。アラディア、アンタの予感の凄さは私もみんなも理解している。しかし、具体的に何がどう危機なのか、シャーマンとやらに何故会って何をするのか、そもそもWMOと言う組織の信用も今の所疑わしい。まずはそのWMOについて説明をして欲しいし、その信用を誰か保証できるのかその辺りを知りたい。」かなり悩まし気に女社長は問う。
「ですから、WMOは国際魔術機構で世界各地に組合員がいます!大体は普通に自然崇拝魔術信望者で、一種の互助組織だと思ってください。これは宗教宗派などに拘わらず魔術を扱う者が垣根を取り去り魔法的もしくは異世界的な呪術、事象に対して共同で手を組み協力する組織です。国連の魔術版と思えば分かると思います!」アラディアは一生懸命大声で説明をする。しかし国連とは違い、WMOと言う組織は少なくても女社長にとって聞いた事も無かった。
「その組織の信用に太鼓判を押す人物、組織は?」女社長が訊くと、アラディアは声が詰まってしまう。
「うっ…」
「ではシャーマンがいる、それは土着信仰として理解できる、しかし何故おまえが会わなければならない?何をするのだ?その人物が危機とやらを教えてくれるのか?」
「きっとそうです!そのシャーマンからWMOへ依頼が来たのだと思います。そしてその対応に私が適していると判断され、要請が来たのだと思います。」
「アラディア、その人物から具体的な話は聞いていないのか?そしておまえの術で何をするのだ?何が出来るのだ?その危機とやらにおまえの術は効果的なのか?問題なのはおまえさん特有の予感であり、[きっと][思います]と確証が無い事なんだ。」
「確証を説明することは出来ないのですが、本当に危機なんです…」どんどん声がトーンダウンしていく。
「アラディア、まず一つ勘違いをしないで欲しいし、間違っているのなら予め謝罪をしておくが…この会社の便を正しく理解しているか?ウチの業務で必要ならフライトをしてもいいとは言ったが、私用を許している訳ではない。勿論ついでは構わないが。」と女社長は鋭く突く。彼女の言い分は分かるのだ。恐らく言っていることは正しいと。この娘は正直な裏の無い人間だ。信用もできる。しかしこの会社の業務の重さをどう考えているのか…
「もちろん分かっています!私用なんかじゃないんです!本当に大事な事なんです!」そろそろアラディアの目に涙が貯まり始める。
「この間の805便の事を思い出してほしい。あの時機長が間違った判断をすれば、ワルタガード氏は死亡し、コンゴ民主共和国の再生発展は数十年単位で遅れていただろう。何も意地悪で言っている訳ではない。そこに行くという事はおまえ自身が危険に身を晒す。しかも明確ではない理由で、だ。私はそんな事で、と言っていいのか分からない重大さなのかもしれないが、大事な友人であり準社員であるあなたを失いたくはない。」その言葉でアラディアの涙がぽたぽたと落ち始める。彼女も解っているのだ。女社長は自分の事をとても心配しているのだと。
「しかもだ。さっき事務所連中に調べておいてもらったが、そのマイ=ンドンベ湖という場所はもう少し北上するとエボラ出血熱が流行した地域に近いと聞いている。現地での部族衝突も激しい。正直私が知っている危機がてんこ盛りの場所だ。そんな場所へおいそれと社員を送るというのは、私の責任において簡単には看過できない。もう少し危機やその組織についての信用性が無いとハイそうです、は言えない。アラディア、どうか理解して欲しい。」分かっている…解っている…女社長が自分を心配してくれていることを、本当は信じてくれていることも…だが、彼女にそれを証明する手段が無い。そしてその危機は恐らく反対の意味でアラディアから大事な人たちを奪ってしまう、だから何とかしたかった。でも出てくるのは嗚咽だけだった。どうすればいいの?どうすればいいの!?どうすれば…
それを見た女社長は鼻から一つちいさい溜息をだし、逆のアプローチで助け舟を出すことにした。事情が分かるヤツがそこにいる。
「機長、コンゴ民主共和国に行ったときの印象を教えろ」
「え?オレがですか?」突然話を振られて、機長は驚いた。
「そうだ。この中で現地に行った事がある人間はオマエしかいない。」
「印象と言われても…機上からと空港しか見ていいないですし…」機長も困ってしまう。
「では、まずは…そうだな。今コンゴ民主共和国に飛んだとして、危険はあるか?あいつらは出てくるか?」
「それは無いと思う。裏事情に詳しいと思うじーさんですら知らないWMOを、あいつらが知っているとは思えない。そしてこちらは民間旅客機なのでコンゴ民主共和国空軍が緊急発進で従属されるとも思えない。」とそこは機長の経験で答える。
「ではキンシャサ国際空港の雰囲気は?」
「充分な安全体制とは思えないが、正しく機能はしていると思う。」
「そうか…」女社長は考え込む。
「じーさん、ばーさん。本件ついて意見を聞きたい。特に現場の状況を想定して。」
「そうだの、危険な事には変わらんだろうな。民族いや部族間闘争といっていいんだろうか。もし部族として考えるなら、現地宗教、つまりキリストやイスラムを除いた土着信仰の影響は強いと思う。現地の病理に関してはWHO(世界保健機構)に訊くのが早かろう。」がじーさんの答え。
「一つ懸念するとすれば、アラディアは兎も角、そのWMOとやらが連中と関わりがあった場合が怖いの。」とばーさんが付け加える。
「そんな!WMOは!」とアラディアは声を荒げると、ばーさんがそれを静止させる。
「まぁ、落ち着いて聞いておくれ。集団、組織と言うものは、時に個人を顧みない事もあるんだよ。集団の維持、利益不利益、有用不要などね。逆に個人もまた盲目的に集団を守ろうとすることもある。それは組織に於いて自然な話。その為の組織だからの。しかし、逆に個人、それが達成できる能力をもつ人材に集団が委ねる場合もある。ウチなどは機長や事務所、整備の連中がいい例で、それぞれが何かしらのライセンスや能力を持っている。アラディア、貴方は今回その集団からその能力に運命を委ねた。それが客観的にあいつらにとって都合がよく、邪魔されているウチにとって不都合であれば、という話だよ。そこを考えておくれ。」とばーさんはアラディアに丁寧に説明をする。
「だが、私はアラディアだけを考えた場合、この娘を信じる。とだけ言っておくかの。」と付け加えた。
「では出納長、お金の動きについて意見を聞きたい。」
「んー、WMOからの入金は所謂便利な国の金融機関からじゃな。つまり後ろめたい事があっても不思議ではない。」
「…」アラディアはもう反論できない。
「しかし、これだけ大きい金が動いたにも拘わらず、金融世界で大きな変化が無い。という事は見逃すことが出来る力を持つ規模の組織と言える。しかしそれ以上は分からん。ただウチに往復で飛ばしても莫大なお釣りがくる金が飛び込んできたという事じゃ。それはアラディアを派遣する為の費用、信頼の大きさじゃろう。もし何かの陰謀でも娘一人運ぶだけにこんな大金を払ったとしたら道楽としても酔狂過ぎるのう。」と出納長も答える。最後に女社長がアラディアに質問をする。
「最後に答えて欲しい。私は私の責任に於いて、この世界の何かしらの貢献の為、だけではないが、社員を集め、彼らの命を保証しつつこの危険な旅客会社を運営している。アラディア、お前はその危機に対する責任を自分に持てるのか?」
「はい!私でなければ出来ないし、私も女社長さんと同じように、本件に対し自分の命に替えてでも成してみせます!それは私の意志であり、責務です!」と強く宣言をした。
「少し気に入らないな。自分の命に替えるなどと気安く言うものではない。生きていてこそ意味があるだろう?」と何か思い拭けるような言い聞かせるような感じで女社長は答えた。
「では必ず達成していつもの日常に帰ってきてみせます!」
「どうやら貴方の覚悟の深さを私は見誤っていたらしい。信用できるのはアラディアと言う人間だけというのは心許ないが、この依頼を受けよう。但し。」
「?」彼女は喜んだが、その一言で立ち止まる。
「乗客となるには都合が悪い。離職するんだ。」と冷徹な一言を伝える。
「…はい。」素直に、少し悲しく彼女は答える。
「但し帰ってきたら今まで通りの条件で正式に雇用させてもらう。いいな?」
「ハイ!!」と嬉しそうに彼女は答えた。
「では直ちに準備にかかれ!アラディア、オマエは必要な物の準備をしろ。機長も手伝ってやれ。終わったら私もジュネーヴ支部に戻る。それと予防接種は向こうのWHOでやってもらおう。」
「わかりました。」その時、電話が鳴る。じーさんが受け取ると、ジュネーヴ支部から女社長宛てだった。
「ああ、私だ。うん、うん、え?!…わかった。当社は本件を受理する。大至急、機材等の準備を始めろと一同に伝えて欲しい。私もすぐ戻る。ではまた後で。」と電話を切る。
「アラディア、喜べ。信用できる筋が今更書簡を送って来たそうだ。それも山ほどな。代表格はローマ教皇、ダライ=ラマ師を肇とするチベット仏教、仏教の高僧、イスラムのカリフだかウラマーだとか、果てには国連事務総長に各国首脳や王国制の陛下などなどだ。ま、これでウチが動く根拠を渡されたわけだ。それだけオマエの任務の重要って事だな。頼んだぞ。」
「はい!!」そしてそれぞれが準備を開始した。機長は彼女の家へ車で送り必需品の準備を手伝う。
女社長はポータブルデバイスで各社員へ必要な行動を起こさせる。それをしつつも彼女自身が行う手続きも怠らない。
ロンドンデリー支部のPeace Bird 5号機も準備され、ビジネスジェット機長も5号機の離陸準備は完了させていた。アラディアと機長が戻ってくると飛行準備を始める。
「アラディア、アンタはこっち。」と女社長に仔猫の如く首根っこを掴まれビジネスジェットに放り込まれる。
「今のうちに少しでも休憩をしておきなさい。」とシートに休ませた。
その間に機長はPeace Bird 11号機を始動させ、発進準備を行う。10分後にはロンドンデリー空港を飛び立っていた。
夜、ジュネーブ支部はおもちゃ箱をひっくり返したかの如く大慌てだった。飛行機材は6号機、いつもの装備に件の与圧コンテナが吊るされていた。
「もうじき姐さん達が帰ってくるぞ!5号機の駐機場所を確保しつつ、11号機を格納庫に入れられるように6号機を出しておけ!」とおっちゃんは大声で叫ぶ。事務所の方でも運行管理係が飛行ルートとルート上の天候情報、軍事演習などによる空域封鎖などを調査しながら飛行計画を立てている。その情報収集は書類作成のお姉さんも加わっていた。現地マイ=ンドンベ湖周辺の離着陸する空港や燃料補給の情報なども調べている。更に必要な設備なども。しかし…
「なにこれ!?」と彼女の叫び声が事務所に響く。皆がなんだなんだ?と集まってくる。グー何とかアースの衛星映像がPCで映し出されていた。
「これって空港?滑走路??ただの真っ直ぐな荒れ地よね?」そこに映っていたのはイノンゴという集落の滑走路だった。ICAO code:FZBAで登録されている。画像から見るに確かに真っ直ぐな荒れ地で、片方の終端は集落、反対側は草地?木々だった。
「あ、こっちの滑走路も中々すごい」と運行管理係のPCには真っ直ぐに刈られた草地の一直線の映像があった。これは本当に滑走路なのだろうか?こっちはイペケと呼ばれるイノンゴのほぼ対岸にある滑走路でICAOコード:FZBUと登録されていた。皆もこれをみてどよどよと言葉を交わす。丁度その時到着した女社長、アラディア、機長が事務所に入ってくる。
「ん、どうした?」と女社長が皆の見ているPCの画面を見ている。
「ああ、なんだ。滑走路か。」とあっさり返した。その一言でどよめきが更に酷くなる。
「え?なんかあっさりじゃないですか?女社長さん。これ相当難しいんじゃ…」と書類作成のお姉さんは困惑した。
「あー、これは久しぶりのBランクかな?離着陸は方位08からじゃないと失敗したら集落にツッコみますね。」と機長も呑気に答える。そしてフライトに向けて準備をしだす。
「ちょ、一寸待って下さい!?こんなの滑走路じゃありません!ただの荒れ地です!」と書類作成のお姉さんは叫んだ。
「でも滑走路長がギリギリ1200mですよね?だったらなんとかしますよ。」その一言で事務所中が静まり返る。
「えっと機長さん。私、機長さんのお仕事ってカッコイイ飛行機をビュンビュン飛ばして相手をバンバンやっつけるってイメージだったんですが、考えを改めました。」がっかりと書類作成のお姉さんは呟く。
「あたりまえだ、コレの価値こういうところにある。この程度はやってもらわないと困る。」と女社長は一言言った。皆にとってやはり機長の業務は想像以上だと改めて思い知らされる。どう見てもただの荒れ地にあんな高速のジェット戦闘機を着陸、その後離陸させるなんて出来るとはとても思えなかった。
丁度アラディアがそのグー何とかマップの衛星映像を見て、
「あ!多分ここです!」とイノンゴの集落を指した。
「あー、ヤッパリソウナノネー」と書類作成のお姉さんは呆れて答えた。
「ほらそこ。呆れてないで必要な準備をさっさと終わらせな!」と女社長は喝を飛ばす。運行管理係はまず前回と同じキンシャサ国際空港(ICAO Code:FZAA)までの航路を選定する。その後、そこからイノンゴ滑走路までの道のりを検索しだす。とはいってルートUB535を飛んで直ぐだった。
書類作成のお姉さんは現地、コンゴ民主共和国の連絡のつく役所関連へPBA613便のキンシャサ国際空港とイノンゴ滑走路への着陸とその際の処置、例えば燃料補給やいざという場合に備えての緊急体制の準備の要請を行っていた。今回イノンゴでの着陸失敗は大惨事となるし、離陸時はアフターバーナ全開となるので、滑走路後方の民家に対する対処をしなければならなかった。また件のシャーマンが何処にいるか分からないので、アラディアに質問をし、場合によっては政府のヘリの手配も必要かもしれない。しかし彼女が言うには場所は分からないと言い出す。
「あ、アラディアさん?本当に場所分からないの?」書類作成のお姉さんは聞いてみるが
「…ごめんなさい。」と彼女は謝った。
「コンゴ民主共和国からの書簡は無いか?」と女社長は問いかけた。
「あ、ありますね。」と書類作成のお姉さんは大急ぎで詳細を調べる。
「現地にヘリが来るようです。それと場所は滑走路からほぼ東に10km程飛んだ辺りにあるそうです。」
「では大凡の準備は揃ったわけだな。後は管制へ申請し出発準備を急がせろ。」と女社長は指示を出した。
機長に格納庫側から声が掛かる。
「機長、おっちゃんが来てくれってさ。」と整備員の一人が呼んだ。
「わかった。」そういって大急ぎで格納庫へ向かった。
おっちゃんは既に駐機場へ引き出されたPeace Bird 6号機の傍にいた。
「おう機長。早速目視点検を始めよう。」おっちゃんから始動前チェックリストを渡される、おっちゃんと早速チェックを始める。機体左前からレーダードーム、アビオニクス、N-036ベルカレーダー、左ピトー管、機関砲、OLS-35IRST、前脚、着陸灯、前脚格納部内収納装置、IFFアンテナ、機速面N036レーダー、第2エンジン吸気口内、前縁フラップ、主翼、主翼ステーション11装備のR-73短射程赤外線ミサイル。主翼端ステーション12装備のL265M10-02 ヒービヌィ-M ジャミングポッド、主翼後端エルロン、ダブルフラップ兼フラッペロン、翼端灯、KS-50酸素供給装置、ステーション8の101KS-Nターゲティングポッド、左水平尾翼、同垂直尾翼。垂直尾翼翼端灯、第2エンジン排気ノズル、尾部テールと後部警戒レーダー、チャフフレアディスペンサー、第1エンジン排気ノズル、右水平尾翼、同垂直尾翼、垂直尾翼翼端灯、ステーション5のKh-29短射程対地ミサイル、左主翼、主翼端エルロン、ダブルフラップ兼フラッペロン、前縁フラップ、ステーション2装備のR-73短射程赤外線ミサイル、ステーション1装備のL265M10-02 ヒービヌィ-M ジャミングポッド、左右主脚、背面の自動方向探知センサー、迎え角センサー、そして今回装備するステーション6,7の与圧コンテナ。各項目異常無しなので、機長はチェックリストにサインし、おっちゃんに渡す。機長は大急ぎでそのままロッカーへ向かった。アラディアもロッカーの別のエリアで大急ぎで着替えをしていた。偶々目の合うアングルがあり、機長はつい、アラディアの玉肌を見てしまう。白磁のような肌に柔らかそうで綺麗な曲線を描く身体でドキッとし、つい目を逸らす。
「ご、ごめん」と謝ってしまった。二人して顔を赤らめつつも大急ぎでフライトスーツを着た。
「アラディアさん、荷物は機体下の大きな吊り下げ与圧コンテナに入れてください。」分からなかったら整備員に訊いてください。」と説明だけし、ハイ!とだけ返事をした。そう、のんびりしている暇はなかった。
「APU,ON」Peace Bird 6号機はこの声から目を覚まし始める。APUが始動すると自動診断プログラムが走り、各アビオニクス、操縦系統サポートコンピュータ、エンジン制御系、航法装置、ラジオ、レーダー類、そして火器管制装置が正常に動いていることがMFDに表示される。APUの圧縮空気を第1エンジンに送り、タービンを回転、第1エンジン始動スイッチを2~3度入れてエンジン始動。今度は第1エンジンの圧縮空気を第2エンジンへ送り第2エンジンも始動。各動翼の動作チェック。周囲整備員からOKのサイン。これで出発準備が整った。フラップ角設定は向かい風なので15°時間は既に21時辺り。
早速ジュネーヴ国際空港の管制塔へコンタクトをとる。
「LSGG(ジュネーヴ・コアントラン国際空港管制)、こちらPBA613便。発進準備完了。誘導路への進入を申請します。」と機長は管制へ連絡をする。
「PBA613便、こちらLSGG。誘導路への進入を許可します。方位は23。」
「LSGG、こちらPBA613便。方位23確認。」と同時におっちゃんが誘導を行う。Peace Bird 6号機は誘導路に出て、直ぐ右折をする。誘導路内ではのたのたと進んでいく。待機スポット23で一旦停止。
「LSGG、こちらPBA613便待機スポット23で駐機。」
「PBA613便、滑走路上クリア。進入を許可します。」
「LSGG、こちらPBA613便滑走路へ進入。離陸準備をします。」と宣言し、機長はトゥブレーキを最大に踏み込み、スロットルを20%にあげる。」
「PBA613便、こちらLSGG。離陸を許可します。」
「LSGG、こちらPBA613便。離陸開始します。」VFR(有視界)で念のため滑走路上に障害物が無い事を確認し、スロットルをミリタリー推力最大(アフターバーナを使わない最大推力)へ開ける。トゥブレーキを解除し、一気にPeace Bird 6号機が加速する。
「V1(離陸決心速度 この速度に達すると離陸中止出来ない)…ローテート(機首上げ速度、回転でもポテトでも無い)…」そして問題無くPBA613便は離陸していった。
「LSGG、こちらPBA613便。無事離陸完了しました。」
「PBA613便、こちらLSGG。管制を FIR:SWITZERLANDに移管します。チャンネルはそのまま、良い夜を。」
「LSGG、こちらPBA613便。ありがとう。そちらも良い夜を。」
Peace Bird 6号機は地中海上空、この間のSID:EBORAへあっという間に到着。このまま地中海上空、サハラ砂漠を縦断し、ナイジェリアのマラム・アミヌ・カノ国際空港(ICAO Code:DNKN)へテクニカル・ランディングする。既に周囲は闇で、海上と空に緑と赤、そして偶に点滅する光がみえる。恐らく船や同じ民間航空機だろう。念のためN-036ベルカレーダーをONにし、周囲警戒を行う。夜なので気付いたら民間機にドカンはゴメンだ。一応民間機にはTCASと呼ばれる衝突防止装置があるが、それでも念には念だ。
「さてと、アラディアさん。もうこの辺りは自動操縦なので3時間くらい暇ですよ。寝ててもいいですからね?」と機長は気軽に声を掛けた。
「…」アラディアからは返事が無かった。
「寝ちゃったか…それならいいか。」と機長は安心した。その時だった。
「ふぅ、やっとあの女を説き伏せたわ…」と後部席から声がした。機長に?と驚きが同時に襲う。
「なんだ!?今の??」と機長は狼狽しながら呟いたのか、それとも後部席へ聞いたのか?
「あの女、中々しぶとかったな。私が絶対の危機だというのに信じようともしなかったな。もし間に合わなかったらどうなっていた事やら。後で仕置きでもしてやろうか?」声はいつもの可愛らしいアラディアだったが、口調がおかしい。うふふもですよ~もなく、優しさの欠片もない。どちらかと言うとエラソーで尊大で傲岸不遜と言うべきデカイ態度である。
「あのー、アラディアさん?」と機長は恐る恐るというか疑問符で質問をした。
「ああ、おまえか。人間のアラディアが好意を抱いている、というかラヴラヴなヘタレは。」酷い言われようだった。後、ラヴはアカン神話な気がするんですが。
「えーっと、あの?アラディアさんですよね?」
「オマエ、私を誰と心得る?」と偉そうにふんぞり返って機長に訊き返す。
「だからアラディアさんでしょう?」
「オマエ、女神である私に軽々しくさん付けとはいい度胸だな。」
「アラディアさんって魔女の女神の銘を冠した魔女ですよね?」とホウコウから聞いた話を思い出す。
「冠した、ではない!正真正銘の魔女の女神だ!」とアラディア様は叫ぶ。マイク越しなので頼むから叫ばないでくれ。キンキンして敵わんと咄嗟に機長は思った。
「あれ?女神様なんですか?」
「愚か者!正真正銘女神だ!母、アルテミスと父、ルシフェルの力を授かり、豊かなるものから貧しきものを守るために現世した正真正銘の女神だ!」と一生懸命説明をしている。機長は訳が分からなくなってきた。いつものうふふなアレが天然な性格だと思っていたが?
「オマエ、今失礼な考えをしなかったか?アレはアレで人間としての私だ。」言っている意味がますます解らない?
「すいません、もう一寸詳しく説明して欲しいんですけど?」と機長が振り向くと、酸素マスクの上は確かにアラディアの眼差しだった。ただ目つきが鋭く、瞳の色が緋に近い紫水晶のようだった。髪の色も少し黒色になっている。
「誰だアンタ!」と機長は反射的に鋭く誰何する。
「やっと気づいたか、愚かもの。先程から言っているように魔女の女神、アラディアである。心して敬え。」機長はだんだん理解してきた。所謂二重人格というやつか。
「ちっがーう!二重人格ではない!!私は女神であり、人間のアラディアは依代だ!」機長は驚いた。こいつ人の心を勝手に理解しやがった。
「あー、えーっと。つまり人間のアラディアさんに自称女神様が憑りついた、と?」
「自称ではない!ホントの女神だ!あと憑りついたのではない!」と一生懸命理解させようと叫んでいる。
「で、根拠は?」
「う…」
「んー、納得できる証明が無いと女神様と敬うのは難しいですねー。」と棒読みで言ってみた。これをホウコウが聞いたらアラディア様を大層敬い、機長をミンチより酷くバラバラにするだろう。
「ここここっこっこ、こ、根拠ならあるぞ。」鶏かな?朝は遠いし餌の時間もまだだが。
「どんな?」
「これをみろ!」懐からハーブを取り出す。気が安らぐいい匂いのハーブだった。筈なのだが…酸素マスクをしていると残念ながら判らない。
「えーっと、いつも携帯しているハーブですよね?それと女神様とでどんな…」
「ここっこっこっこっこのハーブは女神である私しか作る事が出来ない特別性だ!」機長は生暖かいでみてしまう。前にフランスオタクかぶれ、つまり日本アニメコスプレかぶれのホウコウから一生懸命聞かされたアレだ。残念。
「い、今お前、私の事を残念美少女神とか思ったな?!」なんで心を読むんだよ?あと美少女付けた覚えはないんだけど…まぁいい
「あーはいはい、わかりました。魔女の残念美少女神のアラディア様。して、不敬なるわたくしめにどのような御用がおありで?」いささか面倒くさく機長は質問をした。
「私は残念などではない!それと用事は…その…退屈だ。何か話をしろ。」とのたまう。そんな事言われても話題なんかなぁ…
「愚鈍なるわたくしめは、世間に疎いので女神で在らせられるあなた様を喜ばせるような話題は持っておりませぬが?」
「つまらん奴だな。そうだな、では先日の客人と同じ話題を聞こうではないか?」
「ヲイ」いつから地中海上はコイバナをする空域になったんだ?SID:EBORAを経由するとこういう話をしなければならないルールがあるのか?今度から運行管理係にはこのルートを外す飛行計画を立ててもらおう。
「して、アラディアの事をどう思っている?」
「それはどっちですか?」どうでもいいような返事を返す。
「と、ととっとっと当然人間のほうだ!」何で狼狽えてるんだ?この残念女神様は?自分で話題を振ったのに。
「もうカンパニーのラジオに筒抜けちゃいましたから、今更隠しませんよ。大好きです。でもそれが恋愛感情なのかと言うと、今はなんともね。」これは機長の偽れざる本音だ。因みに一応カンパニーラジオがONになっていない事を入念に確認した。前回はあれで酷い目に遭った。
「なんだつまらん、純情など魔女にとっては下らんモノ。もっと乗客を喜ばせる話にして然るべきだろう?エンタテインメントが分からん奴だな。」だからいつから男のコイバナをする空域になったんだよ、地中海上は!
「因みにいいことを教えてやろう。」
「?」
「アラディアは大層お気に入りだぞ。」
「ぶっ!」突然のそっちの暴露で機長はふいた。いや、むせる。鼻から謎の液体が垂れた。
「オマエ、アラディアに衣類を洗濯させられているな?実はこっそりシャツを数枚失敬されて、自宅で洗う前に着込んでスーハースーハーされて…」
「そ、そそそそんな話はしなくてていいです!」と突然、いつものアラディアの声で叫びだす。機長は気になって後ろを振り向くと、頬を真っ赤に染めで手で目隠しをしている茶色い瞳で茶髪のいつものアラディアだった。酸素マスクでよく見えないが。
「ふ、そうは言っても事実だろうが?今更照れる程でもないだろう?」と今度は女神のアラディア様が言う。同一人物が手をパタパタして言い合いをしている。なんだろう、この一人漫才は。
「き、機長さんにはそれ話してませんし!そういう秘密を勝手に漏らさないでください!」とまたアラディアが怒る。
「はぁ、こっちのアラディアも純情というか、これで魔女と言うのだから呆れるな。」
「あなたはデリカシーを持ってください!」一体誰のデリカシーだろう?それにオレのシャツでそんなことしても楽しいのだろうか?
「たかだか家にいる時にコイツの臭いのするシャツ着込んでスーハースーハーして、夜そのままベッドインしたって減るものでもないだろう?」確かにオレの臭いは減るだろうな。しかしそんなものの何処がいいんだ?
「き、機長さん!?ち、違うんです!!誤解です!!!」釣りに使うよなぁ、ゴカイ。ハゼ釣りの餌として砂浜掘って。スイスに海は無いが。
「よく解んないですけど、オレが着た後のばっちぃシャツより洗濯が終わった、お日様と洗剤の香りのするヤツの方がいい匂いな気がするんですが?」その言葉でアラディアは救われたというか、もう!鈍感!と思ったというか…更に女神のアラディア様が爆弾を投下する。
「くっくっく、鈍感なマヌケめ。オマエにもう一ついいことを教えてやろう。この間こっちのアラディアに大きなシャチのぬいぐるみを買ってやっただろう?抱え込むのもやっとなヤツを。夜寝る時、それをギューッと抱きしめて涙を溢しながら機長さん、機長さんと呟いて自分の事をなぐ…」
「余計な事は言わなくていいです!!」と怒鳴りながら自分の口を塞いだ。女性の高音域の声で怒鳴られるとヘッドフォンから凄い甲高い声が…機長の耳がキンキンする。アラディアは顔を真っ赤にしながら迫真の顔で機長にお願いをする。マスクのせいで顔は見えないが。
「ききっきっきっ機長さん!今のはアノ悪い女神の戯言です!真に受けないでください!魔女はああやって甘言をして人を誑かすんです!信じては駄目です!」と一生懸命腕をぱたぱたさせながらお願いしつつ説得をしている。この人は何を面白い事しているんだろうなぁと生暖かい目で再びアラディアを見た。
「なるほど、魔女はそうやって甘言で人を誑かすんですね。覚えておきます。」その言葉を聞いたアラディアは、え?となった。どっちも事実なのでその板挟みとなっていた。
既に眼下に地中海は無く、闇の様な砂漠の夜がキャノピーを覆っていた。殆ど真っ暗だが、稀に光が見えたりする。IRSTを使い周囲を見渡してはみたが、砂漠と少しだけの緑があるだけだった。しかしそれは同時に外は段々危険に追加づいているという証左である。そして機内には爆弾が棲みついていた。先程の会話でアラディアはテンパって機長に話しかけられないし、機長は機長で会話の意味が分かっていない鈍感ヘタレ。魔女の女神、アラディア様は大層暇を持て余していた。ふと彼女もキャノピーの外を見てみると滅多に見られない光景であることに気付く。高度は30000feet(約10000m)以上、空は何処までも暗く遠くまで広がり、眼下も偶に見える小さな明かり以外は砂漠の暗闇。この窓の外には厳しい自然があるのだが、遥か上空から見る景色は幻想的と言って過言ではなかった。彼女は知識としては知っていても、こうやって砂漠の夜空を実際に飛んで感じるのは当然初体験だった。
「なぁ機長。この下にも人間は住んでいるのか?」何となくというようにアラディア様が聞いてきた。
「ああ、会った事は無いけどな。」機長はただぼんやりと答えた。
「人間は強かだな…これもまた自然なのか…」彼女は一言呟いた。そしてまた暫くの沈黙が訪れる。
ナイジェリアのマラム・アミヌ・カノ国際空港(ICAO Code:DNKN)はアルジェリアを超えた直ぐ、カノ州にある国際空港。前の飛行の時はここで増槽を降ろし、コンゴ民主共和国首都にあるキンシャサ国際空港へ向かった。それは今回も同じで、違うのは夜間の着陸、増槽を積んだまま離陸すること、そして進入方位が06であることだった。一応空港の光はあるが3300mもあるこの滑走路は誘導設備も充実しており、計器着陸の設備もある。だが窓が大きい戦闘機ならではの有視界による着陸も全く問題無かった。飛行機の黎明期とは違い、なにもかも便利である。
着陸後、613便は前回同様に駐機スポット1の一番奥である建物側に誘導された。真夜中にも拘わらず機の周囲に空港スタッフが集まり機外チェックや給油を行い始める。機長はここでする必要のある事の準備を始めた。一寸前にも同じことをしたなぁとぼんやり思い出す。まず機にある小さい積載スペースから携帯食を取り出した。そういえば今回は胴体に与圧コンテナがあったからそこに少しマシな食事でも放り込んでおけばよかったな、と気付いた。
アラディア様が所要を足したり引いたりして戻ってきたので、携帯食を渡した。前回同様のレモン味のゼリーパックだ。やはりというか何というかアラディア様は大層不機嫌になった。
「こ、これが食事だというのか!?」
「仕方ありません。機の積載スペースは限られておりますし、長時間の飛行でもよおされても困りますので…」とあきらめ気味に機長は説明をした。
「オマエ、女性に対してもう少しデリカシーを持った方が良いな。それでは嫌われてしまうぞ?」
「何方にですか?」
「鈍感め。それよりこの粗末な食事は何なんだ?もう少し何とかならなかったのか?」と非難を機長に浴びせる。
「緊急で準備不足だったのは謝りますよ。それにこれはウチの会社のサービス食なので…でもここまで言われると、軍用のレーションでも積んでもらうよう頼もうかな?流石のオレも飽きてきた。」機長はパックの蓋を開け、中身をチューチューと吸い出す。アラディア様も仕方なく同じようにちゅーちゅーと吸い出した。
「ふむ。見た目は粗末だが味はなかなか良いな。悪くない。一寸した小腹ごなしにはいいかもしれない。」いやいや、ハーブティーを嗜む魔女の女神様がそんなジャンクフード紛いをってシュールだな。
「今、ジャンクフード紛いを気に入るとはがっかりな魔女の美女神だな?とか思っただろう?」何で心を読むんだよ!?ホントに心の声を聞かれてるのか?中を覗かれてるのか??
「そ、そんな不遜な事は考えておりませんでございますですよ?」と不自然な笑顔をしながら機長は否定をする。
「ふん。女神といっても美味しいものは美味しいと思うし、食に貴賤は無いゾ♡」と微笑んでいる。さっき粗末とか言ってたよな…
「あ、オマエ。また私をバカにしただろ?」察しが良過ぎるなコイツ。
「あー、ハイハイ。不遜なわたくしめをお許しください。」といい加減に謝る。彼女と自分の飲み終わったパックを携帯のゴミ袋に入れて格納スペースに戻す。そして機長は機外のチェックを始める。
「なぁオマエ。そんなに飛行機ばかり見て楽しいのか?アラディアをかまってやらないと不機嫌になるぞ?」
「楽しくなんか無いですよ。ただ機械が正常に作動するか、異常が無いかを調べてるだけです。それも業務ですから。」と無関心に答える。
「ふむ、そこまでしないとならないのか?この飛行機とやらは。」
「アラディアさんとしては一緒に飛行機乗りましたよね?知らない訳では…」
「んー、正確に言うと人間のアラディアと私とでは一部記憶が共有されないのだ。私が興味を持たないと私の記憶にならないようだ。」
「ある意味別人ということですか?」
「そうだな、そういうことだろう」とアラディア様は曖昧に答えた。
「ところでさっきの続きだが、随分不便でポンコツな機械だな?飛行機とやらは。車とかいう機械はそこまでしなくても良かったはずだが?」馬鹿にしたわけではないだろうがつまらなそうに呟く。どうやらこの危険性を理解していないのだろう。機長は少しムッとしたが、落ち着いてちゃんと説明したほうがいいと判断した。怒っても暖簾に腕押し、女性に怒りをぶつけるのは以ての外だ。
機長は機のエンジンカウルの部分を指先で拭い、それをアラディア様にみせる。
「こういうのは厄介なんですよ。下手をしたら墜落してもおかしくはないんです。」
「?こんな砂埃程度でか?益々ポンコツ…」と言うのを機長は言葉を被せる。
「昔、雪の日に飛行機が離陸できずに事故を起こしたことがあったんです。それも数回。その原因は翼の上についた数ミリの薄い氷の層でした。」
「その程度でか?」
「ええ。その程度で、です。雪は積もる時、初めに薄い氷の層をつくり、段々とふわふわに積もっていきます。一番下は冷たく濡れていますね。」
「ふん、それで?」
「飛行機は動き出すとふわふわの部分は落っこちますが、その氷の層は機体に張り付いて取れないんです。それが翼の断面積を見かけ上変形させて、失速を起こしやすくするんです。あとその表面はザラザラなので小さな乱気流もたくさん生まれます。揚力を繊細に制御されて飛ぶ飛行機にとって、この程度でも危険なんですよ。」と説明をする。
「そうなのか。」余り関心無さそうにアラディア様は答える。本音はもう少し楽しい話題で話をしたかったのだが、いかにもなシャレっ気のない男特有の説明癖だとがっかりしていた。
「さて、外部点検も終わりましたし、出発しましょうか。」と促した。
「砂埃はどうなる?乱流とか云々と…」とアラディア様が抗議すると
「コイツはポンコツじゃないですよ。この程度の砂埃なら大丈夫でしょう。それよりここで無理に掃除して機体に傷をつける方がマズイですから。整備員達に殺される。」連中が電動工具を持って襲ってくるシーンを想像して身震いをした。特にこの女神様の狂信者は今日のやり取りを見たらどうなる事やら。二人は再び機に乗り、飛行準備を始める。ラジオで手の空いている誘導員に始動チェックの助けを要請する。先程と同じように機は問題無く始動し、離陸滑走方位は24。
「V1…ローテート…」Peace Bird6号機の機首が上がり始める。地上の凸凹による振動が終わり、ふわっと、そして力強く上昇を始める。今から3時間もすればコンゴ民主共和国首都キンシャサにあるヌジリ国際空港に到着するだろう。
マラム・アミヌ・カノ国際空港から離陸し、PBA613便は飛行ルートUR986に入る。具体的にはカメルーン上空。離陸後はアラディア様も機長も話をしなかった。少し雰囲気が気不味かった。アラディア様はアラディア様で本当は何か暇つぶしの話をしたかったのだろうが、機長の鈍感というか朴念仁というかオンナ心が分かっていない内容になりそうで話し辛かったし、機長は機長で話しかけて貰いたかったのだが、当然話題等持ち合わせていないし、そろそろ気が抜けない空域に入ってきた為だ。最もアフリカ大陸に入った時点で気が抜けないのは変わらないのだが。淡々と時間だけが過ぎ、もうすぐ以前の飛行で一悶着があったSID:AMRODが近づいてくる。つまりコンゴ民主共和国へ入ったという事だ。機長は今回は何も起こらないだろうと考えていたが、後部席のアラディア様が何かに気付き、機長に声を掛けてきた。
「何かが接近してきている。」機長はまさかと思ったが、N036ベルカレーダーのレンジを最大に設定する。するとまた400kmを切った辺りで正面から2つの未確認飛行体の表示が現れる。
「またか?」と舌打ちしながら機長は相手との無線の準備をすると、相手から国際共通チャンネル121.5MHzと243MHzで無線が入ってきた。
「こちらコンゴ民主共和国空軍 DRCAF1,DRCAF2。PBA613便、応答を願う。こちらコンゴ民主共和国空軍、PBA613便、応答を願う。」と所属を明らかにして連絡を寄越してきた。機長は、ありゃま、と思いながら返答をする。
「コンゴ民主共和国空軍機へ。こちらPBA613便です。」と簡潔に伝える。
「PBA613便、こちらコンゴ民主共和国空軍です。ようこそコンゴ民主共和国へ。貴機のエスコートに参りました。ヌジリ国際空港へ誘導いたします。」と無線が返ってきた。機長は小声でおやおや、これは一体どういう事だろう?と呟きながら
「コンゴ民主共和国空軍機へ。こちらPBA613便。貴機は当機の護衛ですか?当機のIFFを発信しますので、貴機のIFFを返信して頂けますか?」
「PBA613便、こちらDRCAF1,DACAF2。了解した。これからIFFを発信する。」と同時にPeace Bird6号機は正面2機のIFFを受信する。事前に調べてあったコンゴ民主共和国空軍のIFFと一致していた。
「どうやら今回は敵対意志は無さそうだな。」と機長が呟くと、アラディア様が
「わからんぞ、急に手のひらをというのもあり得るかもな。」と怖ろしい事を言い出す。
「ここでウチ等を撃墜したら国際問題になりますよ。」憮然と機長は答えた。今回はIFFを受信し、また所属も明確な為、何かが起これば証拠が残ってしまう。
「コンゴ民主共和国空軍機へ、こちらPBA613便。IFF確認しました。エスコートを感謝します。」と伝えると、2機は護衛のフォーメーションを取る。i機は右前方上へ、もう1機は左横下にポジショニングした。なかなか素早く綺麗なポジショニングだった。
「この間とは大違いだな。腕もいい。」機長はつい小声で無線に漏らしてしまう。
「PBA613便へ。それはどういう意味かな?」とDRCAF機から質問されてしまった。
「DRCAF機へ。気にしないでくれ、独り言だ。いい腕だと思っただけさ。」
「PBA613便へ。お世辞をありがとう。」皮肉を込めた回答だった。
「PBA613便よりDRCAF機へ。世辞じゃないさ。そういえば、何故こちらをエスコートしてくるんだ?」
「DRCAFよりPBA613便へ。今回は大統領直々の命令だ。無事貴機の乗客である魔女の女神様を必ず無事にヌジリ国際空港へお連れしろ、とね。」それを聞いて機長は理解し納得した。どうやらこの国のシャーマンとやらの権限はとても強いこと、どうやらWMOという組織が実際にあるらしく機能もしていそうな事、そして彼女、アラディアの力が本当に必要だという事。
「国賓待遇だな。」
「全くだ。」とDRCAF機のパイロットも同意する。今の返事は彼にとってもキツネに撮まされた様な話だったのかもしれない。ヌジリ国際空港が見えてきた。機長は着陸準備を始める。
「FZAA(ヌジリ国際空港)へ、こちらPBA613便。着陸パターンに入りたい。」
「FZAAよりPBA613便。ようこそコンゴ民主共和国へ。仕方なく歓迎します。前回みたいな事はするなよ?着陸パターンルートへの進入を許可します。」あの時の事をかなり根に持っているらしい。
「PBA613便よりFZAAへ。そちらの出方次第だ。着陸パターン進入許可確認。ありがとう。これより着陸準備に入る。」と答えるとDRCAF機のパイロットの一人が訊いてくる。
「DRCAF2よりPBA613便へ。以前ここに来たのか?何かやらかしたのか?」
「PBA613便よりDRCAF2へ。この間悪戯されたので、お仕置きをしただけさ。それよりステライル・コックピットに入りたい。」と宣言をするとDRCAF機は了解と答える。どうやら彼らもこの後着陸をするようだ。
「なかなか面白そうな話だな。どんな悪戯をしたのか後で訊きたいな。」とアラディア様もこの話題に興味を示す。
「降りたらお話しますよ。」と機長はいい、機の着陸態勢を整え始める。着陸のチェックリストを開始。フラップ8°、速度時速240km/h。着陸方位は24。方位24による進入チャートを確認。高度を500feetにまで下げる。フラップを15°まで拡張し、速度を220km/hまで落とす。ランディングキア、ダウン。ギア、スリーグリーン。その状態で滑走路上をフライパスする。滑走路上に障害物が無い事、そのほかの注意点を確認し、滑走路への最終着陸アプローチ体制をとる。ILS(計器着陸誘導)の為の誘導ビーコンをキャッチ。着陸態勢が整う。
「PBA613便よりFZAAへ、これより着陸する。着陸許可を申請します。」
「FZAAよりPBA613便へ。着陸を許可します。」と同時に滑走路が近づいてくる。滑走路上にあるタッチパッドマーカーを狙い、降下させていく。AOAは5°と少々きつめ。機速は200km/hをきる。姿勢や向きを調整する為、各尾翼がちょこちょこと動く。機から地上までのが読み上げられ、どんどん地面に近づいている。50,40,30,20,タッチパッド上に着陸。主脚が接地し、その後補助脚も設置する。左右の垂直尾翼が内側に曲がりエアブレーキが掛けられる。と同時に機長は両方のペダルを踏み、主脚のブレーキも掛ける。凡そ1000m程で機は地上走行可能な速度に入った。駐機場に入る為、中央の誘導路を進む。誘導員が駐機スポットまでの誘導サインをだし、その指示に従い機を駐機させた。駐機場所はどうやら空港事務所らしい建物の真正面だった。恐らく建物の立派さは8BEA程度だろうか。機長はエンジンを止め、電源も落とした。直ぐに梯子が横付けされ、機長もアラディアも降りた。やはり3時間近く狭い場所にいたので、二人共、うーんと背を伸ばす。お互いにそれを見合わせてしまってつい笑ってしまった。
「うふふ?やっと着きましたね?機長さん!」いつものアラディアさんに戻ったようだ。
「あれ?女神様は?」と機長が訊くと、
「面倒くさい謝辞礼句はゴメンだと言って私に押し付けました。」と頬を膨らませる。
「挨拶?」誰が挨拶に来るんだ?確かに挨拶は大事と古い記事にもあった気がするのだが…暫くすると空港事務所の方から背広を着た3人の男がやってくる。真ん中の男はその姿がビシッと決まっており、どこか風格を漂わせていた。少し後ろに続く二人は男の側近だろうか?3人は機長たち、正確にはアラディアの前で挨拶をする。
「初めまして、偉大なる魔女の女神殿。コンゴ民主共和国へようこそ。私はこの国の大統領です。お忙しい中、我々の要請を受けて頂き感謝いたします。」と流暢なフランス語で謝辞を述べ、握手をした。ああ、こういう事かと機長は納得した。大統領はついでに機長にも挨拶と握手をする。
「遥々からこのお方を連れてきてくれてありがとう。」といい、今度はアラディアの方へ向き、詳細を空港事務所で話すと言って連れていった。機長は機の警備と整備の為この場に残る。空港管理事務所へ連絡し、燃料の補給、増槽の取り外し、機体の洗浄を依頼する。丁度そのタイミングでDRCAFの2機も駐機場、Peace Bird6号機の隣に駐機してきた。機長はそっちを見ると止まった2機はどちらもMig-23で片方は複座訓練機だった。それを見て機長は相変わらずでかいなーと感じた。その瞬間ドキッとして、疑問が湧く。何故相変わらず|と感じたんだ?自分が今乗っているSu-35SUBMKも前に乗っていたF-14D(R)はもっと大きい。それなのにあっちを大きいと感じている自分に疑問を持つ。そもそもこんなに近くでMig-23を見たことは無かった筈だ。少しの間呆然とその2機を見ていた。暫くすると恐らくリーダー機であろう単座の機体からパイロットが降りてきた。ヘルメットを脱いで誘導員と少し何かを話した後、機長の方へやってくる。
「よう、初めまして。コンゴ民主共和国へようこそ。俺は傭兵。コンゴ民主共和国空軍でパイロットをやっている。一応少佐扱いだ。宜しくな。」と機長へ右手を差し伸べる。
「初めまして、オレはPeace Bird Air Companyでコイツのパイロットをしている機長だ。宜しく。」と握手をする。
「いやぁ、しかしこの間は悪さして申し訳なかったな。対したお手並みだったぜ。」と小声で機長に言った。その瞬間、機長の目つきが鋭くなる。反射的に右の膝に携帯している銃を抜こうとしていた。
「おいおい待ってくれ。やりあうつもりはねぇよ。いきなり喧嘩はしたくねぇ。この間のは悪さをしろって上の方の知らねぇやつから少し握らされたんで揶揄いに行っただけだ。勘弁してくれ。」と傭兵は手で遮って謝った。考えて見ればやるきなら謝る必要は無い。
「あいつらを知っているのか?」と機長は聞いた。
「来たやつはどうせ末端の下っ端だろ?直接は知らねぇ。」と予想通りの答えだった。
「ま、そうだろうな。」言っては何だが、まだこんな辺鄙な所の軍人、いや傭兵があいつらと強い結びつきがあるとは思えなかった。あいつらのトップ層が大きい組織なら当然何重もの階層下のことなど見向きもしないだろう。
「それより、この間は見事だったぜ。俺たちもそこそこの自信はあったが、あそこまで手玉に取られるとは思ってもみなかった。」と傭兵はにこやかに言う。と同時にもう一機のパイロットたちもこちらにやってきた。彼らと機長は傭兵と同じように挨拶と握手をした。
「なんだ、傭兵少佐、話しちまったのか?仕方ねぇな。機長といったか?宜しく。確かに見事な腕前だ。」もう一機のパイロットも機長を称賛した。
「褒めても何も出ないぜ?それとオレの腕がいいわけじゃない。コイツの性能がアンタ等のより良いだけだ。」と機長は肩をすくめた。創られた時代、テクノロジーを考えるともっともだ。
「確かに性能の差はあるさ。だが2対1、しかも格闘戦に持ち込まれたら性能だけじゃなくパイロットの技量や度胸、判断力、体力も必須だ。しかもアンタ、後ろにさっきのお嬢ちゃんの様な素人の乗客を乗せていたんだろ?その上でドッグファイトを選んだんだ。大分ハンデがあった筈だぜ?」と傭兵は分析しながら感心していた。
「おいおい、オレは国連の様な国際機関のチャーター機のパイロットだぜ?いくらコイツが戦闘機でも先に手を出したら国際問題になる。」
「だが、その状態で俺らを傷一つなく、アンタも一発も撃つことなく退けさせたんだ。感心するのも当然だろ?」もう一機のパイロットも頷いた。
「ドッグファイトの基本じゃないか、起動で相手の運動エネルギーを削ぐのは。こっちの機体はエネルギーの消費効率がいいし、回復力も高い。その結果さ。」と謙遜をする。しかし傭兵は
「俺らだってその位は心得てるさ。だが上手いのはそこじゃねぇ、誘い方だ。HUDのガンの射程範囲の丁度ギリギリにつけて、そっちに気を逸らせながらエネルギー消費を完璧に忘れさせていた。パイロットの奴が後ろからずっと注意していたんだぜ?オレもGを見ながら注意して狙っていた。だがオマエはこっちが運動エネルギーをギリギリ消費しだす微妙なところで旋回を続けていた。そして最後に当たるように見せかけて罠に掛けさせた。そこまで出来るヤツが世界で何人いる?まぁオレが知っている範囲では一人だけだ…」と最後だけ目を空に向けて話す。
「ふーん、偶然じゃないか?そんなの。」と機長は否定をした。
「いや、偶然じゃねぇな。俺はソイツの動きを見ていたから解る。動きもやり方もまるっきり同じだ。同一人物じゃないか?って位にな。」
「…」
「なぁ機長、オマエ、ブルーバードじゃないか?」傭兵は突然変な事を問いだす。
「ブルーバード?幸せの青い鳥か何かか?」いきなりの一言で機長は戸惑った。
「コールサインだよ、ブルーバード。TACネームは知らねぇ。俺たちの守り神。最高の戦友…だったのか?よく分からねぇ奴だったが…」
「違うが…ちょっと興味があるな、話を聞いてもいいか?」機長は喰い付いた。
「ああ。ってもいつの何処の戦争だったか…長く傭兵やっていると忘れちまうな。オレはある国の傭兵パイロットの一人だった。他にも何人かいた。それで小隊を組んでいたんだ。でだ、そこの基地の端っこに格納庫が一つ建設され、どう言う訳か見知らぬ人間が増えてきた。白衣を着た奴もいたな。そして暫くして補充が一人、戦闘機に乗ってやって来た。ソイツがブルーバードだった。だが着陸して早々、とっととその格納庫に入っちまって亀の如く出て来やしねぇ。挨拶の一つも無ぇ。その数日後ソイツと作戦をすることになったんだが、ブリーフィングにすらヤツは出て来やしねぇ。んでソイツと俺ら含めて4機で行ったんだが、離陸時刻にはちゃんと誘導路へ出てきた。乗ってたのは確か…F-16だったかな?高性能な戦闘機だから目立っていた。カラーは青灰色。何故かキャノピーが大きく、真っ黒に塗られていて不気味だったな。その最初に組んだ作戦は敵側の陸上機動部隊への爆撃だった。敵とはいってもゲリラ、つまり大した装備を持っていない連中への攻撃だ。とっとと爆弾を届けて帰るつもりだった。しかし予想外の事が起こったんだ。」
「予想外の事?」傭兵は過去を思い出しながら淡々と話を続ける。
「ああ、ブリーフィングの情報には無かった。あいつら、何処から引っ張ってきたのか追尾装置を持った対空車両を持ってきやがった。連中には必要無いし面倒もみきれない代物だ。だがオレ達にとっては脅威だってことは分かるよな?そして気付いた時にはもう射程圏内に入っていた。オレ達は回避しようと散開した。その時だった。件のブルーバードだけ突っ込んでいったんだ。皆きっと莫迦が、とか死ぬぞとか思っていただろう。オレもそんな一人だった。だがヤツはその砲火を小さく右へ左へ避け、積んでいた爆弾をその対空車両に届けたのさ。そして引き返した所をゲリラの一人が携帯の対空ミサイルを撃ったが、それもチャフ・フレアで見事に躱した。そのミサイルを低空で推力を落しながらな。おかげでオレ達の脅威はすっかり無くなり、連中に爆弾をプレゼントして皆無事に帰ってきたんだ。」
「ふむ」
「それからオレ達は何度かアイツと組んで作戦に参加した。地上攻撃だけでなく、時には連中には数少ない航空戦力に対してもな。だがオレ達はいつも傷一つなく帰ってきた。いや、アイツに上手く誘導されて無事帰って来させてもらったというべきか…いつもそうだった。ヤツは自分が囮になり、敵を誘導している間にオレ達を後方に付かせ撃墜撃破をさせていた。回避と誘導がやたら上手かった。おかげでその戦場では敵航空兵力は一切なくなり、オレ達はお役御免となった。戦争中、いつの間にかオレ達はアイツの事を幸せの青い鳥、ブルーバートと呼んでいた。何せ生きて帰れる事が幸せだったからな。だが基地の中でも、その戦争の後もアイツを見たことは無かった。何処の誰だか分からなかった。気付けば見知らぬ連中もいなくなっていた…」再び彼は遠い空を見上げた。
「ただ不気味だったのは確かで、一度だけ格納庫を覗こうと近づいてみたさ。そしたらあっという間に基地の守備隊に見つかり、指揮官からこってり絞られたよ。以来作戦中でしか関わろうとは思わなかった。兎に角正体不明の青い鳥だった。」
「なるほどな。凄いが奇妙な話だな。」と機長も同意した。
「そして先日、オマエさんとやりあったって訳だ。動きがまるっきり同じだった。戦術も技術もな。だからオマエがブルーバードじゃないかと思ったのさ。だが、違うのか?」
「ああ、それはオレじゃない。オレは知らない。」と機長は呟く。確かにオレじゃない。だがオレのような気もする。オレだったら同じ動きをする。同じ戦術をとる。それが出来る確信がある。自信ではない。
「そうか…そうだな。多分オマエじゃない。考えて見たら見た目若すぎる。もしヤツだったとしたらもっと歳が行ってた筈だな。」と傭兵は自分ひとり納得していた。
「だが、今回オレ等DRCAFはオマエさんと一緒に飛ぶことになりそうだしオマエをブルーバードと呼ばせて欲しい。いいか?」と傭兵は尋ねた。
「ゲン担ぎか?好きにしてくれ。」と投げやりに機長は答える。そして機の点検に戻った。連中はこの新型機にも興味があるらしく、一緒について見て回っていた。あれこれ聞かれながら説明をして、大分時間が経ってしまっていた。時間も日が昇りつつあり、休憩無しの長時間飛行でかなり疲れがたまっていた。なので点検が終わった後、機長は事務所の部屋を借りて仮眠をとる事にした。
一方、空港事務所ではアラディアが大統領から大凡を聞いていた。話の通り、黒い水の湖近くに住む力の強いシャーマンが国の南方で邪で歪な何かを感じた為WMOへ協力を要請した事。その人物によるとソレは日々規模を強め、このまま放置すれば受肉という形で現世する事。そして肉体を持てばこの世界へ物理的な力を放つことができ、その力は猛威を振るい、世界に莫大な影響を与えるのに十分な暴力的なモノになる事だった。アラディアにとってこの話はWMO 魔法危機対応部門所属として一刻も早く動かなければならない案件である。彼女の予感はほぼ的中しつつあった。
「では直ぐにでもその方のいるイノンゴへ!」と準備を始めようとすると、大統領はそれを制止する。
「お待ちなさい、魔女の女神殿。先ずは少し休みを取られてからにしましょう。」
「事態は急を要します!」と叫ぶが
「良くお考え下さい。貴方は7時間もの飛行を終えてこちらに来たばかり。しかも我々の要請の時間も考えると半日以上休んで居られない筈。急いては事を仕損じるといいます。ここは一度ゆっくり休み、その後行動をすることを提案させて頂きます。当方もこちらでの準備、つまり飛行機の燃料やヘリの手配がまだ終わっていないのです。軽く休憩を取って頂き、万全の体制で事態に対応して頂きたい。何か軽食も用意いたしましょう。」と言われ、流石のアラディアも急に疲労を感じ始める。確かに長い時間動きっぱなしで、しかも女社長の説得など精神的に多大な負荷が掛かる出来事もあった。大統領の言う通り、軽く休みを取る事にした。アラディアが休憩を取ろうと事務所に入ると、機長がソファーの一つを占領してぐーぐー寝ていた。彼も殆ど休まず飛行をしていることに今更気づく。10~12時間は飛びっぱなしだった筈。他にも車で送迎したり飛行準備で休んでいる暇など無かった。それを想うと流石に大統領の意見を飲まざるを得ない。
アラディアは機長に膝枕をしてあげようと思ったが完全に熟睡、いや爆睡していて起こすのが悪いと思い諦める。しかし何故かそれを見ていて
「機長さん、寝顔、かわいいです。うふふ。」と言いながら暫く愛しむように頭を撫でていた。だが機長は寝言で
「むにゃむにゃ、もう食べられないー」とお約束の寝言をいう。アラディアはつい笑ってしまったが、次の一言がまずかった。
「アラディアさん…サバのパフェはもうこれ以上食べられないよー」とホントは起きているんじゃないのか?と思う寝言を言い出す。流石にアラディアは頬をぷくーっと膨らませ、機長のほっぺを抓り、鼻をつまんだ。それでも機長はフガフガ言いながら爆睡しており、余程疲れてたんですねと感じ、微笑ましくみている。自分も向かいのソファーに横になり、暫く微睡んだうちに深い眠りに落ちていった。
日が十分に上がった頃、アラディアは目を覚ました。空港事務所で休んでから凡そ3時間くらいだろうか?テーブルにはペットボトルのジュースとラップに包まれたサンドイッチが置かれていた。向かいを見ると機長はまだだらしなくぐーぐー寝ており、時折、イチゴジャム乗せ椎茸焼きはもう食べられないよーとかまだ寝言を言っていた。アラディアはつい噴き出してしまうが、そろそろ起きてもらわないと困るので、再び鼻をつまんで強く頬を抓った。暫くフガフガいっていたが、窒息しかけたのか、ごほごほ噎せながら目を覚ました。
「げほっがほっ…アラディアさん、おはようございます。」まだ寝ぼけ眼で目をこする。急にアラディアは豹変し、
「この不敬者が。誰が食材に合わないジャムを塗りたくった料理を出すのだ?女神と食材に対する敬意が足りん!さっさと起きて準備をするぞ。」と女神様モードになる。機長は??と思いながらも目の前のジュースを飲んでしっかり目を覚ました。
「機長、今日一日は大変だぞ?済まないが覚悟をしておいてくれ。」とアラディア様は一言言い、サンドイッチにかぶりつく。機長もそれに続きサンドイッチにかぶりついた。
「ええ、分かっていますよ。出来る事はなんだってしてみせます。」と頼もしく答える。
暫くサンドイッチを貪り皿を平らげると、アラディア様は現地の受け入れ態勢を確認する為に大統領に会いに行った。そして機長は自分の機に向かい、始動前の点検を始める。既に大統領は公務の為に邸に戻っており、本件の総責任者が任命されていた。彼が言うには既に現地での受け入れ態勢は出来ており、ヘリもこの空港で待機しているという。それが分かったのでアラディア様はPeace Bird 8号機へ向かった。その話で機長は早速準備を始める。二人は事務所に向かい、脱いで放っておいたフライトスーツに大急ぎで着替える。再び機に戻り機長は機体の始動を始める。機はどの部分も異常なく始動し、離陸体制も整い、マイ=ンドンベ湖にあるイノンゴの街にある滑走路(ICAO Code:FZBA)へ飛び立った。イノンゴの街はヌジリ国際空港から凡そ30分の位置にあった。機長は滑走をを確認するために一度上空をフライパスする。昨日ジュネーブ支部で衛星写真を見てなんとかなるかな?と思っていたが、実際はもう少し難しいと感じた。一度大きく距離を取り、コンゴ民主共和国空域管制(ICAO Code:UIR KINSHASA FZZA)にイノンゴの滑走路への着陸の旨を伝える。そしてイノンゴ滑走路へ着陸アプローチに入る。方位は06。その時、機長はピン!と思い付く。そういえば昨日、アラディア様がこの飛行機をポンコツ呼ばわりしていたな。ではそのポンコツのポンコツらしさを実況してあげようではないか。
「さぁアラディア様。イノンゴの滑走路へ降りますよ。覚悟はいいですか?」と機長は声を掛ける。
「ああ。」とアラディア様は鷹揚に頷く。
「それとですが、昨日はココへの着陸はB級と言いましたが、一寸見込みが甘かったかな?と思いまして…」
「え?」彼女は今のを聞いて少し怯んだ。
「いやー、思った以上に路面は凸凹で滑走路幅も狭くて、見た感じ滑走路長も長くないですねー。もしかして今までで最難度かもしれないですねー。」と棒読みをした。
「お、脅かしっこは、な、ナシだぞ?」アラディア様は更に怯える。
「ま、滑走路の向こうは幸い草地と木ですから、何かあっても住民に被害は及びませんよ。」とニヤニヤと機長は答えた。
「じゅ、住民に、きっきき危害をあた…与えないのはは、よ良いここ、心がけだな」と怯えが大きくなってきたのが声ではっきりとわかる。
「死んでもあの世に行くだけなんで安心して下さい。」と機長は意地悪く宣言する。とうとうアラディア様は
「死ぬイヤですー!!」とアラディアさんが本性をを出した。そんな叫び声は無視して
「VFR進入。アプローチスタート。」と機長は着陸の宣言をする。
「あ!フ、フラップが!(最大になってるな)」その一言でアラディア様はガタガタ震えだす。
「今度は着陸脚が!(スリーグリーン、ちゃんと出ているな)」滑走路がだんだん近づく。確かに荒れ地で地面も凸凹なのがアラディア様にもはっきり見えた。
「随分ひどい荒れ地だな。機体が跳ねたら一巻の終わりかも。ベクターコントロール。(ちゃんと真ん中に合っているな)」それら一言一言がどんどんアラディア様を追い詰めていく。
「ば、バランスが!崩…!(れないようにしないと)」もうアラディア様は涙目で両手で顔を覆っている。
「い、いけね!こ、高度!このまま手前にお!(ちない様に着陸パッドに降ろさないとな)」と数秒後、地面にトンと何事も無く接地する。機長はスロットルを一気に絞り、トゥブレーキを全開で掛ける。更に後部にあるドラッグシュートも展開する。
「うわぁ!このままだと前の草地!!(より手前で余裕で止まれるな)」と実況を続ける。もう後部席から何も聞こえない。そして数秒後Peace Bird 8号機はイノンゴの滑走路上に無事に止まる。そしてそのままゆっくりタキシングし、駐機位置へ移動した。駐機位置に着くと、キャノピーを開けエンジンをカットし、電源系統もシャットダウンさせる。
「アラディア様。到着しましたよ?」とケロッとした声で機長は声を掛けた。その声でアラディア様ははっと顔を上げる。その頬はパンパンに膨らみ、涙目になっていた。
「もぅっ!!機長さんのイジワル!!フン、です!!!」といつものアラディアさんがぷんすか怒っていた。一寸イジワルしすぎたかな?と機長は反省をした。上空を見るとDRCAFのMig-23 2機が上空を旋回し、その後何処かへ去っていった。無線が入り、彼らは一旦カミナ空軍基地(ICAO Code:FZSA)に戻るとのこと。そして暫くするとヌジリ国際空港からのヘリが追い付き、滑走路上に着陸した。さぁ、これからお仕事である。ヘリには総責任者と警護2名が乗っており、アラディア様も例のコンテナから手荷物であるオレンジ色に銀のストライプが入った大きなトラベルボックス(某ブラックボックスに似ているが海水に漬けた後、真水に漬ける必要は無い)を取り出し同乗する。機長は8号機のドラッグシュートを片付けようとしていたが、アラディア様のじーっという視線を感じ、仕方なく同乗した。乗客を護るのも機長の役目との事もあり、当然と言えば当然だった。それにあれだけ大きいドラッグシュートを一人で何とかするのは無理だったろう。全員が搭乗すると、ヘリは直ぐに飛び立った。眼下は深い木々に覆われており、本当に人が住んでいるのだろうか?と機長は心配になってきた。滑走路から東に10km程飛行すると小さな建物が3建程見えてくる。どうやらそこが目的地のようであり、近くの空き地にヘリは着陸をした。その周りは木と草で覆われており、何とか道らしいものもみえる。アラディア様はこれからヘリの室内で正装に着替える為、全員を機外へ放り出し扉を閉めた。ヘリには窓があるので全員は紳士としてヘリを見ないようにしている。数分後、ヘリの扉が開き、アラディア様が降りてきた。その姿を見た機長は吃驚し、つい顔を横に逸らしてしまう。周囲の人たちも背後を向く。紳士ばかりで安心した。格好がなんというか…破廉恥だった。女性の大事な部分は殆ど隠れておらず、革のベルト状のようなモノとそれを繋ぐ金属リングの十字型で繋がれ体に密着した?所謂ハーネスを着ていた。その上に濃い黒のベロア地で出来た大きなスカートが付いたサッシュをお腹から巻き付け、やはり黒の網目のロンググローブとサイハイブーツを履いていた。頭には大きなリボンのついたとんがりベ帽を被り、マントを羽織っている
「あ、あの、アラディア様?その素っ頓狂な衣装は一体何です?」と余りもの恥ずかしさに顔を背けたまま機長は質問をした。
「これか?WMOが私の為に作った正装だそうだ。」と恥ずかしさの欠片も無くアラディア様は答える。
「…あの、目に毒なくらい、その、目のやり場に困るのですが…」
「オマエは本当に莫迦モノだな。本来魔女は裸か、その上に典型的なとんがり帽とマントを羽織るのがが正装だ。なのにこんないい加減な衣装を寄越して来て…。ふふ、機長。まさか恥ずかしいのか?ん?」と意地悪な笑みを浮かべてアラディア様がグイグイ迫ってくる。女性特有の香りが濃くなり、機長の顔は真っ赤にそまる。が、そこまででアラディア様が真顔に戻る。
「と、ふざけている場合ではないな。シャーマン殿を待たせては申し訳が無い。早速会いに行くぞ。」と皆をぞろぞろと連れ、シャーマンの家へ向かう。3つの建物の内の一番みすぼらしい建物(0.03BEA位)の建物がその様だ。壁などにそれらしい装飾がされていた。ドアは無く、簾が掛かっている。アラディア様は失礼すると言いながら入っていった。建物の中は大きな部屋がひとつ、床に様々な模様が描かれたカーペットが敷かれていた。どうやら何かの陣のようだ。そのカーペットの陣の奥に一人の老婆が胡坐をかき両指を組んで瞑想をしていた。首には装飾のネックレス、腕や頭にも呪術的と思われる装飾をしていた。アラディア様が頭を下げ、礼を込めて挨拶をする。
「初めまして、この地の精霊と強く交わり結びつく偉大なるシャーマン殿。私は魔女のアラディア。WMOの要請により参じました。」それを聞いた老婆のシャーマンは挨拶を返す。
「遠路はるばる御足労を掛け、感謝しております。我ら貧しき異教徒を護る偉大なる魔女の女神殿。私はこの地の歯牙無いシャーマンでございます。」
「歯牙無いとは随分ご謙虚を仰られる。その御霊の精力、並々ならぬのモノと肌で感じます。さて、シャーマン殿。お話を伺おうと存します。」アラディア様は丁寧に言葉を交わし話を伺う。
「話が多少長くなりますゆえ、粗末ながら茶を用意いたします。ささ、どうぞお座りくださいまし。」とシャーマンはアラディア様に向かい側へ座す様促す。ついてきた機長始め、他の面々も空いている場に座り込む。老婆のシャーマンは暫くして茶を皆に振る舞い、そして自らも座り話を始める。
「さて偉大なる魔女の女神殿。この度御足労願ったのは他でもない、かの地の南方にて歪で邪な気配が集まりつつあるためです。恐らく貴女様も既にお気づきの筈。」と苦々しく老婆は説明をする。
「ええ、この国に着く頃、いえ遥か前から何かおぞましい何かを感じておりました。」と今まで機長には話さなかった事をアラディア様は伝えた。老婆は続ける。
「恐らくは過去から連綿と続く飽くなき必要以上の物欲への執着、それにより犠牲とされた今は亡きモノたちの悲しみ、怒り、苦悩などが淀み集まったモノ。しかし今まではそれらがこの地の精霊のお力により抑えられておりました。」
「それが解き放たれたと?」アラディア様の問いに老婆は答えを続ける。
「非常に強い欲に塗れた者たちが新たに加わった事で淀みが濃く、強く、大きくなり抑えを破ったのかと…」
「本来万物に於いて、身の丈の欲は生きる上で必要なモノ。食欲、睡眠欲、意欲、そして性欲等。しかし丈を大きく超えた欲望は自らだけでなく、周りの存在、そしてあらゆるモノに破滅をもたらす。」と呟くようにアラディア様は答えを返す。
「仰る通りでございます。しかしこの度、その何者かがこの地にそれを持ち込んだことで事態が悪化したと婆は考えております。そして精霊のお力による抑えは数刻も保たないうちに破られ、それが現世化し、世界、つまり現世全てに物理的な被害、破滅をもたらす事でしょう。」これが今回のあらましだ。
「成程。分かりました、シャーマン殿。わたくしはこれよりその歪を封する為、再び長き眠りへ就くための術を施しましょう。しかし…」
「しかし?」
「わたくし一人で十二分に効を発揮する術が編み出し切れるか分かりません。この地の精霊のお力もお借りしたい故、シャーマン殿の御助力を願いたいと存じます。」とアラディアは老婆に要請した。
「勿論でございます、偉大なる魔女の女神殿。微力ながら喜んで尽力いたします。」老婆は快諾した。
「まずは南方へ向かい、その存在を確認いたしましょう。では機長、早速南へ向かうぞ!」しかし機長以下他の面々は今の会話はよく理解でいなかった。なので機長はもう少し分かりやすく説明してもらうよう頼む。
「えーっと、つまりどういう事なんですか?アラディア様。」
「ほんとにオマエは莫迦で愚かなのか?話の通りだろう?」まるで女社長の言い方そのものだった。あの人の言葉遣いはきっと教育上良くない。
「ですから、もう少しかみ砕いて説明してくれませんかね?」その言葉にアラディア様は呆れ、嘆息を付く。
「簡単に言うとだな、南にある悪意が実体と化してこの世に現れようとしている。放っておいたら世界が破滅する。今のうちに何とかしないとならない。あんだーすたん?」
「で、南の何処へ行けばいいんですか?」
「南と言ったら南だ。あっちに決まっているだろう」とアラディア様が指を指した方向は北西…
「…」とことん残念だった。
「わ、わかっている!今のはこの場を和ますジョークだ!」どバツが悪く恥ずかしそうに言い訳をする。皆が生戦い目で見てあげる。
「と、兎に角南へ出発するぞ!」といいつつも機長は反論をする。
「南と言ってもこの国は大きく、州が3つもあります。具体的に何処に行けばいいのですか?」
「私が指差した方角に決まっているだろう?」さっき北西を指しましたよね?
「あ、オマエ。また私をポンコツ扱いしたな?」とジト目をする。なんでこの駄女神は察しだけ良いんだ?と、そこで総責任者が助け舟を出す。
「まずは拠点を確保しましょう。幸い南方にはカミナ空軍基地があります。そこへ移動し、今後の方針を決めるのは如何でしょう?コンゴだけに。」そのシャレも要らなかった。最近関わりのある連中は何なんだ?こんなコメディ連中と付き合っていて、Peace Bird Air Companyは先行き大丈夫なのだろうか?と思いつつ、それでもまず行動指針が決まり、機長は安堵した。
「アラディア様とオレは一足先にカミナ空軍基地へ向かいます。ついでにそのなんとかやらも偵察できるようならやっておきます。皆さんはヘリで後から来てください。」機長は自分のすべきことを先に伝えておいた。各々が出発準備をし、ヘリに乗る。アラディア様はこっ恥ずかしい恰好のままでいる。
「あの、アラディア様?お着換えなさらないんですか?その恰好でフライトスーツ着れるんですか?」やはり彼女の格好は慣れず目のやり場に困る。
「この件が解決するまで着っぱなしだ。着替えの時間も惜しい。」ヤッパリデスヨネーと機長はがっかりした。本当に目の毒だ。元々可愛い系美人、スタイルも良く肌も白磁の如く綺麗なので尚更だ。しかしその恰好ではフライトスーツは着れないので、邪魔な部分は外してもらうようお願いをする。
数分もするとイノンゴの滑走路が見え、そこにヘリが着陸する。Peace Bird 6号機は村人に囲まれ珍しそうに見物されている。さっき使ったドラッグシュートは広がったままである。離陸前にこいつを排除しなければならない。機長は総責任者に自分と警備の2人でドラッグシュートの排除の手伝いをお願いする。かなり手間がかかったが、なんとか排除し始動前チェックに入る。カミナ空軍基地でドラッグシュート無しで停止できるだろうか?一抹の不安が残る。ふと見ると村人はあちこちペタペタと触っていた。だが視認確認では飛行に支障は無いようだ。今気づいたが、彼らは本部で聞いたような痩せほとっていたり如何にも難民という感じではなかった。ここはマイ=ンドンベ湖の湖岸であり、漁が行えるからであろう。しかし北東にあるキブ州はゲリラ、非衛生的な環境、難民といった多くの問題があり、そこにはワルタガードのような人たちが必死に活動しているのだろう。自分の境遇とそれを考えると、奇妙な哀しみに包まれる。そんな考えを振り払い、機長は8号機を飛行可能状態にさせるために警護の二人に機に近づけない様お願いをする。しかしなかなか村人は離れなかった。が、第1エンジンが咆哮を上げると村人は蜘蛛の子を散らすように離れていった。アラディア様もそのままフライトジャケットを着て大急ぎで後部席へ乗る。そう言えば梯子が無いのにどうやって乗り降りしたのだろう?離陸体制が整い、滑走路へ進入する。方位は06。やはりもし離陸に失敗しても集落に突っ込むわけにはいかないのだ。滑走路上のヘリを先に離陸させ、8号機も離陸体制をとる。この飛行エリアの航空管制へ離陸申告を行う。
「UIR KINSHASA(ICAO Code)、こちらPBA613便。現在位置イノンゴ滑走路(FZBA)。離陸申請します。行先はFZSA。高度2000feet以下で周囲に他機はいますか?」と機長は尋ねる。
「PBA613便、こちらUIR KINSHASA。周囲に航空機はいません。離陸を許可します。離陸後2000feetを取ってください。
「UIR KINSHASA、こちらPBA613便。了解。これより離陸を開始します。」とUIR KINSHASAへ宣言をする。そこでアラディア様が
「さ、さっきのようなイジワルは無しだからな?」と怯えた小動物のように震えながら小声で懇願する。
「ハイハイ、分かっていますよ。ただ、今度は冗談抜きで離陸が厳しいです。覚悟だけはしておいてくださいね?」と優しく言うと本当に脅かしっこなしだからな?!とアラディア様が念を押す。しかし今回の離陸は冗談抜きで難易度が高かった。実を言うとこれはICAOで定められている離陸の為の安全基準を満たしていない。離陸決心速度V1、 緊急時に安全に止まれる速度と距離が機のコンピュータで算出不可と出ていた。つまり機首上げが出来なければ即事故である。
「では離陸します。」と先程から20%にしていたスロットルをミリタリー推力より更に上のアフターバーナー全開にする。フラップは最大。事前にコンゴ軍が土嚢を積んで置いてくれたお陰で、後方の民家にはかろうじて被害はなかった。もしそれが無かったら家屋は簡単に吹き飛ばされていただろう。トゥブレーキを離し、一気に加速する。いつもの様な緩い離陸ではなく、2G以上の加速である。前方滑走路端の木々が一気に迫ってくる。
「…ローテート(回転でもポーテートでも無い。)」その瞬間に機種がふわりと上がり、主脚も地面から離れる。しかし、その際少しだけ機が揺れた。どうやら草か木に少しだけ掠ったようだった。取りあえずは無事に離陸したようだった。しかし今のでパンクしてい当たら…カミナに着陸する際、事前に確認は出来るだろうか?
「機長さん?今の揺れはまた脅かそうとしたんですか?」とアラディアさんはジト目で訊く。
「いや、今のは不可抗力ですよ。この機は艦載機用の強力なフラップを持っているんですが、それでもギリギリでした。」と実は機長もビビッていた。
飛行ルートは本来ならマイ=ンドンベ湖近くにある飛行ルートUM731を通り、SID:IKVOSで飛行ルートUH4、ムヴジマイ空港(FZWA)をフライパス、そのまま飛行ルートUH325に進入、SID:APOSOでUM214へ入り、カミナ空軍基地(FZAA)へ着陸するのだが、今回は飛行ルートUH4へ入った後、SID:KIBROまで飛行、そのポイントでUM215進入、SID:AKNARからVFRによる低空飛行(スコーク1200)で周囲の偵察をし、そのナニカを確認することになる。本来の飛行距離は1200km(644.2海里)程。所要時間は本来1時間半位なのだが、向かう途中で事前偵察をする為、それよりも遠く、遅くなるだろう。
その旨をカミナ空軍基地及び後続のヘリに無線で伝える。その時ふと機長はある事に気付いた。
「何で南なんですかね?先程のシャーマン殿はコンゴ民主共和国の北西に住んでますよね?」と誰ともなく呟く。その問いは総責任者が答えてくれた。
「南は鉱業地帯になっているからでしょう。シャーマン殿のお話だと物欲に駆られたナニかとの事。この国で物欲と言えば南方に点在するあらゆる鉱物資源に違いないでしょう。」
「鉱物資源?例えば?」その質問はアラディア様だった。
「かつてはウランでしたが、その他にも銅、コバルト、ダイヤモンド等が産出されます。南だけでなく北東には金の鉱床があるとも言われています。」と総責任者は答えを続ける。
「正直アフリカ大陸の国家社会はまだまだ未熟であり、先にそれら地下資源があることを現地部族や海外先進国が知ってしまった。そしてその地に住むいくつかの部族がルールが無いまま我先とそこに集まってしまったというのが現状です。このような状態が長く続けば続くほどこの国、いえ、この大陸全土が未発達のまま混乱を続ける事になります。」とため息をつく。再び機長はそれについて質問を続ける。
「それは政治の確立が出来ていない、更に言えば言い方が悪いが汚職などもはびこり政治で解決すべき問題の遅延を起こしているということだな?」
「確かにそう言った事はあるかもしれませんね?オフレコですが…でもそれは何処ででもですよ。ただそれだけではなく、当然各部族リーダーはそういった混乱を静めることも願い、動いているのも確かです。」まぁ、混乱が収まらなければ政治が働かない。ワルタガード氏の下側のアプローチもあるが、こういった上側からも必要なのだ。そしてそれを理解しているのは彼を含めこの国に係わる当事者全員なのだ。
「で、北西の偉大なるシャーマン殿が遥か南の出来事を感じ取ったのはどうしてですかね?」と、その機長の問いに当然答えるのがアラディア様だ。
「はぁ、真の愚か者だな?あれだけの力を持つ偉大なるシャーマン殿があんな脅威を感じない訳無かろう?あの方であればこの国だけでなくアフリカ大陸全土の精霊の力を感じ取るのは容易い事だ。」
「ふむ。で人間の力でそれだけ感知できるなら、それより遥かに力がある偉大なる魔女の女神様は以前から知っていて当然ですよね?」
「と、とっととっと、当然だ!私にわわ、分からぬ事等ない!」偉大なる魔女の女神様、声が動揺していますが…
「き、ききき貴様!また私をポンコツ扱いしただろう?!」もう隠せないよな?扱いではない、確定。残念だ。と思いながらここSID:AKNARで降下を開始し、VFRで低空偵察を開始する。IRST及び101KS-Nターゲティングポッド、そしてN036ベルカレーダーのルックダウンモードを起動させる。こんなモノでそんな得体のしれないモノを掴めるかどうか…MFDの右側にIRSTとターゲティングポッドの画像を、左側のMFDの左にレーダーの画像を表示し、後部席にも同じ画面を映させる。この辺りは標高が高く、探しモノに気が向き過ぎると地面と激突という可能性もあるのでこちらも注意しなければならない。最も飛行機には電波高度計と大気高度計がついており、この機も例外ではない。もし地面に近づき過ぎれば盛大に警報が鳴る。本音を言えば地上低空進入用の地形追従モードがあればより便利なのだが。
「アラディア様、何か見えそうですか?」とアラディアに訊いてみると
「うふふ?美しい景色ですね!観光旅行みたいです!うふふ!あ、これってまさか新婚旅…」とアラディアさんが楽しそうにしている。頭痛が痛い。アラディアさんに喜んでもらうのは嬉しいのだが、今飛んでる事態が緊急と仰ったのがそのアラディア様なので、なんというか緊張感が削がれた気分だ。現在位置はウペンバ湖上空。確かに美しい景色なのだが。
「アラディア様、真面目にやってください。」
「い、今のはアラディアの方だ!わ、私は真剣だぞ!!」と慌てて繕う。いえ、もういいです。どっちでもいいので早く見つけてください。余裕があったら観光飛行でもしますから。
「お、おお、オマエ、今フライトデートしてくれると思っただろ♡そ、そんなのでは、なな、無いのだからだからな?♡」と嬉し恥ずかしそうに言ってくれる。なんで筒抜けなんだかぁ…しかも最後のはオタクなホウコウが言っていたツンデレ…どんな属性だよ、全く。とその時だった。
「ん?確かにこの辺りは嫌な感じが強い。濁っている…まるでヘドロの様な感覚だ。気分が悪くなる。」
「そういうモノなんですか。やっぱりオレには何も感じられないな。」機長は言うものの、
「それは仕方の無い事。こういった感覚は持っているものが鍛えて養っていく事で感じるのだ。それより操縦とモニターに注意を払ってほしい。」先程とは違い、真剣味のある答えだった。
「分かった。」その声で機長も真剣さを取り戻す。
「しかしややこしいというか、判別しにくいというか。」
「どういうことです?」
「そこら中が大なり小なり嫌な歪さを感じる。先程のシャーマン殿の仰ったとおり、この地は昔から欲に塗れている様だな。そのせいで中心、つまり現世化の場所が掴みにくい。ただ南に行けば行くほど淀みが強くなってくる。」
「わかった。もう少し南下しよう。」航空管制へ南下の旨を伝える。
「キンシャサ航空管制(UIR:KINSHASA)、こちらPBA613便。現在ウペンバ湖上空、5000feetで飛行中。南下を続けます。」
「PBA613、こちらUIR:KINSHASA。了解しました。周囲航空機はいません。そのまま南下を続けてください。」
「UIR:KINSHASA、こちらPBA613便。了解しました、ありがとう。」
機長は左MFDの右側にあるチャート図を見る。このまま行くとルブンバシ国際空港(ICAO Code:FZQA)に向かう事になる。そこにヘリコプターの総責任者から無線が入る。
「PBA613便、総責任者です。カミナ空軍基地(ICAO Code:FZSA)まで後30分程度です。貴機の駐機準備とシャーマン殿を含めた皆さんの部屋の準備をします。それとそちらの現在位置を確認しました。やはりカタンガ州でしたか。」
「どういうことです?」と機長は聞く。
「カタンガ州はかつてはウラン鉱、現在は銅やコバルトの採掘地でその他にも色々な鉱物資源が豊富なのですが、当然紛争も起きている場所です。コンゴ動乱で多くの人が死にました。シャーマン殿が仰る通りこの地は怒りと憎しみ、悲しみで塗りこまれている事は間違いないでしょう。」なるほどと機長は思った。ワルタガード氏の一族がどれだけ無念だったかが少しだけ分かる気がした。ウランの販売、コンゴ動乱も含めてその利権で多くの人が死んだ。自分を責めても責め切れないだろう。もし彼がこの事を知って後部席に乗っていたらあの程度では済まなかっただろうし、アラディア様の必死さも分かるが、彼の執念だったら別の意味で必死のフライトになっていただろうなと考えていた。
暫く飛行を続けているとチャンガルル湖近く、SID:TUNOD。もう直ぐルブンバシ国際空港(FZQA)の管制圏が近づいてくる。機長はルブンバシ国際空港には着陸せず、フライパスする旨を伝える。
「FZQA、こちらPBA613便。当機は貴空港へは着陸せずルート変更の予定。回避ルートの指示をお願いします。」
「PBA613便、こちらFZQAです。フライパス了解しました。回避ルートは…」とその時アラディア様が
「機長、済まないが西の方角へ飛んでほしい。あっちに何かを感じる。」
「FZQA、こちらPBA613便。済まない、ルートを確認中。一寸待って下さい。」と機長は慌てて変更連絡を伝える。
「アラディア様、西ですか?」
「そっちで頼む。」
「分かりました。」と再びルブンバシ国際空港管制へ連絡を入れる。
「FZQA、こちらPBA613便。済みません、ルート変更です。現在位置TUNODより方位2-9-0、コウルェジ方面へ向かいます。回避ルートを指示ください。」
「PBA613便、こちらFZQA。分かりました。回避ルートはそのまま方位2-9-0へ向かってください。」
「FZQA、こちらPBA613便。指示ありがとう。方位2-9-0へ旋回します。良い一日を。」
「PBA613便、こちらFZQA。旋回了解しました。良い一日を。」その返答の直後に機長は6号機を方位2-9-0へ旋回する。良い一日…か…そうであればいいんだが、と機長は心の中で思った。
「機長、急に我儘を言って済まない。」とアラディア様が謝る。
「大丈夫ですよ。本便はアナタのタクシーです。どちらでも飛びますよ。」と機長は少し軽く答えた。恐らく今の指示は何かを掴んだのだろう。機長の操縦桿を握る手に少しだけ汗を感じた。確かにチャート図にはコルウェジ空港(ICAO code:FZQM)とあり、そっちに真っ直ぐ進んでいた。機長はその事を総責任者に伝える。左にはチャンガルル湖が見える。
「FZSA、こちらPBA613便。現在コルウェジ空港方面へ飛行中。アラディア様が何かを掴んだようです。」
「PBA613便、こちらFZSA。了解しました。やはりですか。」と総責任者が答えた。
「どういうことです?」
「コルウェジは銅とコバルトの採掘場があるところです。この辺りはカッパーベルトと呼ばれる銅算出帯です。」総責任者の声は少し沈んでいた。
「成程。富を生む場所ですね。」
「しかしそんな所にシャーマン殿が仰られるようなことが起こるとは…いや、もしこの世に現れるというのなら…大惨事になるのか?!」その言葉で機長はドキッとする。何が起こるか分からないが、そこにはICAOに登録されている空港がある。という事は比較的人が住んでいる、いやもしかしたらある程度の規模がある町かもしれない…しかしアラディア様が遮った。
「いや、待った。進路はそのままではないようだ。確かにその方角が強いのだが…イマイチ掴みきれない。余りにも歪さが酷過ぎて、その中心方向へ向かっているのだが、何となくずれているような気もする。取りあえず機長、このまま進んでほしい。」
「了解。」機長は一つ小さなため息をつく。彼女は真剣なのだが、機長には今の所何も出来ることはない。そのもどかしさでついレーダーのコンソールを弄って探索範囲を広げて見たり、自分もきょろきょろと見回し、同期しているIRSTで何か見えないか探してみてみた。そのままチャンガルル湖を過ぎようとした辺りだった。
「機長、再び済まないが少し南西へ行ってみてくれないか?」と再びアラディア様が頼んできた。
「了解。」再びUIR KINSHASAと、念の為ルブンバシ国際空港管制へ連絡を入れる。双方から許可が下りたので方位を2-5-0へ旋回する。またカミナ空軍基地へも方位変更を伝えた。飛んではみるもののルートマップではこちらに何もない為、MFDに普通の地図を表示させる。その方角にはやはり一つ町がある。
「リカシ?」その質問に再び総責任者から回答が来た。
「リカシも採掘町ですね。同じように銅、コバルト、そしてウランも採掘されています。こうなってくるとこの辺り全部がそのナニかではないかと疑ってしまいますよ。」その言葉には困惑が伝わってくる。理解しがたいものがいる、それが世界を破滅させる。しかし今は実態が分からない。だがシャーマン殿とアラディア様の意見は正しい。自分たちには現状出来ることが殆ど無い。となると見つかるまでヤキモキする事しか出来ない。しかも総責任者にとっては町のど真ん中に得体のしれないモノが出てきて大暴れをする、となったらどうすべきか?と心配しかないだろう。
「それよりまだ先だ。もっと先に感じる。機長、速度を上げられないか?」
「わかった。」再びUIR KINSHASAへ変更を伝える。今度は高度を上げて、速度もマッハまで上げる。
6号機は一気に高度30000feetまで上昇する。その時二人にかかるGは3以上。結構きつい。そのまま水平飛行に入りつつもミリタリー推力最大だけでなくアフターバーナーも最大まで吹かしている。後ろからアラディア様の呻き声が聞こえてきた。彼女にとってかなりきついのだろう。そしてあっという間にリカシの町を飛び越え、その先へ進む。急に機長は町がスーパーソニックに襲われているのでは?と心配したが実際に飛んだところはリカシの町の端のほうだった。恐らく騒音以外の被害はないだろう、と信じたい。
「どうやらあそこらしいな。」アラディア様の言葉の先には同じように採掘された場所があった。機長は地図で何処なのかを調べる。
「シンコロブエ鉱山…」機長は呟いた。
「シンコロブエ鉱山?」無線の向こうから総責任者の叫び声が入ってきた。
「どういう所なんですか?」
「そこは今は閉じている、かつてのウラン鉱採掘場です。今更なんであんな所に…盗掘でしょうか?」
「どうやら閉じていないようですよ。」と機長は返事をした。IRSTが赤外線による映像をMFDに映していた。ターゲティングポッドで撮影を開始する。MFDに映された画像には廃屋と、数台のトラックと三台の大型トレーラー。そして武装した人間が映っていた。
「ターゲティングポッドで数台のトラックと大型トレーラー、数人の武装集団を捉えました。画像をそちらに回します。」そう言いながら機長はコンソールを操作し、ヘリとカミナ基地にある筈のモニターに送信をする。
「やはり盗掘の類ですね。」と総責任者は判断した。
ズームアップをした時、機長は違和感を感じた。
「いや、何かおかしい。」機長は気付いた。彼ら武装集団は装備が統一されており、ジャケット類も比較的新型のモノに見えたからだ。トラックも所謂民間車両の改造車ではなく、れっきとした何処かの国の軍用トラック。そしてトレーラー三台から大型の戦闘車両が降ろされたのは二台は機関砲を装備した戦闘車両、後の一台はレーダーが装備された大口径機関砲とミサイルが装備された戦闘車両だった。それを見た瞬間、機長は身震いをする。
「やばい!対空戦闘車じゃないか!」反射的にECMコンソールを操作し、電子妨害を最大にかける。
「なんだ!?この連中は?!」と総責任者が叫ぶ。彼もただの武装盗掘集団ではないと気づいたらしい。同時にカミナ基地から無線が入る。
「魔女の女神殿!至急離脱だ!カミナ基地へ戻るんだ!対空ミサイルの餌食になるぞ!」
「言われなくっても!」と回避旋回をしようとした瞬間だった。
「機長、済まない!もう少しこの場に留まって欲しい!」とアラディア様が叫びながら懇願をする。
「無茶言わないでください!ミサイルを喰らったら一間の終わりですよ!!」と機長は反対をする。
「もう少しでアレが現れるんだ!」とアラディア様も反発する。その時だった。6号機のミサイルアラートがコックピット内に響き渡る。
「くそ!」機長は反射的にミサイル欺瞞のチャフとフレアを散布する。更に推力を絞り急旋回降下を始める。後はECMの効果が発揮されることを祈るだけだ。その甲斐があったのか、なんとかミサイルに被弾せず回避できたようだ。降下旋回をしたものの、まだ機体の速度は十分速いので、今から全速力で撤退すれば安全圏へ離脱できる。しかし…
「アラディア様、離脱は出来ないんですか?!」
「もう間もなく現れる。これを確認出来なければここへ来た意味が無い!」
「どの位で出てくるんです?!」
「一分も無い!」アラディア様にとっては短い時間でも、戦闘における一分は十分に長い。それだけの時間があれば再び対空車両からミサイルが飛んでくるだろう。それだけではない。もしかしたら携帯式対空ミサイルを持っている者もいるかもしれない。再びコクピット内にミサイル警報が鳴りだす。機長は反射的にミサイル欺瞞散布スイッチを押そうとしたその時だった。機内で聞こえる対空車両のレーダー照射の音が乱れ始めた。また6号機のレーダー画面の表示も乱れている。
「どうやら出てきたようだ…」とアラディア様は呟いた。少し離れた坑道から何か濁った光沢を持つ金属の色のような、それとも黒に近いような紫のような、気体か液体か粉体か分からないもやもやしたものがモクモクと湧いて出ている。それも大量にどんどん量を増して、直ぐに火山の噴火の如く爆発するように噴き出した。それは一気に高く噴き上がり、危うく6号機がその中に飛び込みそうになった。
「こいつが…」と機長はぞっとしながらそれを見ていた。その間にも機体をコントロールし、IRSTとターゲティングポッドで映像を収集する。
「いや、これはまだ序の口だろう。更に噴き出した後、今度はこの世界で活動しやすい形に変化していくはずだ。」アラディア様のその呟きを聞いた時、機長は急にハッと気づく。下にいた連中はどうなったのか?彼らが居た所を見つけるとそこは…
「人間を包んでいる?いや喰っているのか?」
「あれは取り込まれているんだ。」よく見ると喰われるというより霧が晴れるように人間の輪郭が拡散して消えていくようだった。そしてその周りに在った機械類、道具、武器、車両も同様に消えていく。このままこの場に留まっていたら6号機も、そしてアラディア様もアレに取り込まれてしまうかもしれない。一刻も早く離れた方が良いと、常に危険に敏感な機長の勘が告げる。
「アラディア様、離脱しましょう!こっちも飲み込まれたらマズイ!」と機長は叫ぶが
「もう少しだけ映像を取っておきたい!頼む!」と懇願される。そう言われてもと思うが、その瞬間、ソレがこちらに手を伸ばすが如く素早くやってくる。機長は反射的に操縦桿を引きスロットルを開けて旋回回避をする。
「今の見たでしょ?!このままじゃ冗談抜きで取り込まれる!」流石の機長もこれには敵わないと思った。対空車両などの現代兵器は散々お相手したが、得体のしれないモノではどう対応したらいいのか分からない。それは未知からくる当然の恐怖だ。
「…仕方ない!」とアラディア様もやっと同意をした。ただこのままでは情報が足りないと機長も思ったので遠くからデータを収集するよう提案をした。
「レーダーは表示がめちゃくちゃで全くのダメダメですが、IRSTとターゲティングポッドで撮影できそうなのでギリギリまで離れて、そこでデータ収集をしましょう。」
「わかった…しかし機長…」
「?」
「何で最初からそうしなかったのだ?」とアラディア様が不満げに聞いてくる。アンタが行けって言ったから行ったんだが…
「あ、オマエ。私を非難するような事を考えていただろう!」なんで分かるんだよ。その勘の良さはもっと早くに別の所で活かして欲しかったんだけどな。
10km以上その場から離れて更に高高度から各センサーでデータを収集する。気になるのがIRSTの画面はやたら明るく、ターゲティングポッドの画像にはあちらこちらにチカチカと光が点滅していた。
「まさかこれって放射線のノイズじゃないよな?」と機長は祈りながら呟いた。その画像を見た総責任者達はそれを否定してくれた。彼らは以前チェルノブイリの映像を見たことがあり、その画面には光の点滅ノイズが映っていたという。
「そんなモノがこんなところまで届くのかよ…フライトスーツで遮断しきれているのか?」と機長は呟いた。フライトスーツは高空を飛ぶために宇宙からの放射線を防ぐよう作られている筈だが、放射性物質の塊を直前に見てしまった後だとどうしても心配してしまう。
30分程度だろうか?黙々と機体のセンサー類は映像とデータを取り続ける。ソレの噴き出す量は時間が経過すればするほどどんどん出て、止まる気配がまるで見られない。IRSTの映像は相変わらず明るいが、断端と輝度の差が出てくるようになった。一番明るい所は当然かなりの熱を持つ、ということだ。さらに高度を15000feetまで上げる。すると眼下にその霧というか煙というかはある方向、よく見ると2つの方向へ伸びているのが見え始めた。
「なんだ?なんであんな風に伸びているんだ?」と機長は疑問に思った。
伸びている方角は一つが完全に北へ、もう一つは北東へ伸び始めている。
「欲望…そして恨み哀しみ憎しみへの方角だ…」ボソッとアラディア様が答えた。
「欲望?憎しみ?」
「そうだ、機長。アレはそういった感情の強い方角へ引っ張られながら伸びているんだ。」と冷徹にアラディア様が答えた。
「それらの方角に何が?」機長は更に質問を重ねる。
「我々がやってきたのは遥か北だったな?どういう意味か分かるか?」
「ヨーロッパってことですか?」
「そう、あの辺りの経済からくる欲望へ引っ張られているんだ…」
「じゃ北東は?」最後の質問だった。
「ワルタガード氏や個々の産物が何かを踏まえて答えてみよ」その言葉に機長も気づく。
「日本、原爆…」
「そう、その憎しみ、悲しみ、恨み、絶望…。昇華しきれない残留した想いへアレが向かって行ってるんだ。」少し哀し気にアラディア様が答えた。再度機長がソレに目をやると、まるでおぞましいナニカが本当に手を伸ばしているように見え始めた。
「あれを放置するわけには絶対にいかない。なんとしてでもそれらの想い、つまり憑りついた負の感情を昇華させ、本来居るべき世界へ届けねばならない…」自身に言い聞かせるようにアラディア様は小声で宣言をした。
「分かりました。アラディア様、とりあえずデータはある程度取り終えたと思います。一度カミナ空軍基地へ行って方針を考えましょう。まずはそこからです。」
「機長、そうしよう。」その答えを聞いて機長は6号機の機種をカミナ基地へ向ける。機長の勘は告げていた。今まで出会った事のない脅威だが、アレを放っておけば色々なモノが危険に晒される、いや失われる。消される。アレがあの人の苦悩そのものだとしたら…それを目の当たりにした機長は心に誓った。ありとあらゆる手段を使ってでも何とかしてみせる。ワルタガード氏の苦悩を少しでも取り除いてやると。
後編へ続きます いつか(笑)
今回は急遽前後編に分けました。
書いていて驚いたのが、たかだかアラディア様の御神託でバケモノ退治だけの話が、チェックしたら現時点で6万字超え。
クラっときました。いやおかしい、単純な話なのにこのままだと10万字近くになりそう。一寸絶望感入りました。まぁそれ以外にも実生活でやることがあったので少し止めていたのですが、ESN大賞ってタグ付けたなーと気付き、とりあえず前後編に分けて前編だけ投稿しないと格好憑かないなと思った次第です。
でもほんと悩みました。得体の知れないバケモノを分からないのにどうやって表すか、ここはすごく悩みました。まだ悩んでいます。材質とか意図とかは予め決めてあったのですが、どんな外観なのかなんて得体の知れないバケモノを創造しろとしてもなぁ…
その得体の知れないバケモノ退治を後編で始める訳ですが、どうなることやらです。
それとアラディア様のヘンタイ的好意とアラディア様のポンコツは治るのか?絶望なのか?!
ちゃんとシリアスになるのかも心配です。
それと一番無念なのが実際のコンゴ民主共和国の現状、つまり現地の疫病であるエボラ出血熱とWHOの方々の努力、そして現地部族の衝突とそれの被害者である難民の皆さまについてフォーカスしてピックアップできなかった事です。Webでしか知る事が出来ず、実生活も苦しいので募金なんてしたくてもできない自分が悔しいです。