はひふ弁当
店が忙しいであろう時間を避けてはひふ弁当に通った。
一時すぎと五時頃。
商店街の東寄りにある間口二間ほどの小さなはひふ弁当は七時に閉店する。
その三十分前からは並んでいる弁当のみの販売になる。
そしてその弁当は二割引き。
それを狙う人が多いみたいだけど、タイミングによっては完売で買えない可能性がある。
そして値引き額された弁当にはサービス券が出ない。
サービス券はお弁当一個につき一枚もらえる。
それを十枚集めるとお会計から百円引きになる。
あの子を見た次の週の月曜日の一時ごろはひふ弁当に行ったら「わっ、ほんとに来たー!」と女の子は笑った。
いつもは注文じゃなく道路に面して置いてある長机の上に出ている弁当をさっと買って帰るんだけど、今日は注文して作ってもらった。
「唐揚げ弁当お願いします」
「はい、唐揚げ弁当一つですね」
カウンターの向こうの女の子は復唱の後、後ろの調理場に注文を通す。
幸い他に客がいなかったので、話しかける。
「ねえ、杏奈ちゃんっていくつ?」
「23」と彼女が答えたところで店の電話が鳴る。
彼女が応対している間に弁当が出来上がりおばちゃんが「480円になります」とレジを打った。
ん、微妙に似てるかな?おばちゃん、彼女に。
金を払って弁当とサービス券一枚を受け取った。
彼女はまだ電話応対している。
…もう少し話したかったような気がするけど、まっいいか、とりあえずサービス券1枚ゲットしたし。
児童公園の前の道で赤ちゃんを抱いた若い母親にチラッと見られて俺は鼻歌歌ってる自分に気づいた。
ウソ、鼻歌なんて歌うの何年ぶり?
なーんか楽しいな。
メリハリのない日常にささやかな目標ができた。
目標クリアすれば、謎が解ける。
…まあどうでもいい謎だけど。
俺はこの時ちょっとした娯楽を手にした気がしていた。
一日目の昼は唐揚げ弁当、夜はおまかせ弁当。
二日目の昼は野菜炒め弁当、夜は中華丼。
三日目の昼は幕の内、夜は唐揚げ弁当。
「木月さん、飽きませんか?」
女の子は三日目の夕飯を買いに行ったとき呆れて言った。
んーどっちかって言うと一日二回ここに通うのが少しめんどくさい。
往復一キロ×2。
俺、もやしっ子だから。
サービス券は六枚たまった。
一回行く度に一つの質問に答えてもらって6つほどの情報を得た。
年は23歳。
あの店の女将さんの姪っ子。
住み込みで働いている。
名字は山崎。
伊豆の伊東出身。
高校を出てすぐこの店に就職。
俺はこのゲーム感覚で弁当屋に通う面白さを誰かにおすそ分けしたくなった。
コンちゃんと紗綾のグループ会話アプリで報告する。
今、こんなことしてるんだと。
紗綾「ふーん佐太郎くんその子のことが好きなんだ」
佐太郎「違う違う、単なる好奇心」
紗綾「でも、その子のために労力使ってるよね? そういうの、脳が勘違いするらしいよ?
こんなにこの人のために一生懸命行動するのは好きだからだって」
佐太郎「大丈夫大丈夫、全然好みじゃないしあの子彼氏持ちだから」
コンちゃん「そーゆーの好きになるのが一番辛いゾ?」
…
なんかコンちゃんらしくない発言。
女子みたい。ぷっ。
月曜から通い始めて一日に二枚サービス券をケットし、金曜には十枚集め終えるはずだった。
けどそうは問屋が卸さなかった。
今日は土曜だけどサービス券は六枚のまま。
それはなぜかと言いますと…
水曜の夜、熱が出た。
木曜も下がらなかったので夕方病院行ったらインフルエンザだって。
インフルエンザの薬をその場で吸って熱は割りとすぐ下がったけど5日間は外出を禁止されている。
だからはひふ弁当にいけない。
ま、いいや。
正直にちょっと弁当に飽きてきていたところだから。
中休み中休み。
熱がなきゃ絵も普通に描ける。
小学生向けの哲学書、『どーでもいいじゃんそんなこと』の一巻分は仕上げて編集部にOKもらってある。
二巻の締切はもう少し先。
タウン誌の習い事体験の記事に合わせたイラストはボリュームが少ないから微熱があっても全然こなせる。
サラサラっと仕上げてしまおう。
このタウン誌のイラストは自分自身で取った仕事だ。
たまたま飲みに行ったバーでタウン誌作ってる会社の人たちと一緒になって、すこし話していたらそこの社長に気に入られた。
イラストレーターだって言いながら紙ナプキンにチョロチョロっと女の子のイラストを描いたら、安くて良ければ使ってくれるって話の流れになった。
月に二回発行のタウン誌の記事に合わせて描くイラストはワンカット1500円。
つまり月の売上三千円。
それでもコンちゃんは使ってもらえることをありがたく思って手を抜くなよ佐太郎、って言ったっけ。
…
うん、やっぱり完全にインフルエンザが治ってから、ホットヨガやってる女の子のイラスト描をくことにしよう。