恵子
俺は唐揚げ弁当を買ってコンビニを出た。
鶏唐食べたくなったのはあの子から揚物の油の匂いがしていたからだ。
家に帰るか道すがらなにやらイライラしている自分に気づく。
なんだろう…なんだか気分が悪い。
恵子のこと、思い出してしまったからかな。
お弁当屋の女の子の彼氏が、なんとなく恵子の乗り換えた男と重なった。
高給取りの商社マンに。
見たことないけど多分あんな感じじゃないかな。
髪にワックスつけて上手に毛先遊ばせて、姿勢よくなんでもモノを真正面から見据えるようなやつ。
そういえば恵子が別れを切り出したのもこんな寒い夜だったな。
「佐太郎くん、悪いんだけど別れてもらえるかな…」
お、お…
急…だな…
それとも別れの予兆、自分が見逃してたいただけなのか?
「はあ、まあいいけど…
一応理由だけ聞いていいかな?後々気になるのも嫌なんで」
「義理で行った合コンで知り合った人と付き合うことになったの」
へえ…
正直な告白。
ちなみにその話をした場所は俺の部屋。
ここんとこあんまり会えなくてごめんな、珍しく仕事が混んでたものだから…なんて言いながら肩を抱き寄せたとき。
「佐太郎くんのこと好きだけど…先々のこと…結婚とか考えるとやっぱり普通のサラリーマンと付き合うのがいいのかなと思って」
…友達に彼氏イラストレーターって言うとわっ素敵〜いいな〜って言われるよってよく言ってたよな、お前。
彼氏には良くても、結婚となるとイラストレーターは素敵から不安定って評価になっちゃうんだ。
フリーランスだもんな、俺。
恵子の頭の回転の速さとさっぱりした性格が気に入っていたんだけど。
あときれいな横顔。
「私、佐太郎くんのヒョロっとした体型と力の抜けた雰囲気が大好きだった」
「それはどうも」
「まあ…ほんとはちょっと引き止めてほしいところもあったんだけどね、やっぱりサクッと承諾したね…」
去るものは追わずが信条なもんで悪しからず。
逃げる女追いかけるほど体力ないんで、自分。
「薄いな…気持ちも…」
?なんか俺が責められてる気がする。
なぜ。
オタクでしょ、別れたいのは…
彼女との別れは今から三年前、俺が27歳、恵子が26歳のときのこと。
ちょうど付き合ってそろそろ二年経つかなって頃だったかな。
どこかの誰かの説によると愛は四年で終わるんだっけ?
そうだとしたら多分放物線的には頂点を目指して上昇中のころ。
…もしくは頂点。
そのときは、ま、こういうこともあるさと軽く流した。
それまでにだって何人かの女の子と付き合ってきたし…ってことは同じ数だけ別れてたわけだし、その数が増えただけさと。
けれど、傷はあとから膿んでじくじく痛んだ。
分析するに、恵子と別れたことに傷ついてるんじゃなくて、ほかの男と比べられて選ばれなかったことに傷ついたような気がしてならない。
高給取りの商社マンと天秤にかけられて負けたフリーランスの俺。
そんな卑屈な思考が自分の中にあったとは驚きだけど。
あのお弁当屋の子の彼氏が見たことのない俺に勝った男を思い出させて、薄いプライドをすっと逆撫でしていった。
うーん、もしかしたら昨日泣いている姿を目にしてからあの子は俺の仮想彼女になっていたのかもしれない。
ほんと、女の涙に弱いからな、俺。
過去の出来事がそれを証明している。
火事場泥棒的恋愛のスペシャリストと俺のことを評したのは、専門学校のときのいっこ上の先輩、麻雀仲間の上野さんだっけ。
失恋した女の子の泣き言や相談受けているうちにそういう仲になってしまうことが続いたんで、そんな風に言われちゃったんだよね。
その間延びした顔が女を安心させ、色気のあるその大きな手が女の心をつかむんだな、なんて同級生の友人には感心されたりして。
間延びした顔って表現されたことに、そいつのやっかみのようなものを感じたりした。
ふっ、お前が思うほどは俺はモテないよ。
需要と供給。
女の涙に弱い男の元には泣きたい女が寄ってくる。
ただそれだけのこと。
あの子も…
そのうちの一人かと思ったんだけど。
現役の彼氏がいるんじゃあなぁ…
しかもお弁当屋の女の子のお相手はイケメンスーツ男。
もう一度あーゆのに負けたら俺、スーツ着た男が益々嫌いになっちゃうよ。
ブッブッ。
そんなことを考え弁当の入ったレジ袋を振りならがら部屋に向かい、児童公園の脇を歩いているときにズボンのポケットのスマホが二回小さく震えた。
通信アプリの着信。
女友達のコンちゃんからだ。
「ねー週末空いてる?
親から大量の缶詰と地元の酒送られて来た〜
紗綾呼んで缶詰パーティーやる予定。
あんたも来る?
あ、そうそう恵子結婚するらしいよ〜」