逃げてられない
ひとしきり話をして紗綾と別れた。
「紗綾…年に二回くらいコンちゃんの様子を知らせて?」
別れ際こんなことを言ったら
「いや、謝って友達に戻りなよ。アンタらいいコンビじゃん」って言われた。
無理な気がする。
いや、無理じゃないかもしれないけど時間かかりそう。
あーいや、やっぱ無理だわ。
それにしても…
自分を傷つけるものはうんと遠くに投げ捨てなければ安心して生きていけないのに…
年に二回くらい様子をって…
まあ、年に二回くらいなら多少傷ついてもいいんじゃない?
今以上に傷つくことはないだろうし。
それにしても未だに気持ち悪い。
俺がコンちゃんを好きだなんて。
ほんと…あの二人組はとんでもないことを俺に気づかせてくれたよ…
…あの夜、肉まん買いに行くんじゃなかった…
あの子に関わるんじゃなかった…
あの子小悪魔じゃなくって悪魔だったな、俺にとって。
不都合な真実を告げる。
おかげで俺はもう後戻りできない橋を渡ってしまった…
紗綾と別れて家に帰る道すがら、いろんな事を考えた。
空に浮かぶ月を見ては考え、すれ違う人のペラペラの服を見ては考え、鉄橋の下を走る電車を見ては考え…
ほんとにいろんなことを。
そしてその末に決意した。
ほんとはもっと早くにそうしなければならなかったであろうことを。
翌日、電話で編集者の高野さんにエッセイ漫画を断った。
そしたら訳を聞かれた。
だから自分の隠れパラサイトぶりを正直に話した。
おしゃれ男子どころか、大人になりそこねた甘ちゃんなのだ、自分はと。
むしろなんかみっともない男子。
そしたら高野さんはじゃあそれを書いてといってきた。
そっちの方がむしろ需要があるかも。
今そういう人多いから、女性、男性問わすと言われる。
ひえ〜世間様に自分の恥を大声で晒すようなことはできないよと言ったんだけど、食い下がられた。
堪忍してよ…と思ったけれど、仕事のパイプ失いたくなかったので、一度一緒に食事することだけは了承した。
この仕事は断るけど、できれば他の仕事は回してもらいたいと思って。
『どーでもいいじゃんそんなこと』はシリーズ三巻で完結した。
つまり俺の本の挿絵の仕事は終わっていたので。
あと親父にも連絡。
今まで付き合いのあるところは引き続きパンフレットのデザインやイラストやらせてもらうけど新規は紹介してくれなくていいよ、自分で営業かけて仕事探すから…と。
親父はサクッと分かった、と言った。
さて、最後に言いにくいことを言いにくい人に言うことが残った。
言いにくいのは、あれこれ詮索してくるのがわかっているからだ、母親が。
いや、別にたいしたことじゃないんだけど。
ただ引っ越ししたいってことなんで。
俺の決意なんて大げさに言うほどのことじゃないよ?
自分の収入に見合った暮らしをしようと思っただけなんだから。
つまり、自立?
うほほ。
いや〜人の恋バナは面白い。
こんなこと言うと佐太郎くんには悪いけど…
失恋話は特に。
しかしあれは自業自得だね?
佐太郎くんってもしかしてコンちゃんも自分のことが好きだったんじゃないか…とは思ったことはないのかね?
もしそうだったとしたら、自分はコンちゃんを傷つけてきたな〜とか。
だってコンちゃんの友達に手を出したり、若い女の子追いかけ回したりしてるのを実況中継したり。
男って自分の傷には敏感だけど、人の傷には鈍感だからね。
まっ、コンちゃんが佐太郎くんを好きっていうのはありえない話だけど。絶対。ははは。
あの人見た目はまあまあだけどなんか根の無い感じだもんねえ…
まあ、そういう男が好きな女も多いけどね、この世には。
私は無理だなあーゆータイプ。
人柄はいいと思うけど…
友人としてだから付き合える感じかな。
コンちゃんもきっとそうだと思う。
おっと佐太郎くんを嘲笑ってる場合じゃないな。
私もコンちゃんに捨てられないようにしなきゃ。
あの人最近大相撲に興味を持ち始めているから…
先回りして私も相撲部屋の朝練とか見に行っておくか…
コンちゃんがロードレースに飽きて趣味を乗り換えたとき、わー、私も相撲好きで相撲部屋に見学とか行ったことあるんだよー。じゃ今度は一緒に力士の追っかけしようよとか言えるように。




