紗綾の推測
「こんなことを考えるのはコンちゃんに失礼だってわかってる。
でも、私、ちょっと疑ってることがあるんだよ」
紗綾は皿の中のパスタをフォークに巻き付けながらそう言った。
そしてパスタを口に運ぶことなくずっと皿の上でくくるくる回し続けている。
何かを言いあぐねている感じ。
「なに?言いなよ」
「なんか…餌を撒かれたんじゃないかな…」
「え?」
「いや、社長に。
付き合ったらTシャツのデザインをさせてやるとか、販促のイラスト描かせてやるとか…」
「…」
「もしそうだったらがっかりだよ。権力や利益に屈した邪なコンちゃんなんてコンちゃんじゃないよ…」
俺は紗綾の言葉にあの日魔窟に散らばっていたスケッチブックを思い出していた。
紗綾もコンちゃんの部屋であれを見てるだろう。
でも…
「ふ…」
「何がおかしい?佐太郎くん」
「いや、俺たちって自分が作り上げたコンちゃん像が大好きだったんだなと思って」
「う…」
「紗綾、安心しな。
コンちゃんはそんな理由で男と付き合ったりしない。それだけはわかる。
多分コンちゃんは…社長のことが好きになったんだろ?
ただそれだけだと思う。
もしかして、コンちゃんは今後Tシャツのデザインを担当したりするかもしれないけど…それは結果であって目的ではないと思うよ…」
「わ〜ん!佐太郎くん、そんな悲しげな顔で言わないで〜」
そう叫んだ紗綾に俺は偶然お弁当屋の女の子に会った日のことを順を追って話した。
上野の美術館行ったところからコンちゃんのアパートの階段を駆け下りたところまで。
「…佐太郎くん…泣いていいよ?」と優しく声をかけられる。
一瞬笑いたくなった。
これ、俺が散々女の子にかけてきた言葉と一緒。
うん…紗綾は俺がコンちゃんを好きだって察してたのかな…?
「はは、それは家に帰ってからにする。
なあ、紗綾この世の中って絶対なんかないんだな。
俺はコンちゃんは絶対男を好きにならないと思ってた。
当然俺のことも好きにならないと思ってた。
だから無意識に諦めていろんな子とプチ恋愛してきた。
基本女の子好きだし。
でも女も馬鹿じゃないよな?
どこか気持ちのベクトルが自分だけに向けられているわけじゃないことを察するよな。だから長続きしなかったんだろうな、誰と付き合っても」
恵子との別れの原因は俺の生活力の無さじゃなく、薄い気持ちだったんじゃないだろうかと、今になってやっと思い至る。
恵子もきっと薄々気づいていたんじゃないかな。
自分も気づいてなかった俺の気持ちの散らかりを。でもそれを問いたださなかった。
それは俺に対する気づかいというか、あいつの思いやり。
はぁ…なにがイラストレーターは観察力と洞察力が命…だ。
いろんなことが全然わかってなかったじゃん、俺。
ごめん、恵子。
お前の結婚相手をディスったりして。
ふくよかで優しそうな商社マンと幸せに仲良く暮らしてくれ。
俺、今心の底からお前の幸せを祈るよ。




