月食の蛇
私が愛したのは、あのお方。
すらりと伸びた白い指、
その手で私の髪をかき上げて、
私の額にキスをしてくれました。
夜になるといつも私の布団の横に座り
私の名前を呼び続けてくれましたね。
そのおかげで不眠症になったりもしましたけどね(笑)
あなたが蛇の化身だと気づいたのは、
あの凍てつく冬の夜でしたね。
いつも満月の夜に訪ねてきてくれたあなたの
魔法の種は月の光だったのですね。
あの日あなたは知っていたのでしょう?
だから私を夜の公園へと誘ってくれた。
2人っきり。
誰もいない寒風吹き荒ぶ公園で、
シーソーをして私の方が重かったり、
滑り台を滑るとき、
あなたが腹這いなのに驚いてしまったり、
ブランコ2人で並んで漕いで、
あなたは上手に漕げなくて、
なにをやっても器用そうな
整ったあなたの顔が、
悔しげに歪むのが、
ちょっとおかしかった。
ほら、私って、蛇みたいな心もってるでしょ?
そして、
日が変わるか変わらないかの頃かな、
見上げると
真っ白なまん丸な満月が夜空にはあった。
あなたがなんだかとても悲しそうに、
その満月を見上げていると、
満月は、漆黒の暗闇に侵されていく。
ああ、それが月食なんだと気づき、
私は、
みるみる月が
小さくなっていっているさまを眺めていた。
かすかなうめき声を聞いたような気がして、
あなたの方を見やると、
あなたは苦悶の表情のまま、
私と目が合うとにっこり笑ってくれて、
なぜか、うしろの風景が、そのカラダごしにみえた。
あなたったら、半透明になっていた。
そしておそらく月がすべて隠れた頃、
私の目の前にいたあなたは、
1本の白い横笛を地面に残して
その身をすっかり消してしまっていた。
何故かそれをすんなり納得した私は、
次に起こるであろうことを想像しながら、
月のあった場所あたりを見上げる。
真っ黒な円から、
ガラスの破片のような小さな光を漏れ、
その光が三日月になり、
そして徐々に徐々に満月へと戻っていく。
再び冬の夜空に、
真っ白な光輝く満月が現れた、
私は、彼女が残していった
1本の白い笛に目をやる。
するとそこには笛はなく、
1匹の白い蛇が身をよじらせながら
私から遠ざかろうとしていた。
私はそれを目で追いながら
いっそ私も蛇になりたい、と
願ってしまうのだった。
私が愛したのは、このお方、
いま、私を置き去りに、
闇の世界へ帰って行こうとしている、
冷たそうで、ほんとうは優しい
爛熟の蛇。
私はそれを目で追いながら
いっそ私も蛇になりたい、と
願ってしまうのだ。




