1話
暗殺集団「demonforce」のリーダー、ルーカス・オーウェンはデトロイトの小さなホステルに泊まっていた。ごくありふれているホステルだった。こんなホステル何百回も来たことがある。身長は178センチで決して特別大きい訳でもないが、天井に頭が着きそうなくらい低い。部屋についてる電球は薄暗く、電気の配線も剥き出しだった。薄い壁には隣の音が丸聞こえで薄汚れたシミがついていた。カーペットやシーツは目立った汚れはないものの、長らくクリーニングされてないようだ。きっと、石鹸も小さくシャンプーも安物だろう。エアコンの効きは悪く、蒸し蒸しとした暑さだけが残っていた。
予想を裏切る物など一つもない。
それでも、気は重いままだ。
気分を変えるため、ホステルのキーを持って外に出ようとした時、携帯電話の着信音が鳴った。
「用件は?」
オーウェンは声を低く出来るだけ手短に言った。いつ何時敵が監視していたり、襲ってくるか分からない。
「殺しの依頼だ」
相手の声は小さかったが、図太くよく響いた。オーウェンはこの時、この声が本能的に嫌いだと認識した。
「標的は?」
オーウェンはこの男が誰なのか想像がつかなかった。ただ、只者ではないオーラを電話越しに感じ取った。
「ペドロ・バランディンを殺してほしい」
相手の声がより一層険しくなる。ペドロ・バランディンとはメキシコのサステカス州を拠点とする麻薬カルテル「サステカス・カルテル」の最高幹部だ。バランディンを敵に回すなど、一般市民でないことは明らかだ。オーウェンはこの男がサステカス・カルテルの敵対組織の者だと確信した。
「額は?」
だいたい、二億ぐらいだろう、オーウェンはそう思った。
「百五十億だ」
相手は倍額以上を報酬としてかけた。麻薬王にそこまでの強さがあるのか、オーウェンは若干疑問だった。
「了解した。ところで、お前はバランディンとどういう関係だったんだ?」
「俺の組織とあいつの組織は対立している。俺は、『ロス・サラガ』の最高幹部ミチェル・セグラだ」
やはり、予想通りだったとオーウェンは思った。彼は、短く、こう言った。
「メキシコのサン・ルイス・ポトスのプラザ・デル・カーメンという教会の裏に俺の隠れ家がある。そこで額の代金を支払う」
生憎、今はオーウェンの仲間はここにはいない。皆各地を転々としている。暗殺依頼が来た時だけ全員が集合。後は、全員バラバラに過ごす。その方が、暗殺した後も目立たず足がつかなくて済む。
「分かった」
彼は、最後に低い声を更に低くして言った。
「失敗すれば、お前らの命はない」
こんなことを言われるのは案の定分かっていた。カルテルの抗争ではこんなこと日常茶飯事だろう。そのことを踏まえオーウェンは言った。
「demonforceに失敗という文字はない」
と。その瞬間、電話は切れた。




