王への謁見
王都中央には人だかりがあった。
露店に並ぶ店々では、次々と物々交換が為されている。
「タツヤとやら、人通りが多いからきちんとマリーを見ておいてくれ。コイツすぐどっか行っちまうんだよ」
「は、はぁ……」
王都自体はエイルズウェルトともそう違いはない。露店もまばらで、お世辞にも文明的に発展しているとは言い難い町並みだった。
マリーは手に持っていた結晶のようなものを店の主に提示している。
「これ、魔法結晶なのです。そこの海魚を5尾もらえますか?」
その、万人を殺してしまうかのような可愛げのある声に店主はメロメロ状態だった。
「おつかいかな? 賢いお嬢ちゃんだね。ほら、サービスしてあげようじゃないか」
「ありがとーございます!」
マリーは店主から魚を受け取ったに、アステルの後を追う。
「――にしても……」
ふと、俺は空を見上げる。
先ほどの鳥達の異変が嘘のように、青く晴れ渡っていた。
ここはエイルズウェルトのような防御術式の設備はないようだ。
今まで見た都市があると言えば、北方都市ルクシア、そして中央都市エイルズウェルトだけなのだが――。
考えている中で、アステルさんは口を開く。
「そういえば、この中央都市グレイスもそろそろ王朝が開かれて長い。国王もまだ在位二年の若王だが、俺たちが仕えるにふさわしい人物ではあるぞ」
「へぇ……。じゃあ、アステルさんも王国仕えの人間――ってことなんですか?」
「一応な。下っ端の下っ端みたいなもんだが」
そんな世間話をしている間にも、辿り着いたのは大理石に囲まれた大きな建物。
「ここが王宮だ。マリー。手土産はあるな?」
「もちろん!」
他が木造や、藁などで象られた家々が立ち並ぶ中で、ただ一つ異質な雰囲気を漂わせるその建物内に、慣れた様子で入っていくアステルさん。
俺はマリーと顔を合わせてその後ろを追う。
門兵が、俺たちを見かけると背筋を伸ばして敬礼のポーズを示した。
「そんな堅くなるなっての……っはっはっは」
そんな門兵の肩をぽんぽんと叩き、豪快に笑い飛ばしながら王宮内を闊歩するアステルさんは、明らかに下っ端ではない雰囲気を漂わせていた。
○○○
「――と、いうことです。通常らしからぬ野生動物の動きは、我々が今まで見たことも無い大規模な逃亡にも似たものを感じました」
王宮の間で、片膝をつくのはアステルさん。その両隣にはそれぞれ俺、マリーが同じく頭を垂れていた。
というか俺なんでこんなとこいるんだ……?
場違いだ……絶対に場違いだろこれ……!
王の名はグレイス。銀色の髪をショートカットにした人当たりの良さそうな好青年は、どこか俺の知っている王様とは桁違いに人望に厚そうな表情をしている。
「して、アステル。そこの幼子……マリーは知っているが……」
「はっ。何年か前に森で遭難していたのです。なんでも、エルフ族の末裔だそうで……。件の話、考えては下さいませんかな?」
「むぅ……かといって、幼女を王宮仕えとするのも考えものだぞ?」
「当分は私の補佐とするつもりです。こう見えて腕も、学も立ちますのでな。何しろこれから先この子は必ず必要な戦力となりましょう」
グレイス王は苦笑いを浮かべながらも、「まぁ、考えておくよ」と呟いて俺の方を見た。
「もう一人の青年は見たことがないな。また拾ってきたのか?」
「はっ、マリーと森を散策していた際に倒れておりましたので、保護致した次第です。名はタツヤ、出自は『エイルズウェルト』と言うそうですが、私は聞いたことはありません。いかんせん、情報量の少ない田舎暮らしですので、王都グレイスにて何らかの情報収集を出来れば――と思って同行させております」
「ふむ――して、タツヤとやら」
好青年の王様は、俺を見る。
「悪いな。私もその、『エイルズウェルト』とやらは聞いたことがない……。だが、ここは隣国にも多少は繋がってはいるし、各地の商人達も足繁く通う場所ではある。アステルの所にいるならば好都合だな。私がエイルズウェルトのことについて聞いたら、アステルを通してあなたに伝えよう」
「あ、ありがとうございますっ!!」
な、なんていい人なんだ!
これこそがまさに王の姿ではなかろうか。といってもこんなにいい王様も滅多にいないだろうけど――。
「ところで先ほどから気になってはいたのだが、そこに提げているのはなんだ? じゃらじゃら鳴っているところを見ると――何かの金属か?」
そう問うてくるのはグレイス王。
そう言えば……と思い返してみると、マリーと店主を見ていたときも物々交換でしか無かったな。なんてことを思いつつ、俺は懐から金を出す。
ルーナから取り上げた日本の金だ。エイルズウェルトの金を持ってくれば良かったが、あいにくそんな暇はなかったし……ルーナの爆弾発言で一気に俺の立場が危うくなったからなぁ――。
「ほーほー……ほーほー……」
踊り出るように眺めてくるグレイス王。興味は津々だった。
五百円玉と、百円玉三枚……あとは、ギザ十と一円玉が四枚。
「お金ってやつですよ。物々交換では価値が変動するんですが、これを使えばモノの価値が大体一定となったり――持ち運びもしやすいし、貯めやすいし……俺のいたところではこれを使うことによってモノと金が回っていますね」
「ほぅほぅ……。こんな小さなものでモノが買えるのか……。あなた達のいた場所ではよく分からない文化が用いられているのだな」
ふと、俺の手元に持たされていた日本円をグレイス王に渡した、その瞬間だった。
ガヤガヤと、王宮外に突如広がりだした喧噪。
「……何だ? 衛兵、何が起きている」
グレイス王が言葉を発すると同時に、激しい音と呼吸で謁見の間に入った者がいた。
「で、伝令ッ! 伝令ッ! 正体不明の巨大生物が南東に出現! 同時に中央都市グレイスに向けて魔法攻撃を展開! 既に中央都市グレイスの指揮系統も麻痺しております!」
グレイス王が首を傾げる。
ぴくり、アステルさんの肩が反応していた。
大理石の窓の隙間から垣間見える王都の喧噪は――奇しくもエイルズウェルトの時のものと似通っていた。
ドクン、と。
心臓が早鐘を打つ。
恐る恐る窓の隙間から空を見た。
虹色に輝くその空に、ぽっかり大きく空いた黒い穴。
瞬間、空に紅が広がると同時に鳴り響くのは轟音。
――あぁ。
全てのピースが少しずつ埋まってきていた。
カチリ、カチリと。
頭の中で一つ一つの出来事が、ゆっくりと繋がっていく音を俺は確かに聞いていた。
俺が呆然となっている中で、アステルさんはその王都の喧噪を耳にしながら小さく片膝をついた。
「王よ。指示を」
アステルさんが頭を垂れると同時に、グレイス王はこくりと頷いた。
――なんでもっと、早くに気付くことは出来なかった。
そうだ、地形は似ていたじゃないか。道中を見れば、分かったはずだ。
王を見たときに浮かんだ面影を、俺は覚えていたはずだ。
「レスタル国第十代国王として命ずる。第一大隊長アステル・グスタフは王都の混乱源を調査。他の大隊長らと連携し、これを解決せよ」
「――仰せのままに」
ここは――1000年前の、エイルズウェルトだったのだ、と。




