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空の異変

「アステルー、起きたよー?」


 その金髪の幼女は、小さな手で俺の頬をぺちぺちと叩く。


「おぉ、よかった、よかった。一時はどうなることかと思ったぞ」


 続いて、ドスドスと木造の床に重低音を響かせながら俺を覗き込んできたのは、一人の大男だった。

 どこかで見たことのあるような鬣のような髪の毛と口ひげ。筋骨隆々とした体躯の大男は、野太い手で俺の額に手を当てた。


「ふむ……熱はないみたいだな。お前、意識はあるか? 記憶ははっきりしておるか?」


「だ、大丈夫です……。えっと、ここは――?」


 意識もある。記憶もはっきりしている。そんな中で、今の状況だけが分からなかった。

 時空龍グラントヘルムの胸にある虹色の結晶――時龍核に突っ込んで破壊しようとした……所で意識を失ったのだろう。

 俺が首を傾げていると、大男は言う。


「俺とマリーが森の中で獲物を狩ってたら、お前が倒れたのをマリーが見つけたんだ。どこから来たか、覚えているか?」


「どこから……エイルズウェルトです」


「エイルズウェルト……? 聞いたことのない地名だな。まぁいい、俺はアステルだ。こっちのちっこい女子がマリー」


「た、タツヤです。このたびは、ありがとうございます」


 ぺこり、お辞儀をすると大男、アステルさんは「ここらじゃ助け合いが普通だぜ」と豪快に笑い飛ばす。

 エイルズウェルトを聞いたことない……か。

 いったい俺はどこまで飛ばされてしまったんだろうか。


「ま、意識が回復したばっかなんだ。ゆっくりしてけ。おい、マリー」


「はーーい」


 とてとてと、可愛らしい足音を立てながら俺の元へお盆がやってくる。


「たいしたもんはねぇが、何か食って体力戻しておくといい。すぐそこの川で取れた魚の塩焼きだがな。ここらへんの魚は絶品だ」


「あ……ありがとうございます!」


 そういえば、あれからほとんど飯なんて食ってなかったもんな……。

 ここがどこか分からない以上、どうやってグラントヘルムの元にまで戻ればいいのかも、分からない。

 ルーナやアマリアさん達がどうなったかも心配だ。

 一刻も早く戻らないと――!


 俺は、気力を持ち直すためにもお盆の上に乗った焼き魚にかぶりついた。

 まだ焼きたてなのだろう。少し焦げ目のついた皮は、まだジュワジュワと音を立てていた。そんな身の上に振りかけられたざらざらの粗塩が日の光に反射して光り輝いている姿は、神々しくも思えた。ふわふわの白身から醸し出される湯気の匂いは、俺をワクワクさせてくれる。

 串焼きにされた魚は、表面は適度に焦げ目がついてパリパリ。白身まで行き着くと、ほくほくの白身が出迎えてくれた。

 柔らかくて、ぷりぷりしていて、それでいて脂がのった甘い白身と、しょっぱさを含むカリカリとした皮を同時に食べるのはやはり大いに俺の食欲を加速させていくうちにあっという間に細い串だけが残ってしまうのだった。


「うむ、お前は美味そうに食ってくれるなぁ……っはっはっは! マリーも焼き方が上手いからな。よかったな、マリー」


「……あ、当たり前だもん……!」


「じゃあマリー。そろそろ王都行くぞ。王にも顔見せとかなきゃ、キレるだろうからな」


 「よっ」と、重たい腰を上げるのはアステルさん。


「私、あの王様嫌い」


「んなこと言ってやんなって……。あれでも頑張ってんだ。それに――最近の異変もちっと報告しとかなきゃいけねぇからな」


 そう言って、外へ出るアステルさんは空を見上げる。


「あ、俺も行きますっ!」


 異変――その言葉に妙な胸騒ぎを覚えた俺は古びた木造の家を飛び出した。

 周り一帯が森に包まれている。木々と木々が生暖かい風によってカサカサと擦れ合う。

 森の鳥たちが一斉に同じ方向に向かっている――いや、逃げているといった方が妥当だろう。


「森の中の生き物たちも次々と姿を消していった。おかげで王への上納品もあまり用意できなかった……。それは仕方がないとして、異常があれば王へ進言しておくのは俺のすべき仕事だ」


 アステルさんの言葉を受けて、マリーは手綱を持ってアステルの前へと姿を現す。


「運龍、準備できたよ。いつでも行ける」


「おう、助かるぜマリー。……っと、タツヤって言ったか。お前もどうせなら乗っていくといい」


「お、俺もですか?」


「あぁ。王都は比較的大きな都市だ。そのエイルズウェルトのことやらのことも聞けば情報は集まるんじゃないか?」


 マリーの用意した運龍は、2頭。

 なんだか、いつもルーナとウェイブと旅しているときとあまり変わらないようにも思えた。


「急で悪いが、今から出発させてもらう。事が事だ。マリー、御者を頼めるか?」


「まーかーせーなーさーいっ!」


 まさに阿吽の呼吸でトントン拍子に用意が行われていた。俺は訳も分からないままに荷台に乗った。

 空は黄金色だった。黄金色に輝く空は、日の光ではない。


 運龍の荷台に載せられた俺たち3人は、飛ぶようにしてその家を出た。

 広い草原を全速力で走り抜けていく。まるで車に乗っているかのようなそんな、感覚の中で。

 改めて空を見上げるのは、アステルさんだ。


「やー! やー! 急ぐのだー!」


 マリーがピシピシと運龍の速度を上げる中で、アステルさんはぽつりと呟いた。


「ったく……面倒なことにならなきゃいいがな……」

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