時空龍グラントヘルム③
「おいおいおい、なんでったってこんなタイミングなんだよ……ッ!」
歯噛みするように地下室から地上へ続く階段を走り上がる俺たち一同。
グスマンとしても、俺よりも先に状況判断の方を優先したらしい。
地上に向かって行くにつれ重たくなる現場の雰囲気が感じ取れた。
アマリアさんが小さく舌打ちをし、グスマンがひたすらに地上の方を見つめる。
俺やルーナは、よく分からないままに2人についていくことしか出来なかった。
地上へ出た先には、ドレッド王が豪華絢爛な身形で王宮内から見える空の異常な色をぼんやりと眺めていた。
「ドレッド様!」
グスマンがふと呟くと、ドレッド王は窓から見える空を指さした。
「グスマン……。あれは、なんなのだ?」
「『時の悪魔』の襲来です。ドレッド様は地下のシェルターへとお逃げください。エルドキア様はどこに?」
ドレッド王が指を指したのは、王宮の外。
俺たちの視線の先には王宮の庭で待機していたウェイブの隣に、エルドキアが見えていた。
そのウェイブはというと、牙を剥き出しにして変色した空を威嚇するかのように見つめていた。
アマリアさんは美しい金髪を振り乱してから即座に指示を出していく。
「グスマン、あなたはドレッド様を連れて地下へ。私はエルドキア様の元へ向かいます。タツヤ殿はあの運龍を沈めてください。下手をすれば暴走しかねませんからね。そこの近衛兵のあなた。エイルズウェルト全域の兵力を集めてきてください。時空龍迎撃の準備にあたります。民の動揺は最小限に抑えてください。ドレッド・グレイス様の御名の元に、全力で市民を護るとの御触れも忘れずに!」
「む……わ、分かった。エルドキア様になにかあったら許さんぞ、アマリア。そちらの異世界転移者も、逃がすな。逃がせば軍法会議物だ」
「――わ、分かりましたッ! 招集急がせます!」
「る、ルーナ、付いてこい! 俺じゃ多分ウェイブは制御できねぇ!」
「ま、任せてください!」
ドレッド王、グスマン組と近衛兵組、そして俺、ルーナ、アマリアさんが三手に別れて素早く動いていく中で、王宮から外へと続く道を走りながらアマリアさんは呟いた。
「1000年前の『時の悪魔』襲来では、王都壊滅に陥りはしました――ですが、今現在のエイルズウェルトは魔法城塞都市と言っても過言ではありません」
「魔法城塞都市……ですか」
頭の中にいくつもの疑問符が浮かんでいたときに、ルーナは頭を傾げながら言う。
「確か――都市全体が幾重にも張られた防御魔法術式、攻撃魔法術式によって保護されている都市の総称でしたっけ? 何でも、外部からの魔法攻撃を、都市全部をくまなく覆う防御障壁によってバリアーのような役割を果たし、また攻撃魔法術式によって都市の至る場所からでも外部へと蓄積された魔法量分の砲撃もこなせるという……」
「そうです、今や魔法城塞都市も一つや二つではなくなりましたが、元はといえば1000年前……旧クセル王国が『時の悪魔』に辛酸を舐めさせられ、悲劇を繰り返さないように作られた最堅最強の魔法ですッ!!」
王宮の外へと足を踏み出した俺たち。その頭上には、先ほどまでには見られなかったドーム状の膜が張られていた。
あれが、アマリアさん達の言う、防御魔法術式が為した都市の形なのだろう。
エイルズウェルトの広大な中央都市を丸々囲うかのようなドーム状の膜には、ピリピリと電流のようなものが迸っているのが見える。
あれが……魔法ってやつなのか。
「エルドキア様。ここは大変危なくなっております。『時の悪魔』がくるまでに、早く……王族の方々は地下シェルターの方へと移って頂ければ――」
そう、アマリアさんがエルドキアの元にしゃがみこんだ、その時だった。
エルドキアはすぅっと息を吐いて、白髪のポニーテールを凜と揺らした。
「民の混乱と恐怖。未知への畏怖、街の非常事態。それに乗じて起こりうる事故、そして怪我」
淡々と街の様子を見て呟くエルドキア。
ドーム状のバリアが張られた膜の上空に広がるのは、虹色だった。
先ほどまでの青空でもなく、曇天の時の灰色でもない。
今までに見たことのない空の色に、エイルズウェルトの人々の困惑も増していくばかりだ。露店の品物を下に落として家へと避難する者、混乱の最中人に押し倒されて転ぶ子供、先ほどから続く細かい地震で怪我をした者――。
そんな人々を見たエルドキアは凜として呟く。
「そこの近衛兵。エイルズウェルト全域の人々にもう一つ触れを出して欲しいのじゃが」
エルドキアの前を慌ただしく走り回る近衛兵に声を掛けた彼女は、「え、エルドキア様……何を……?」というアマリアさんの制止も聞かぬままに告げる。
「エイルズウェルト全域の民に告ぐ。怪我人は全てこの王宮庭へと連れてくるのじゃ。不肖エルドキア・グレイス。――中央都市一の治癒魔術師がお主等の怪我などぽーんと治してやるのじゃ! とな!」
「――はっ!」
エルドキアの新たな命にビシッと敬礼を決めた1人の兵が、怪我人が出た場所にすぐさま駆け寄っていく。
「エルドキ――」
「アマリア。お主はとっととあれをなんとかすることじゃ。妾とて魔法力には限界があるのでな……」
ふと、エルドキアが俺たちの背後を指さした。
エイルズウェルトの東上空――俺たちが来たその方向には、明らかな異常が見て取れた。
パキ、パキと、まるで薄氷を突き破るかのように虹色の空の中に、真黒い謎の空間が出現していた。
「ンヴァ~……ッ!!」
ウェイブの毛並みが逆立つと同時に、目は一点、出現した空間に向けられている。
――それが時空龍グラントヘルム来襲を告げる、最後通告であることを、この場にいる誰もが直感していた。




