時空龍グラントヘルム②
この硬貨は、俺が生きていた現代日本と全く同じものだ。
462円というとてつもなく中途半端な金額と、1000年もの歳月を経ても一切色褪せずさび付いていない硬貨を見ていると感慨深いものがある。
「かつての異世界転移者の遺留品、残りはグラントヘルムによる街への攻撃で焼け落ちてしまっている」
グスマンの言葉に、ルーナは硬貨をじろじろと舐め回すように見て尻尾をふりふり動かし。問うた。
「遺留品? ってことは、その方は死んじゃったってことですか?」
「さぁな。曰く、異世界転移者はグラントヘルムの時龍核に単身突っ込んでいき――そのまま時空龍と共に消失した、と伝えられている」
そんなグスマンに、アマリアさんは考え込むようにして頷いた。
「皆、満身創痍でした。そんな中で、一人の男の人が……グラントヘルムの元に出向いたことしか、私も覚えていません。私とて、当時はまだ幼かったもので、よくは――。ですが、ここにも時龍核の破片があるはずですね? グスマン」
アマリアさんは少しずつ、思い出すようにして頭を捻る中で「グスマンさん、少し触ってみても良いですか?」と意味深にルーナがグスマンから硬貨を受け取って更にじろじろと見始める。
グスマンは頭をぽりぽりと掻きながら、言う。
「そしてもう一つ――グラントヘルムに繋がるアイテムがある。それがこの、時龍核。現在は空間魔法で作られた亜空間膜の中に閉じ込めているんだが……」
そう、グスマンが指をパチンと鳴らすと、何もない空間が小さくガラスのように割れた。
先ほどの中に描かれていたように、空間が割れ、その中から一つ現れた小さな小瓶。
小瓶の中に入れられた小さな破片は空間の中からこちらへと顕現する際に、大きく光り輝いていた。
――にしては、むしろ輝きすぎな気もするな。
薄暗い地下室を隅々まで照らすかのような、明るすぎる光だ。
目を細めながら、グスマンは呟いた。
「普段ならばこんな輝きは出ない。それこそ、狭間からのものに呼応しているのだろう。グラントヘルムの出現を予兆しているのか……同じく狭間のものに呼応しているのかは、分かりかねるが――な」
強くにらみ付けるグスマン。
そうか……そういうことか。
この時龍核の存在が疑われる全ての原因だったってわけだ。
だからこそ、あそこまで確信めいて俺を突くことが出来ているのだろう。
となれば、グラントヘルムの出現の予兆の一部として俺がここに召喚されて――俺が出現の引き金になる……ことも充分考えられる。
今、グスマンは俺のことをまだ異世界転移者だと断定することは出来ていない。あくまで予測の域だ。
こんな中で、俺が異世界から転移してきたと断定することができたとすれば、殺そうとすることだって分からないでもない。
俺とて、先ほどのドレッド王との勝負では勝ち目があるから受けたんだ。
だが、こいつは違う。勝負だなんて甘いものでは通用しない。
なんとしても、隠し通して――その上でルーナやウェイブを連れてこの場を離れるのが、とりあえずの最善策だ。
グラントヘルムなんていつ来るかなんて、分かったもんじゃない。
大円森林ヴァステラの族長曰く、俺がここに近づくだけグラントヘルムの出現が早まるという。
そうならそうで、この町の人に長く迷惑をかけるわけにもいくまい。
……こりゃぁ、なんとしてもバレるわけにはいかねーな。
脳裏が思考で埋まり、徐々に頭の中ではこの世界の地図が展開し始めていた。
「んー、この硬貨、どこかで見たことがあるんですよねぇ」
「ほう、獣人族の娘。それを見たことがあるだと?」
「んーーーーー……あ! タツヤ様、そういえば北方都市ルクシアで同じようなものしてました!」
「……なんだと?」
とはいえ、ここから先に進むにしても、今までの移動速度的に考えると1月に街を一つ渡れるかどうか、のレベルだ。
「確か、私が預かっていたんですよね。ほら、これです」
「……な、なんと……全く同じ……ではないか……。あ、アマリア……!」
「た、タツヤ殿……ほ、本当に、異世界転移――」
月に街を一つ、と考えると……この世界地図の縮尺は全く分からないが……ってあれ?
なんで三人とも俺の方をそんな、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして見てるんだ?
ルーナの手には、俺が日本から持ってきた小銭。
グスマンの手の上には、この世界の異世界転移者が残していった小銭。
その二つを見比べるアマリアさん。
……そして俺の顔をじっと見つめてくる三人。
……。
…………。
………………。
る、ルーナさぁぁぁぁぁぁん!?
何バラしちゃってんの!? そういやルーナに持ち物任せてたな! 今思い出したよ!
「…………あ」
ルーナも、「しまった!」とでも言いたげな表情で口を手で押さえた。
残念だったな、ルーナ。その「しまった!」は手遅れだぞ……。
「やはり、奇術使いは異世界転移者と言うことで間違いがなさそうだな。何か言いたいことはあるか? 異世界転移者」
グスマンが腰に据えた剣の柄をがしりと掴んだ。
……これは、やばい……。
アマリアさんも、複雑そうな表情で俺とグスマンを交互に見合っているし、ルーナに至っては手に持った硬貨を急いでポシェットにしまってあわあわとしているだけだ。
「すまないな、異世界転移者。貴様がこれ以上ここにいると、異界からのグラントヘルム来襲も早まってしまう。悪く思うな」
すらり、時龍核により照らされた銀色の刃が鈍光を放った、その瞬間だった。
「で、伝令ッ! 伝令ッ! グスマン様、アマリア様、今すぐ宮殿外へ! 空が……空に異変が……!」
地下室の扉の前に立ったのは、一人の武装した男。
見るに、グスマンの部下と言ったところだろうか。
その男は、続けて呟いた。
「時空龍の来襲です!」
その言葉に、一同の戦慄が走った――。




