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水龍の唐揚げ⑦

「なんだというのだ、余がせっかくぐっすりと眠っておった所を起こしおってからに……!」


「グレイス様がおっしゃられたのでしょう? 一応あの奇術使い(・・・・)の作られた飯を食べてみたいと」


「そ、そうであったの、そうであったの。……な、なんだその目は! 忘れてはおらぬぞ!」


「……………。ところで、毒味の方はいかが致しましょう?」


「そんなものはいらぬ! もし毒が入っておればその場でお主らが叩き斬るのだ! 余が許可しよう。そして……確か、美味いと言ってはならんのだな?」


 声の主はクセル国王ドレッド、そしてクセル国第一大隊長のグスマン・グスタフ。

 グスマンは小さく瞬きをした後に、頷いた。


「お主、存外性格悪いのぅ? 奴等に何か恨みでもあるのか? それともアマリアを取られて悔しいのか?」


 ドレッドが手で口を押さえて「シシシシ」と笑いを零す。

 そんな王の一言一句に、たてがみを持つ男は低い声で冷淡に返す。


「お戯れを……。1000年を超えた老婆を相手に何も思うこともありません。ですが――」


 間髪を入れずにグスマンは腕を組んで下を向いた。


「先ほどもお話ししたとおり、あの片割れは国の危機(・・・・)になり得る男です」


 グスマンの一言に、ドレッドは小さくため息を付いて自らを纏う煌びやかな服装を一瞥した。


「政治の世界とは、面倒くさいものよのぅ……」


 ▼ ▼ ▼


 謁見の間――その奥方から現れたのは、二つの影。

 西日が差し、まるで後光が差しているかのように現れた内、少年の方は「ふわぁ」っと一つ欠伸で目をすぼませる。

 淡泊な黒と金で彩られた服装は王族の服装というよりかは、どちらかというと寝間着のようだ。

 もう一人、大男の方はその眼光を鋭く俺に突きつけたまま、視線をはずそうとしない。

 俺、なんか悪いことしたかな……?

 その腰に据えられている一本の直剣には、俺たちに対してある種の保険のようなものなのだろうか。

 対して、こちら側は四人。

 拙いながらもエプロン姿でキッチンに立ったものの、後半から愕然として一歩も動かなくなったアマリアさん。

 ルーナは、謁見の間のソファにてエルドキアの緊急的な治癒魔法による応急処置を受けていた。



 ――――ルーナ、お主、その指はどうしたのじゃ?


 きっかけは、自身の油の喪失から立ち直ったエルドキアの一言からだった。


「な、何でも……! ありません!」


 いざ、調理を開始する寸前。ルーナは後ろに手を隠した。


「何でもない訳がないであろう。ほれ、手を貸すのじゃ」


「あっ! ちょっと待ってくだ――!?」


 力ない抵抗も意に介さずにエルドキアがルーナの両手を掴んだ。


「ふむ……」


 エルドキアがルーナの両手を凝視して、頷いた。

 俺から見てもそのルーナの両手は異常とも言えるほどに――皺がれていた。

 幾本もの筋が入った皺に生気の抜けた皮膚。ボロボロになった手先はつい先ほどまでの白く瑞々しいルーナの手が嘘だったとでも言わんばかりのものだ。

 エルドキアはそんなルーナの状態を見て、パシンと彼女の頭を叩いた。

 白髪のポニーテールを揺らして眼下から、俺を見つめながらエルドキアがルーナの指先を指し示した。


「獣人族の特殊魔法――肉体増幅魔法は基本的には瞬発力を売りにした肉体改造じゃ。持続的な能力には向いておらん」


 そういえば、かなりの瞬発的な力ではあるよなぁ……。代償が極度の空腹状態だったりするし。

 いつかの時にルーナが肉体増幅魔法をそのまま使った時なんて、一歩も動けなかったな。


「獣人族の特殊魔法はあくまで自らの体内のエネルギーを消費する諸刃の剣じゃ。どのエネルギーが消費されるかは妾も詳しくはないが、この症状を見ればなんとなくは察せるのぅ」


 ルーナは何も言わずに、しゅんとした様子で尻尾と耳を垂れ下げてうつむいている。


「これはルーナで言う、肉体部位増幅魔法の長時間使用によるエネルギー過剰浪費。本来ならば短期的な活動エネルギーを使用するところを、別の長期的な生命エネルギー消費で賄ってしまったんじゃろ。要するに後先考えずに力を使いすぎて、本来使うべきでないエネルギーを身体が誤認して使用してしまっておる。いわば老化現象じゃて」


 エルドキアの言葉にアマリアさんは驚いた様子だ。


「老化?」


 意味が全く把握できていない俺に、アマリアさんはため息をつく。


「だから、ヴァルラングでなくても探してくればいくらでも代わりはあると言ったでしょうに……」


 要するに――中級水龍ヴァルラングを捌ききるために、ルーナは無茶苦茶をしたってことだ。

 確かに、あの状況では一番の最適解はヴァルラングを使用することだった。

 だが、そのほかにも何か、最適解でないにしろ別の方法はあったはずだった。

 それなのにも関わらず、ルーナは――自らの命を賭してまで、これを……。

 

 エルドキアは、俺に言う。


 ――タツヤよ。お主にアマリアを貸そう。その代わり、ルーナは妾が預かる。こちらはこちらで可能な限りの応急処置を施すが……そこまでは期待しないことじゃな――。



 ともあれ、こちらの調理はほとんど終わっている。

 ドレッド王は玉座にて、肘掛けに手をついた。


「うむ、奇術使い(・・・・)よ。余の準備は万端である。毒味役などの下らん者はここにはおらぬ。もしもお主が本当に毒を盛っておったならば、ここにおるグスマンがお主を叩き斬ることになっておる。――が、本当に良いか?」


「はい。……まぁ、ここで毒なんて俺まだ知りませんけどね……」


 というか、そもそも王族に対して毒を盛る奴なんてのは端から死は覚悟しているだろうに……と思わなくもないが。

 ドレッド王の玉座の前には純白の大理石で出来たテーブルが運ばれる。

 大理石のテーブルの上には、王族などが料理を食べる前にかぶせられている銀色のボウルのようなもの――いわゆるクロシュがかぶせられている。

 これを見ると、俺も場違いな所にきたものだ……。


 お付きのメイド服を来た少女によって、クロシュが開かれる。


「ふぉぉぉぉ……?」


 ドレッド王が密かに笑みを浮かべたのを、俺は見逃さなかった。


「中級水龍ヴァルラングの最上部位を使った、水龍の唐揚げです。レモンも添えてありますので、お好きにお使いください」


 俺の後ろではアマリアさんが小さく、「本当に大丈夫ですよね!? ですよね……!?」と不安がっているが……ここまで来たら腹を括ってほしいものだ。

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