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水龍の唐揚げ⑥

 俺が何を作ればいいのか、材料は何があればいいのかと思案しているところでのエルドキアの登場は、まさに俺にとっては天恵に等しいものだった。


「な、なんじゃ!? これは妾のじゃぞ!? お主、何に使おうとしとるのじゃ!?」


 俺の真っ直ぐな瞳を見たエルドキアは持っていた小瓶を抱えて子犬のように「ガルルルル」と唸りを上げる。

 アマリアさんは再度頭を抱えた後に、一度首を振って俺を見つめてくる。


「落ち着いてくださいませ、タツヤ殿。あれは、食材ではありません。王族特有の化粧水なのですよ! エルドキア様の二ヶ月分のお小遣い……でしたっけ? 確か、50万リル……とか」


 50万リル……というと……。

 親子丼一杯を北方都市ルクシアで300リルにて売りさばいたことから考えても、破格の値段だ。そこは流石の王族とでも言うべきか。


 アマリアさんは、エルドキアから小瓶を受け取った後に、その中の液体を小さなカップに注ぎ込んだ。


「これを口に含んでください。少しゆすいで頂いた後にこちらの壺の中に吐き出す……。これによって、口内に巣くう汚れや病の種を取り除くのです」


 俺はアマリアさんに受け取るままにその小さなカップの中に入った黄色の液体を口の中に注ぎ込む。

 ネバネバとしていて、それでいて仄かな香りが口を伝って、鼻の中に流れ込んでくる。

 嫌な感じはしないが、あえていうなら口の中が油臭いというところか。

 ……やはり、間違いは無かったようだ。


 俺は壺の中に液体を吐き出した後に、水で粘つきを取り除いた。


「えぇ。やはり俺の思ったとおりでした。んで、エルドキア、頼みがある」


「……ふぁぃっ!?」


 ビクンと肩を揺らしたエルドキアは持っていた小瓶を脇に抱えだした。


「おおお、落ち着くのじゃ……! 気は確かなのか、お主!?」


「あぁ、至って正常だ。大丈夫、悪いようにはしないって」


「せ、洗面用具を食材に使うなど聞いたことがないぞ!? お主、歯ブラシを食べると言っておるようなものじゃぞ!? これをがぶがぶ飲んだときはお腹の中がぐるぐるして、ムカムカするのじゃぞ!? 悪いことは言わぬ、やめておくのじゃ!」


「油そのまま飲んだら胸焼けするのは当たり前だろ……。大丈夫だ。俺を信じろ」


 そういえば、大さじ一杯くらいなら便秘解消や老化抑制にいい……みたいなことをどこかで読んだことはあるな。

 エルドキアの場合はがぶがぶと来たもんだ。そりゃぁ……まぁ、油だからなぁ。


「エルドキア様、この際です……! タツヤ殿を信じましょう!」


「アマリアまでなんじゃ!? お主、裏切ったの!?」


「ここまで来たんです……。タツヤ殿の自信に従うより他はありません……!」


「ぬわぁぁぁ! 妾の美容グッズが……高いのじゃぞ! 妾の二月分のお小遣いが……お小遣いぃ……」


 ごめんな、エルドキア。

 ……でも、とりあえず、借りるぜ。

 それがないと割とこっちも死活問題なんでね。


 ぶつぶつと壁に向かって話し始めたエルドキアをよそに、アマリアさんは新たに小瓶に入れられたその液体を俺へと手渡してくれた。

 

 ▼ ▼ ▼


 エルドキアは謁見の間の隅に設置されている来客用のソファに身を埋めていた。

 窓の外の日も徐々に落ち始めている。残り時間はおおよそ四十分といったところだろうか。

 そろそろ調理過程に入らないとまずいな……。

 アマリアさんには、王宮の外からキッチン用具一式を持ってきてもらっている。

 謁見の間全体に広がる黄金と純白に似つかない庶民的なキッチン用具一式が部屋の中央にセットされている。

 あとは、ルーナを待つだけなのだが――。


「お、お待たせ……しましたッ!」


 謁見の間に響き渡ったのは、高く澄んだ声。

 黒と紅に彩られた重い扉がその前に立っている門兵によって開かれた。

 ルーナが手に持っていたのはぐしゃぐしゃの白い包みに入れられたブツだ。

 それを見て門兵は苦笑いを隠せない――が、そんなことはどこ吹く風といった様子でルーナは俺の元へとやってくる。


「なんとか、捌ききりました……ッ! 中級水龍ヴァルラングの最上部位……無事、お届けに上がりました!」


「おお、間に合ったか……! よくやった、ルーナ!」


「にへへ~」


 俺がポンポンと頭を撫でてやると、ルーナはだらしない笑みを浮かべる。

 と同時に、彼女は緊張したように申し訳なさそうにしゅんとした表情で下を向いた。


「あの、タツヤ様……。出過ぎた真似をしてしまって、すいません……」


 出過ぎた真似……? と、少し頭の中で何かを考えて、ルーナが「偉そうなことを……言ってしまって……」と呟いた。


 ――私たちが勝てば、先ほどの言葉を全て撤回して貰います。


 あぁ、もしかして、あの言葉のことか?

 あまりにもびっくりしすぎて固まっていたところだったんだよな。

 まぁ俺が地味で冴えないことなんてのは、百も承知だ。

 と、少し苦笑いをした俺へ、ルーナは顔を赤らめながら言う。


「いや、嬉しかったよ。ありがとな、ルーナ」


 俺は少ししゅんとするルーナの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 実際、あそこまで言われていた中でちょっとルーナが怒ってくれたと言うことが、俺は嬉しくもあったのだから。


「えへへ……」


 だらしない笑顔を浮かべて尻尾をふるふると左右に揺らすルーナは、言う。


「タツヤ様が処刑されるなんて、絶対あってはなりません! 私は、これからもずっと、ずーっとタツヤ様について行きますから!」


 ルーナの瞳が輝きを取り戻していく。

 それを見て俺も自然と笑みがこぼれる。


「おう、俺としても負けてルーナがどっか行っちまうなんてごめんだからな」


 これから先の旅路でも、ルーナにはいてもらわないと困る。

 この数ヶ月の旅の中で俺は少し考えていたことがある。

 元々は中央都市エイルズウェルトで店を開いてなんとか切り盛りしていくのも面白いと思った。

 だが、今はそれ以上に――。


 ルーナと、ウェイブと……俺。三人で、荷台に乗りながら色々世界を旅していくのも面白いんじゃないかって、思ってもいるのだから。


「こっからは、俺の仕事だ」


 キッチンを目の前にして、俺は小さく目を瞑った。

 食材は揃った。作る品目も決まった。あとは、作るだけ。

 ここまでルーナが頑張って切れくれたことを無にしないためにも、そしてあの偉そうな王様を見返すために――。


 あと、ソファの上でガチ凹みしているエルドキアのためにも……。

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