中級水龍ヴァルラング④
一人は幼女だった。ルーナよりも幼いのは明白だ。漆黒の日傘を隣の女性に持って貰い、偉そうに腕を組んで「むふふん」と鼻息荒く俺たちを見下ろそうとしている。
白髪のポニーテールをふるふると震わせながら威張り散らそうとしているその姿は、少しだけ可愛い。
といっても、絶対的な身重さのために見下ろせてはいないが。
純白と漆黒を基調とした煌びやかなドレスは、ここ辺りの一帯に全く溶け込んでいない――どころか、溶け込もうとすら思っていないようだ。
自身をエルドキア・グレイスと名乗ったその幼女は疲労の色濃いルーナを一瞥した後に、傷ついて倒れ、弱々しく息を吐くウェイブを見つめる。
その間に、もう一人の女性が俺に対し握手を求める。
「アマリア・ステルと申します。以後、お見知りおきを」
そう言ったその女性。先ほどまでは戦闘のために後ろ姿しか見えなかったが、いざ真正面に来られるとかなりの美少女だった。
この異世界に来て今まで会ったどの女の子よりも大きな胸とそれを支える美しい体躯。
先ほどの戦闘がなければ触れれば壊れてしまうのではないかとも思えるその白肌。
そして、特徴的なのはその尖った耳だ。
「……精霊族ですか」
肩で息をしつつ、ルーナは小石の広がる地面に座りながら呟いた。
「精霊族……! やっぱりいるのか、いるんだな……そりゃそうか……!」
「ど、どうされましたか……? 精霊族と言ってもそれなりに数はいますから、珍しくはないかとは思いますが……」
そう、精霊族のアマリアさんの耳がぴくりと上下するが、俺にとってはこの人が初エルフというわけだ。
うん、いい。イメージにぴったりの精霊族さんだ。
「それよりもそこの」
俺とアマリアさんの会話に入ってくるのはエルドキア。
紅の瞳が指さす先には、ウェイブがいた。
こんな幼女にそこの呼ばわりされたのはどうかと思うが、まぁいいだろう。
「ウェイブか……とにかく、外傷がどうにもならない。ルーナ、体力回復させたらどこか近くでウェイブを診てくれるところを探そう」
俺の言葉に、ルーナは力強く頷いた。
「タツヤ様をお守りした偉い子です……! この傷ならば、近くに治癒術師さえいればなんとかなると――」
「――そんなことをせずとも、妾を頼れば良いではないか」
それはまるで、世間話の延長戦のようにさらりと放たれた言葉。
俺とルーナがきょとんとしている間に、アマリアさんは苦笑いを浮かべる。
「エルドキア様はエイルズウェルトで一、二を争う治癒術式魔法の持ち主なのです」
「ぬはははは……! 妾が直接治癒術を掛けてやることを光栄に思うが良いのじゃ!」
そう言ってエルドキアはウェイブの前に立ち、両手を前にかざした。
ブゥンと、そんな重低音が響くと共にエルドキアのかざした両手の前に暖色系オレンジの淡い光が灯っていく。
「……ヴァ?」
力なく地に伏せているウェイブを淡い光が覆っていく。
自身を取り巻くものに気付いたのか、ウェイブは首だけ起こしてエルドキアを見つめる。
「じっとしておくことじゃ。治りが遅くなって困るのはお主の方じゃろ」
そのエルドキアの言葉を素直に信用したのか、丸まるようにしてウェイブは首を下ろした。
……産まれた時より付き添ってきた俺よりも、エルドキアの方の言うことを即座に聞くのは何だが、淡い光に包まれたウェイブの生傷が少しずつ、少しずつ塞がっていく。
翼についた擦り傷や、爆風に煽られて赤くなった火傷、裂傷の後など、こびりついていた血が揮発していき、生傷が癒えていった。
数分後、再び干し肉ブーストで力を取り戻したルーナと、誇り高そうにエルドキアの治療を見守るアマリアさんと共にウェイブを囲んでいる俺たちだったが、次第に覆っていた淡い光が解かれ始め、エルドキアも「ふぅ」と一息ついた。
「此奴の傷は癒えたぞよ。あくまで治癒魔法というのはその患者の生気から成るもの。多少の疲れは残るじゃろうからあと数日は安静にしておくことをお勧めするぞよ」
当のウェイブは細長い首を背中に向けて、ぺろぺろと自身の身体を気遣うように舐め回し始める。
そのあっという間の術に呆然としていたのは俺や、ルーナだ。
「あ、ありがとう……エルドキア」
俺がそう言って手を差し伸べると、エルドキアは満更でもない様子だ――が、わざわざ真白い手袋を嵌めて「感謝するのじゃぞ」と俺の手を握り返した。
パン、と手を叩いて「さて」と場を取り仕切るように言うのはアマリアさんだ。
「こんな所でいつまでも立ち話などされていますと、それこそエルドキア様のお身体に触ります。あそこに転がるヴァルラングの処理もありますし、今宵は引き上げてしまいましょう」
「……そういえば、お二人はどこからいらっしゃったんですか? この辺りではなかなか見ない服装ですけど……」
そう割って入るのはルーナだ。
確かに、アマリアさんは何やら戦闘服のようなものに身を纏っているし、エルドキアに至ってはこのような森の中に来るような服装ではないことは確かだ。
そんなルーナのぼろぼろの服装を一瞥した後にアマリアさんは指で空を指した。
その方角を向いて、エルドキアは笑みを浮かべる。
「中央都市、エイルズウェルトじゃ。そろそろ飛龍も来るじゃろうて。お主らも、ヴァルラング討伐の功を労いたいということもある。もし迷惑出ないのならば、来るかの? そこのにも多少の褒美を分け与えるぞ」
そう、平然と呟くエルドキア。
「あ、ありがたいことじゃないですか、タツヤ様! 私たちもエイルズウェルトに向かってるんですから、一石二鳥です!」
「ただしお主は自力で来ることじゃの。アマリアの邪魔しかしておらぬ故に」
「……へぇ……私が居なければ今頃、あなたこそあの龍に食べられていたんじゃないですか?」
「妾は食べられぬ。王族故にの」
「…………」
「…………」
目の前で火花を散らし会う獣人族の幼女と人間の幼女。
あぁ……仲悪い組がまた増えたのか……。
――と、エルドキアさんも見てみると、俺と同じ表情をしていた。
ぺこり、お互いが頷くと共に――エルドキアとアマリアさんの関係と、俺とルーナの関係が少しだけ混じった気がした。




