中級水龍ヴァルラング③
曰く、薄汚い茶色のローブを羽織った人物が言うにはこの龍は中級水龍ヴァルラングと言うらしい。
いかにも厳つい名を冠したこの龍の前で対峙するのはルーナ・エクセン・ロン・ハルト。
川を挟んで俺、ウェイブ、そして謎の人物が更に後方からルーナに指示を飛ばしている。
俺とウェイブの後ろにはちょうど深々と生い茂った木々があった。ということは、この人物はその中に息を潜めていた可能性が高い。
むしろ、この龍の出現を待っていたのか――?
フード越しに指示を飛ばしたその人物。
水龍ヴァルラングの喉元にあるという発炎器官。
きっと、俺たちを襲った爆風源となり得る場所なのだろう。
「ルーナ! そのまま部位増幅魔法で発炎器官ぶっ壊せるか!?」
声を張り上げると、ルーナは少し考えた後に「何とか! 行けますッ!」と額に汗を滲ませながら笑みを浮かべた。
ルーナが先ほど使っていたのは、肉体増幅魔法。かつてのように一瞬の動きで体力を全て使い果たすまではいかないものの、流石に疲労の色は濃い。
今ヴァルラングに最も攻撃を当てることが出来るのがルーナだけであるという事実から見ても、彼女に今倒れられるわけにはどうしてもいかない。
「……グラゥ……ッ!」
次第にヴァルラングの方も爆発の衝撃から冷めていく中で、ルーナは懐に手を入れた。
「食糧ブーストッ!」
そう言って片手で取り出したのは――干し肉だった。
あぁ、あれだ。ヴァステラの主食だ。
ルーナは取り出した干し肉を空に掲げて跳躍すると共に食らいつき、咀嚼する。
――そんなの、ありかよ……助かるけどさぁ……いや、助かるけどさぁ!
俺が唖然とする間もなくルーナはにやりと笑みを浮かべた。
「肉体部位増幅魔法――タイプ爪ッ! いきます!」
ドーピングにも似た体力回復法を身につけたルーナはそのまま口を開けて威嚇しようとするヴァルラングの口奥に爪先を突き刺しにいく。
ルーナのあの爪はいろんな用途があるなぁ……などと思って見ている内に、再び後方の女から声が飛ぶ。
「暴発する前に川に投げ捨てろ!」
緊急事態だとルーナも悟っているのかその人物の言うことをそのまま聞き入れたルーナは、「にぃっ!」と焦りにも似た表情を浮かべる。
「……グァ……ァァッ!」
ヴァルラングが自身の発炎器官に刺さっているものに気づき、ルーナの爪ごと破砕しようと口を閉じようと抵抗する最中。
「もう一度! 増幅魔法――タイプ爪!」
右腕で発炎器官を突き刺しつつ、再び声を上げたルーナ。左腕の指先の爪が瞬時に刀を形成していく。
ヴァルラングが口を閉ざし、ルーナの爪先が破壊するのが先か。
はたまた、ルーナの剣筋がそれを上回るか。
「グルァァァァァァアッ!!」
「んにゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
川を挟んで攻防を繰り広げる二人の間に割って入る余地などない。
俺が出来るのはここでウェイブを守りながら行く末を見届けることだ。
ルーナの左爪先端が口内部を横薙ぎにしていく。細かい爪先の動きで発炎器官を喉元から切り取った後は、刺していた右爪を一気に引き抜きに掛かった。
「――グンッ!」
唯一逃げ遅れた左の爪がベギンッと鈍い音を立てて折れる中で、何とか抜き出された発炎器官はルーナの後方の川へと吸い込まれていった。
「はぁ、はぁ……っと、やりましたよ! これでいいんですか!」
キッと何か抗議でもするように俺の後ろを睨み付けたのはルーナ。
肩で息をする彼女を一瞥して後方の人物はフード越しにでも分かるような笑みを浮かべて「助かったよ……」と言葉を紡いだ。
同時に一気にフードを脱ぎ捨てたその人物――女性は、空中で軽々しく一回転を為した。
「……な……っ!?」
軽やかな足取りで対岸まで跳躍していくその女性の後ろ姿を見て、固まってしまっている俺がいた。
水面に反射して輝く金の長髪に、白く尖った耳。後ろ姿からでも分かるすらりとした長身。薄いながらも黄と緑を基調としている動きやすそうな服装は、背中が菱形にあけられていたり、太ももが露出しやすい格好になっていたりとエロティックさを醸し出している。
「流石に発炎器官ほったらかして姫に何かあってからでは私の首が飛んでしまう。だが――発炎器官のなくなったヴァルランクなど、赤子の手を捻るも同然ッ!」
川岸から川岸へとひとっ飛びしていく最中で腰に帯刀した剣を引き抜いた美女は剣先を真っ直ぐヴァルラングに向けた。
「光魔法――陽光の一閃!」
瞬間、剣を携えたその女性の剣先に集中するのは淡い光だ。
「……すげぇ……」
俺の呟きも一瞬、剣先から射出された一閃がヴァルラングを貫いた。
「ガッ……」
自身の身体の正中を光の一閃に貫かれた龍が、その太い四肢を揺らして倒れていく。
「……中級水龍ヴァルラングの討伐補佐、感謝する」
向こう岸に着いたその女性が疲弊しきったルーナを腰に担いで戻ってくるのと同時に、再び後方からがさごそと「やっと終わったのじゃ……」と小さくそれでいて高い声が聞こえてくる。
「アマリア、もうそのデカいのは動かんじゃろうな?」
後方から出てきたのは、真っ黒な日傘を差した幼女だった。
ふてぶてしい表情で見下すように金髪美女に促すと、金髪美女は「もうご心配ありません、エルドキア様」と傅くように礼をした。
俺は不審にこそ思いながらも、半ば倒れかかっているルーナを受け取るとその二人の女性は対照的な態度でこちらへと自己紹介を始める。
日傘を持ったドレス姿の幼女が、その日傘を隣の金髪美女に持たせつつ俺たちに向けて指を突きつけた。
「エルドキア・グレイスじゃ。愚民共、妾の役に立てたことを誇りに思うが良いぞ、ぬははははははは!」
「申し遅れました。私、グランツ教第二大隊長にしてエルドキア・グレイス様にお仕えさせて頂いております騎士――アマリア・ステルと申します」
そう言って、彼女はじろり、俺を覗き込む。
「して、あなた……どこかで……?」
「な、なんですか!? いきなりタツヤ様をじろじろ! 失礼なのです! ふんがー!」
ルーナは俺と彼女の間に陣取って敵対心は初っぱなマックスのようだった。
……何か濃いの二人来たぞ……。




