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出立の朝

「で、ルーナ。もう出立しても大丈夫なんだろうな?」


 大円森林ヴァステラに、朝が来た。

 木々が俺たちの出発を祝福しているかのように、さらさらと葉と葉が擦り合わさる音がする。

 そんな中でルーナはしばし頭を抱えながらくぐもった顔で「大丈夫ですぅ……」と苦笑いを浮かべた。


 獣人族の宴からはや二日。

 宴のあったその日から丸一日、ルーナはぶっ倒れていた。姉のネルトと共に夜通し飲み倒した挙げ句、二人仲良く地に伏せてしまったのだった。

 ネインさん曰く、いつも酔わないネルトさんがここまで泥酔している姿を見るのは初めてだったという。

 それほど、ルーナの帰還が彼女にとっても嬉しいことだったのだろう。


 問題は、ルーナだ。

 本来は、宴がほどよく終わった後にはルーナと今後のことを離しつつその日の昼には出発する予定だったのだが、いざ当日を迎えてみるとルーナは千鳥足になっていてとても出立できる様子ではなかった。

 大事を取って一日ずらしたのだが……まぁ、ネインさんとクセルさんにはひたすら謝られたな。

 「こんなバカ娘ですいません! すいません!」と謝る彼らの姿がしっかりと焼き付いている。


 一日ずらした後に出発するその日の朝、族長は俺たちに多少の山の幸と圧縮魔法で精製された団子他、干し肉などと一緒に荷車を用意してくれた。


「これからの旅、その冷蔵庫(大きな箱)キッチン()をルーナが持ち運ぶのも面倒となるでしょう」


 そう言って、一族がたまに都会に向かう際に使う荷車を用意してくれたのだ。

 大きさとしては、三メートル四方の箱だ。本来ならば、これを馬などに引いて貰うのだろうが……獣人族の場合は、大体が獣人がやるそうで。

 荷車には冷蔵庫、キッチン一式、貰った山の幸に宴で余ったアリゾール肉、そして俺。

 俺も歩けば良かったのだが、ルーナに「タツヤ様はごゆるりとなされてください!たかだか60kgなど、私にとってはないようなものなので!」ととても頼もしいことを言われたために、甘えることにした。


 ここで、山の幸やアリゾール龍の肉には圧縮魔法を施した保存方法をお願いした。


 曰く、圧縮魔法はその内部を膜で包み「真空」にすることが肝となる魔法だ。

 ということは、真空状態での保存が可能ということにもなる。いわば、異世界におけるジップロックのような役割を果たしているのだ。

 これによって中に菌が入り込まなくなるため、今までよりも食材を格段に長期保存できるようになった。

 確かに、アリゾール龍のような巨大なブロック肉をジップロックに入れられると考えたら相当助かるもんな。


「ンヴァ~ッ」


 荷車の引き手にいるルーナ、その隣にはウェイブがいる。

 ウェイブは荷車の荷台には乗らずに、ルーナの隣をとてとてと歩くことを選択したらしい。

 俺と一緒の空間にいるのが嫌なのか、それとも単にルーナの隣がいいだけなのか。

 個人的には後者であることを切に願う。


「……ルーナを、頼みます」


 森の出先で俺たちを見送ってくれているのはネインさん、クセルさん、族長。

 ネインさんが深々とお辞儀をすると、それに続くようにしてクセルさん、族長も頭を下げる。


「分かりました。俺がどこまで生きているかは分かりませんが……生きている限りは、必ず」


 ……って、そういえば……。


「そういえば、ネルトさんは……どこへ?」


 俺の問いに、三人は首をかしげると共にぽつりとクセルさんは呟く。


「ルーナの出立だというのに……。どこをほっつき歩いてるんだ、あいつは……」


 後方を見ると、ルーナが少しだけ苦笑いを浮かべた。


 その表情はどこか、寂しそうで――。

 だが、そんな表情を一掃するかのようにルーナは胸をぽんと叩いた。


「姉様と会っても、喧嘩するだけでしょうし……。それに、離れていても私は姉様のことを忘れたりなんかしませんっ! 今度会った時は、必ず姉様を超えるって、伝えておいてください! 母様、父様!」


 そんなルーナが意思表明をした、その直後に俺たちの前にどこからともなくひゅんっと姿を現したのは、すらりとした髪、尻尾。

 スタイル抜群のルーナのお姉様――ネルトさんだった!


「はっ。一生追いつかせないよ、バカルーナ」


 にやりと不敵な笑みを浮かべるネルトさんの手に持たれていたのは……味噌汁? だろうか。


「ほら、タツヤの分もあるよ。何とか間に合って良かった……ほら」


 ネルトさんは両手に一つずつ、お椀を持っていた。木で出来た簡易的なお椀だったが、この世界に来て味噌汁って飲んだことがなかったような気がするな……。


 ネルトさんからお椀を受け取る。簡易的な木で出来た箸も置かれている。

 くんくんとルーナが興味深そうに湯気の立つ汁を嗅いでいた。


 味噌汁自体は俺たちが普段食べているものとは大きく異なった部分はない。


「……これは……?」


 ――味噌汁の中から出てきたのは、開いた貝だった。

 ネルトさんは、言う。


「ヴァステラ近くのアルラ湖で朝一番取ってきたんだ。そういえば、ルーナは食ったことなかったもんな、これ」


 味噌汁をそっと吸うと、口の中にはあっさりとした――それでいて温かいスープが流れ込んでくる。

 気温の低いヴァステラの朝。少しだけ肌寒かった身体を温めてくれるものとして、味噌汁は最適だ。


「いただきます……」


 俺は味噌汁を二口ほどすすった後に、貝に手をつける。

 開けた貝は少し小さな白い身と、味噌汁の色が混ざっていた。

 口に含むとふんわりとした食感。そしてきちんとした歯ごたえが感じられる。

 鼻の奥から吹き抜けてくる食欲をそそる香り。そしてそれに的確に答えていく貝の食感。


「しじみか……!」


 俺の呟きにネルトさんが苦笑を浮かべていた。

 そういえば、しじみの効能には酔い冷ましの効果もあるってのは聞いたことがあるな。

 なるほど、今も少し続いているルーナの二日酔いを……。


「朝からこれ取ってしこむのって、結構大変なんだ。それでも、ルーナにはタツヤの迷惑はかけられないしね。ルーナ、そんなのが選別で申し訳ないね」


 ……と、後ろの方を見てみるとルーナは「ボリッボリッガリッ」と――ってルーナ!?


「ルーナ! それ貝殻ごと食うモンじゃないからな! お前貝食ったの初めてなのか!?」


「……ふぇ?」


「常識的に考えて分かるだろう……!」


 俺が小さくため息を付くと、ネルトさんは「はぁ?」と嘲笑にも似た笑みを浮かべる。


「タツヤこそ何言ってるんだよ。貝は貝殻ごと食べるもんだろ?」


 ネルトさんに続き、族長も呟いた。


「我々は他の種族と違い、歯がより丈夫に作られておりますからな。貝殻も一度口に含んでみるとなかなかに美味ですぞ。タツヤ様もやってみてはいかがかな?」


 ――マジで?


 ……。


 …………。


 ………………ガリッ。


「タツヤ! 口から血が! 血が出てるって!」


○○○



……もう二度と貝殻本気で噛んだりはしないと、そう心に堅く誓いつつ俺たち一行は大円森林ヴァステラを後にしたのだった。

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