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獣人族の宴!⑧

 ――獣人族の宴。


 それは、村における五穀豊穣と恒久平和を祈り、そしてまた祝い事などの際に催される祭りのことを言う。

 集落の中で結婚が行われたり、その子供が誕生したり。

 そしてまた、村にとって特別な意味を為すときであったり。


「ロン族を代表して、ここに宣言する」


 ロン族族長、ロン・エクセン・ハルト氏が木で作られたコップを高らかに空に向けて掲げた。


「ルーナ・エクセン・ロン・ハルトの一族帰還記念――乾杯じゃ」


 族長のしわがれた宣言と共に、皆が復唱するように『乾杯!』と大声を張り上げた。


「か、乾杯……ですっ」


 少し緊張した面持ちでルーナも自身のコップに入ったぶどうのジュースを掲げる。

 未成年はお酒が飲めないからね! 仕方が無いね!

 俺も一応ブドウのジュースにしてるしな。


 乾杯の音頭と時を同じくして、日が完全に西へと沈んだ。

 代わりに空に浮かんでいるのは、紅と蒼の月。

よくよく考えてみると、こうして夜の月をゆっくり眺めながら飯を食べるなんて……ここに来て、初めてのことかもしれないな。


 灯りは集落の四隅に小さい松明、そして祭りのド真ん中にまるで子供の頃の合宿のキャンプファイヤーを思い起こすほどの大きな炎。

 その周りを踊りながら、歌い、呑み、食べる獣人族達。


 俺はその光景を見つつ、族長、ネルトさん、ルーナ、ネインさん、クセルさんと共に炊き上がった白米を手にした。

 目の前には大皿に盛られた照り焼きアリゾールと、ここの鍋を使って作らせて貰った親子丼。

 つい先ほど、ここまで珠宝玉と紅鳥、そしてアリゾール龍を持ってきてくれた運龍には好物である照り焼きアリゾールを渡している。

 グレインさんのお礼の手紙と共に――な。

 今頃、大空で照り焼きアリゾールを堪能しつつグレインさんの元へと戻って行っているだろう。


「んぁー……」


 そして、運龍の赤子はというと精一杯親に甘えた後はずっとルーナの側で丸まって眠っている。

 まるで猫みたいだ。


「運龍は、古来より人と共に歩んできた動物……。親にひとしきり甘えた後には、新たな主を瞬時に理解し、本能的に強い者への絶対服従を誓う健気な動物ですからな」


 そう離すのは族長。


「んぁー……」


 こうして丸まって寝ているのを見ると可愛いんだけどなぁ……。

 尻尾をぱた、ぱた、と。赤子特有の羽毛を触ってみたいなーなんて思った俺は、そっと運龍の赤子に手を伸ばす――が。


「んぁーうっ!!」


「いだー!?」


 右手を差し出すとすぐに噛んでくる!

 しかも、手の甲のド真ん中に生えたばかりの犬歯を突き立てて!

 すごく痛い! 穴が空く! 甘噛みとかそんな生ぬるい噛み方じゃなくて、本気噛み。

 

「ちょ、ちょっとウェイブ! だめですよ、タツヤ様に乱暴働いちゃ! メッ! なのです!」


 ルーナが「こら!」と柔らかくウェイブを叱る。


「んぁー……」


 「でも……」とでも言いたげに、運龍の赤子は渋々といった感じでルーナの手をぺろぺろと舐める。


「って、ルーナ。そのウェイブってのはこいつのことか?」


 俺の問いかけに、指を舐められているルーナは「はい!」と力強く頷いた。


「ここ……大円森林ヴァステラに古来より伝わる、希望の友達……という意味なんです」


「……希望の友達?」


「はい! 私が、再び無事にロン族に迎え入れられた――それと同時に生まれたこの子は、私にとって希望の友達(ウェイブ)ですから……。ね、ウェイブ」


「んぁ~っ!」


 ルーナが運龍の赤子――ウェイブの頭を一撫ですると、気持ちよさそうに返事をするウェイブ。

 ふーん、頭はこんなにもふもふ――。


「んぁぁぁぁ…………っ」


 ――撫でようとしたけどやめた。瞳がガチだ。多分本当に手が血まみれになる。

 せっかくのルーナ帰郷祭りが、血祭りになってしまう。

 そっと手を戻した俺を確認したウェイブは、再び丸まって眠り始めた。


 ちょっと待って本当に俺嫌われすぎじゃね? 実家の猫にすらこんな扱い受けなかったよ?


「……ふふ、タツヤは本当に面白いねぇ」


 俺の隣では、ネルトさんが片膝をついて笑みを浮かべている。

 ここには箸というものはなく、どちらかというとスプーンを使った食事。

 ネインさんは、ヴァステラで作られた白米を、はむっと口に含んだ。

 静かに瞳を閉じて、咀嚼。

 彼女の白い喉がぴくりと動くと同時に、ネインさんはぴくん、ぴくんと耳を動かした。


「……美味しい」


 その静かな反応とは裏腹に、すらりと伸びた尻尾をふるふると揺れ動かしている。

 頬をピンク色に染めて、スプーンをどんどん口に含んでいくネインさん。


「こ、米にこんな食べ方があったなんて……! ルーナ、これは団子とは違った美味しさがあるぞ!」


 いかにもワクワクしているといった様子でルーナを見るネインさん――だったが。


「……はふっ。はふっ……はふっ、はふっ……」


 ……当のご本人、もはや夢中でがっついている。

 まぁ、肉体増幅魔法の副作用で腹減ってたもんなぁ……。


「そういえば、タツヤ様はどこへ向かうつもりだったのですか?」


 ふと、族長が苦笑いを浮かべながら声を上げる。

 俺は、ルーナの大好物だという団子を分けて貰いつつ、そして干し肉を一つ囓って口の中に広がる肉々しさを味わいつつ、言う。


「中央都市のエイルズウェルトです。ちょっと野暮用がありまして……」


 と、言っても米と醤油の買い出しやら、諸々の食材調達だけどな。

 いくらグレインさんからの食料支給があるとはいえ、それにいつまでも甘えるわけにもいかない。


「ふむ……エイルズウェルト……。いやなに、タツヤ様。こう言ってしまうのも憚られるのですが……」


「? どうしたんですか?」


「中央都市エイルズウェルトから帰ってきた者が言うには、近々何らかの事件が……いや、天災とでも言うのでしょうかね。それが現れるそうなのです」


「……天災?」


 天災……?

 台風やら、竜巻やらのことか?

 そう思っていると、族長は「いえ、私も人伝の話でしかないのですがな」と言葉を濁して、ゴホンと再び咳払いをして俺に耳打ちをする。


「近々、古龍神、もしくは時空龍――グラントヘルムがこの世に現れる……というきな臭い噂を耳にしましてな」


 そんな、族長の一言に俺の頭は一瞬、真っ白になった。


「時空……龍……?」


 ぽつりと、そんな言葉が口をついて出てしまった――。

次回、「時空龍グラントヘルム」


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