表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/69

【特別話】姉妹の勝負①

 森の中で木霊するのは二つの剣戟だった。


「肉体部位増幅魔法――タイプ(クロウ)改!」


 勢いよく宣言したルーナの右手中指が大きく、太く伸びていく。

 亜人体の体内から凝縮されたカルシウムを一気に爪の先端まで伸ばしていくと、そこで出来るのは巨大な刀だ。


「ぬぁーっ!」


 ルーナは、森の中でも的確に敵の居場所を見抜き、木と木の間を掻い潜っている相手の眉間に向けて爪で出来た刀を突き刺していく。


「甘いよ、ルーナッ!」


 そんなルーナの攻撃を待ち構えていたかのように少女――ネルト・エクセン・ロン・ハルト……ルーナの実姉はにやりと笑みを浮かべた。

 自身に刀が向けられ、直撃する寸前に左手に掴んでいた土をルーナに向けてさっと投げかけた。


「んにゃぁぁぁぁ!?」


 木と木を跳躍しながらの戦闘に置いて、視界良好は最も重要な要因の一つである。

 右手を突き出し、左手で刀を支えていたルーナはその目潰し攻撃をなすすべもなく正面から受け止めてしまう。

 その影響により、ネルトの眉間を狙っていた刀は太い木に突き刺さったためにルーナの身体は緊急停止していた。


「水属性魔法――水流刀ウォーク!」


 そこにすかさずネルトが、木より飛び降りてにやりと含んだ笑みを浮かべる。

 さらりと伸びた茶のロングストレートとまとまった毛並みの耳がぴくぴくと嬉しさと楽しさを隠せずにいる中で、ネルトは指先から水流の刀を作り上げた。

 目がけるはルーナが生成した爪刀。木に突き刺さってなかなか抜けないそれを叩き折るのは容易なことだった。


「隙だらけだよんルーナ」


 バギッと音を立てて根元から折れた爪刀と、真上から降りてきた姉の姿に戦慄するルーナ。


「姉様……ッ! そこをどいてくださいッ! タツヤ様に何をするつもりですか!」


 折れた爪刀は、肉体部位増幅魔法の効果を持続させることが出来ずに元の爪の形に戻っていく。

 一本の木の枝に後ろに跳躍して飛び乗ったルーナが、眼前で笑みを浮かべるネルトに愛して声をあげた。


「そうだね~」


 気楽そうに答えるのはネルト。

 整った毛並みがふわりと風に揺れる中で、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「この先に行きたかったら、私を倒してからいけー! って、これ一度やってみたかったんだよね」


「……姉様……」


 ふと、ルーナの表情が苦渋に満ちた。


「姉様は、なぜ……私からすべてを取り上げていくんですか……! 一族に破門されてもなお、それでもなお……私を追いかける理由は! 私が属性魔法を使えない落ちこぼれだからですか!?」


 零したルーナの本音に、ネルトは眉間に皺を寄せた。


「……じゃあ逆に聞くよ、ルーナ」


「……?」


「属性魔法が使えない、肉体増幅魔法が満足に使えないから落ちこぼれだって、誰が言ったの?」


「それは、姉様や、族長が……!」


「思い返してごらん。私たちは誰も、あんたがそれだけで落ちこぼれだなんて言った覚えはないよ」


 ネルトは呆れたように木々を跳躍し始める。

 それに追随する形で、ルーナも姉を追う。


「でも、姉様達は私を獣人族(エクセンビースト)じゃないって……! それは、属性魔法も、肉体増幅魔法も――」


 ルーナとネルトは平行して、向かい合って走る。

 その中で、ルーナの一言に、木の実をとって投げつけたのはネルトだった。


「いたっ!?」


 おでこにこつんと、赤い木の実があたったルーナが声を上げる。

 そこからはたらりと木の実の汁が滴っていた。


「あんたまだ気づいてないの? 私たちが、あんたに獣人族(エクセンビースト)じゃないって言ってたのは、そんなくだらない理由じゃない。第一、あんた肉体増幅魔法は族内トップの実力だったじゃないか」


「……!?」


「分からないならそのままで結構ポンコツ妹。あんたは所詮その程度の獣人だったってことだ。私にとっちゃ何ら困ったことはないからね。なおさらここを通すわけにはいかないね」


 透かした風に吐き捨てるネルト。真意を掴めず、言われたいだけ言われたルーナのストレスのみが溜まっていく、現状で――。


「えぇ……もういいです、後のことなんて知らないです……! 私は姉様を超えて、ポンコツじゃないってところを……ッ!」


 瞬間、ルーナの周辺の空気が一気に収縮し始める。

 草木が揺れ、枝葉が枯れる。

 周辺事象をすべて覆すほどの膨大な力がルーナに集まっていくのが見て取れた。


「……タツヤ様、約束をお守りできずにすいません……ッ!」


 それは、かつてタツヤと交わした一つの約束。

 肉体に多大な負担をかける肉体増幅魔法の禁止令を破るものだった。


「ったく……これのどこが落ちこぼれだってのよ……」


 ルーナの瞳が変色し始め、黒と赤の入り交じった暗黒の色に変わっていく。

 瞳からあふれ出る漆黒のオーラ。そして全身を覆う凄まじいまでのオーラ。

 通常、獣人族は肉体部位増幅魔法によって、全身の力をある一点に集中させて自身の肉体を強化する。

 だが、肉体増幅魔法は体内を巡る力を魔法力によって満遍なく活性化させる術であるために、多量のエネルギーを消費する。

 だが、ルーナにおける肉体増幅魔法はシステムが全く違ったものとなる。

 それは、肉体部位増幅魔法の要領よろしく全身の力をある一点に集中させるが如く全身に集中するために、多量の――いや、膨大な量のエネルギーを消費する術となっているのだ。

 すなわち、肉体部位増幅魔法の効果が全身に現れた全身武器――それが現在のルーナなのだ。


「タツヤ様を返してもらいますッ! 姉様……あなたを、この手で倒して!」


 大円森林ヴァステラに、一人の少女の大きな咆哮が響き渡った――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ