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今日のおやつはパンケーキ!③

 急遽、驚愕の事実が発覚した。

 パンケーキには最重要とされる蜂蜜が冷蔵庫の中には気配の一つもなかったのだ。


「やっちまったぞ、これ……」


 運龍の卵を保存しているキッチン下の収納棚にも、それは見つからない。

 あるのは米櫃こめびつと少量の調味料。

 その中に、蜂蜜はない。


 ――どうする。


 パンケーキにかけるトッピングとして選択肢としてギリギリあげられるのはケチャップ、ソース、マヨネーズ、味ポン酢……!

 だがケチャップなんてつけてみても具材のないアメリカンドッグのようなものだ。

 ソースはお好み焼きの皮を食べている感じ。

 マヨネーズは悪くもない、だが良くもない。

 味ポン酢は普通に微妙だ。


 これらのことからも、やはりパンケーキに蜂蜜は必須――!


「何かお困りでしょうか?」


 おずおずと言った様子でこちらを覗き見るルーナに俺はため息交じりに呟いた。


「いや……こう、すまん。パンケーキっての作ってたんだが……いかんせん、蜂蜜がなくてな……」


「蜂蜜……ですか」


「あぁ、あれをかけると味が劇的に美味くなるんだ。本当に悪い、俺の力不足で――」


「でしたら、私が今から探してきましょうか?」


「……は?」


 突然のルーナの申し出に自然と口が開く俺。ルーナは続ける。


「このあたりにはエルディアクスミツバチが一般的に生息してます。大円森林ヴァステラ付近にもその巣は見られます。そこから採取される蜂蜜は、庶民にも結構人気なんですよ。こう見えて獣人族の大半は人間族よりも50倍ほどは鼻がいいんです。蜜の匂いも特定可能ですよ。もしも蜂蜜がないならば、私、天然の……新鮮な蜂蜜を採取して参りますが、どうしましょう?」


「よぉしでかしたルーナ行ってこぉぉぉぉぉい!」


「――わっかりましたぁ! 5分、お待ちください!」


「はやっ!?」


 ルーナの言が終わると同時に嬉々として俺はルーナを送り出した。

 びしぃっと指を指すと、まるで犬のようにダッシュしていくルーナ。

 にしても5分か。ならば、パンケーキを焼いている間にもう蜂蜜が届くってことだ。

 後は、ルーナがハチごと蜜を持ってこないことを願うだけだな。


「じゃあ、こっちはこっちのやることをやるだけか」


 俺は、ボウルにある生地を取り出した。

 フライパンを熱し、油を敷く。

 その上にお玉一杯分の生地を4個。

 しばらくを待っているとそこからは、次第に甘い匂いがしてくると同時に、生地の表面からはぷつぷつとした気泡が発せられている。


「……頃合いだな」


 フライ返しを小刻みに動かして、一つの生地の裏を見る。

 そこには綺麗な狐色になった生地がある。

 まるでルーナの尻尾みたいだな。


「――よっと」


 綺麗に4つ裏返せたことで第一関門は突破した。あとはルーナを待つだけ……か。


 ――と、気持ちの良い太陽の光と、耳に届く爽快な風を受けていた俺。

 

 そんな俺の前に現れたのは、狐色のもふもふ尻尾。

 前方の丘の上にふるふると見えるその尻尾は、ルーナのものだ。


「おーい、ルーナ! そっちはどうだー!」


 こちらから声をかけてみるが、直後にそのルーナの尻尾はひゅんっと丘から姿を消していった。


「……どうしたんだ……あいつ」


 まぁ、蜂蜜取りに集中しているのだろう。

 そんなところに声をかけた俺が野暮だったってことだ。

 再び俺はフライ返しを手に取り、一枚を見る。

 まだ、黄色が目立つなぁ……もう少しか。


 再びフライ返しを台所の上に置いていると、目の端に映ったものは……。


 ふるっ……ふるんっ……。

 

 キッチン横の微妙に俺の視界に入り辛い場所から垣間見える狐色の尻尾。

 その尻尾はまるで扇風機のようにふるふるとゆっくりと揺れていた。


「……よぉし」


 俺はフライパンの火を消していく。後は余熱で大丈夫だ。


 これは余談だが、この半月にもう一つ分かったことがある。

 ルーナは、突然尻尾をもふもふさわさわすると変な雄叫びをあげて顔を真っ赤にする。

 どうやら、覚悟……というか触られると知っていないと、緊張の糸がほつれたようになるらしいのだ。

 要するに、急に触られるのが苦手……ではないにしろ、何かもふる時には合図が必要だという。


 徐々に、気づかれないように近づいていく。

 その間にももふもふ尻尾は……って、あれ? これもふもふってより、なんかしゅっとしてない?


「……あれ??」


 頭の中に一瞬の疑問詞が浮かんで余所目をした途端、先ほどまで俺の眼前にあった尻尾は跡形もなく消えてしまっている。

 いや、そんなことはないとキッチン端まで行ってみるも、眼前に広がるのは緑色の草原だ。


「……何だったんだ……?」


 疑問が抜けない俺だったが、そこへ「タツヤ様ーっ」と軽快な明るい声が響いてくる。

 目の前を駆けてくるのはルーナだ。今度こそ正真正銘ルーナだった。


「蜂蜜、手に入れましたー!」


 そう告げて走り寄ってくるルーナの背後から猛烈に襲いかかってくるのは数多のミツバチだった!?

 やっぱりハチごとお持ち帰りしてるじゃねぇかこいつ!


「ルーナ! お前蜂は落としてくれよ頼むから!」


「……ぬっ! 失礼!」


 ルーナはごとりと蜂の巣を置くとこちらに寄ってくるすべての蜂たちへ向けて「ふぅ」と息を吐き、そして――。


「肉体部位増幅魔法――タイプクロウ十連打!」


 しゅばばばばばばばばばっ!


 目にも見えない早さで十指を器用に動かして蜂を突き刺し、そして蹴散らしていく。

 ははは、蜂がゴミのようだ。


「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃぁっ!」


 ちなみに、ルーナはいつもの如く能力を使い終わった後はテーブルに突っ伏しているだけだった。

 相変わらず燃費が悪い……が、今日のファインプレーもあったんだ。全く問題ない。


○○○


「おーい、出来たぞールーナー」


「あぅー……」


 相も変わらず燃費の悪いルーナの元に、ほかほかパンケーキを二皿持っていく。

 その上には、マーガリンを……そして上からかけられた新鮮な蜂蜜がパンケーキを優しく包み込んでいた。


「ふぉぉぉぉ……!」


 ルーナは、その様子を見た途端に一転して、ニコニコ笑顔でこちらを向いた。


「あ、そういえばすまんルーナ。引き出しの中にあるナイフ取ってくれ。あれで切った方が食いやすいからな」


「あい分かり申した!」


 先ほどとは打って変わって元気になったルーナがスキップ交じりでナイフを取りに行く。

 さて……と、牛乳切れたし、今後はどうするかなぁ……。

 などと、遠目に青い空を見上げていたときだった。


「タツヤ様……」


「……ん?」


 カラン――。


 ルーナは取ってきていたナイフを地面にぽとりと落とした。


「タツヤ様! ひどいです! 私がナイフを取っていた隙に全部食べてしまったのですか!? あの、ぱんけーきとやらを……全部、タツヤ様お一人で……!?」


「……何言ってんだおま――」


 そう、机の上を垣間見たとき、そこにあるのはただの白い皿。

 先ほどまであった四枚のパンケーキの面影はどこにも見られなかった。


「ひどいです! ひーどーいーでーす! タツヤ様のバーカー!!」


「ちょっと待て待て待て俺本当に知らない……っつかこんなに早食いできるわけないだろ!? 落ち着けってルーナ!」


 その場でへたり込んでこの世の終わりという目で俺を見るルーナ。俺が事情も分からないままに右往左往としている間に、視界にふわりと狐色の尻尾が目に入った。

 さっき見たような、しゅっとした尻尾だ。


「へぇ……何で出来損ない(・・・・・・)がこんな所にいるかと思えば、人間に飼われてたのか」


 凜とした声。聞き覚えはない。

 だが、その声にふと反応したのはルーナだった。

 俺の視界の端――ルーナの前に立っていたのは、一人の女性だった。

 だが、ルーナのようにもふもふとした耳や尻尾ではない。どこか、きりりとした耳と尻尾で、冷たい目をしたその少女が手に持っていたのは2枚のパンケーキだ。

 一口で一枚を頬張っていたその少女は、「案外美味いじゃないか」と不敵な笑みを浮かべてルーナを一瞥した。


「こんな所で会うのは奇遇だな。ルーナ・エクセン・ロン・ハルト……いや、ただのルーナって言った方が適切かな?」


 その少女の見下したその表情に、ルーナは顔を引きつらせながらその少女を指さした。


「……ね、ネルト姉様……!?」


その日、決して出会うことのなかった存在が再び――相見えた。

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