龍人族の信頼
「いやはや、君たちには宝珠玉の件といい、運龍の件といい、いくら礼をしてもしたりないほどだ。約束通り、今後は君たちにアリゾール龍、宝珠玉、そして紅鳥の一部提供を約束しよう」
「こちらこそ、ここに来てまだ日が浅いですから食糧供給の話はありがたいです。特に卵と鶏の方は、汎用性が高いですしね」
日もすっかり落ちて、俺、ルーナ、グレインさん、そしてリーシアさんはエギル店内にて腰を下ろしていた。
エギル店内を温かく照らすのは火属性魔法の暖炉の温盛。温かなオレンジ色の光が、ぽかぽかと俺たちを照らしているためか、すでに俺に隣に座っているルーナは夢の中だ。まぁたくさん働いてもらったからな。あとでグレインさんには寝室を貸してもらうとしよう。
あの後、メイちゃんやルイちゃんはすっかり元気を取り戻した。
むしろ若干興奮気味だった彼らを喜んで、グレインさんは早速双頭の龍を使いに出したほどだ。
サラスディア大陸から、エルディアクス大陸への売上金の運搬。それに加えて宝珠玉の件の報告をしたのだとか。
俺としても、あの食材を使えるようになったのはかなり大きい。未だ偏見も多少は残っていようが、これからは少しずつ卵は布教していきたいな。
そしてゆくゆくは卵かけご飯を全世界に……!
そのためには、米や醤油が必要だがな。この二つの不足は大きな痛手だろう。
親子丼にも、照り焼きアリゾールにも大量に使用してしまったこの二つの食材。どこかで補給しなければならないのだが、未だに代替品は見つかっていないのが現状だ。
だが、この世界に来てからは俺の冷蔵庫の中身は減るばかりだったことを考えると、二種類の肉と卵が手に入ったことは僥倖だったといえよう。
そんなことを頭の片隅に考えている間にも、リーシアさんは日課だという店内掃除を終わらせて今はお風呂を焚いているそうだ。
グレインさんはその様子を見守りながらも、肘をついて俺の隣でぐっすりと眠っているルーナに目をやった。
そんなルーナのもふもふとした尻尾を手に受けながら、俺はグレインさんに告げた。
「多分、疲れているんでしょう。一日会ってからずっとキッチン一式運んで貰ってましたしね……」
俺の言葉を受けて、グレインさんは「ふっ」と小さな笑みを浮かべた。
「君は、優しいんだな」
「……はい?」
グレインさんの言葉の真意が分からずに、素っ頓狂な声を上げてしまった俺に、彼はオレンジ色の照明を見て呟いた。
「いやなに。獣人族を使役する人間というのは得てして碌な人間がいない。獣人族とはその力強さ故に、明瞭な意思のある種族では常に使役される側の種族だからな」
「……そうなんですか?」
「ああ、俺たち龍人族はサラスディア大陸から来た得体の知れない種族。サラスディアを主体として大きく反映した人間族にとっては、あまり関わりたくはない種族なんだろう。対して、元々エルディアクス大陸にいた数の多い人間族が数の少ない獣人族を支配するのはおかしくもない話だ。この世界は、数の暴力で決まる部分があるからな」
そう、寂しそうに告げるグレインさん。
「特に、獣人族は肉体を増幅するという特殊能力はあれど、それは凄まじく燃費の悪い諸刃の剣……。数でも劣り、単純な力勝負が持ち味の獣人族では、数で大幅に勝り、技術と道具、そして遙かに知恵で勝る人間族に勝つのはなかなか難しいさ。一対一ならまだしも……な」
「…………」
そうか、そういえば、町外れにあった龍舎を管理していたのはすべて獣人族だったな。
それに、重いものを運ぶという役割も、大体が獣人族だった。
「だからこそ、獣人族と対等に話している人間族が少し珍しく思えた……というだけだ」
俺の隣では、相変わらず「ふにゃ~」と可愛らしい寝息を立てつつ、穏やかな表情で眠る少女の姿があった。
「だからこそ、俺たち運龍を使役しているのを見ているのは少しだけ気分が悪かったかもしれないな……」
そういえば――と、俺は龍舎でのルーナの様子を思い浮かべていた。
心なしか、いつもより不機嫌そうだった彼女の姿に疑問を覚えていたが。
彼女は、同じく使役される側としての龍族を許容できなかったのではないだろうか――。
考えすぎとも取れるが……。
「まぁ、タツヤ君が彼女と対等に接してくれるのは、俺としてもありがたいがな。人間族は他種族嫌悪が激しい種族としても知られている。お前や……リーシアに会わなければ、俺も人間族を誤解したままだっただろう」
「そういえば、リーシアさんも人間でしたね」
「最初は彼女の実家の方には猛反対されたそうだが……最終的には俺と添い遂げることを決意してくれた。いい妻だよ」
表情を変えずにそういうグレインさんの表情は、男らしかった。
「俺が言うのもおこがましいとは思うが、これからもその獣人族の少女を大切にしてやってほしい。同じ人間ではない種族としての頼みだ。他の人間のように、奴隷の如く働かせることなくな」
「……もちろんですよ。むしろ、ルーナに付き合いきれないと言われたら、俺も仕方ないって思うしかないくらいですしね」
なんせ、俺の方から「手伝ってくれー!」って頼み込んでるくらいだからな。
もしルーナに愛想を尽かされた場合は、俺が無理に引き留めることなどできはしないだろう。
「その言葉が聞けて良かったよ」
にこりと、白銀の角と牙を光らせて微笑んだグレインさん。最初は、恐怖こそあったものの打ち解けた今、その恐怖は全くなくなっていた。
そんなグレインさんが足下から取り出したのは、タオルで丁寧に包まれた大きな卵だった。
「今件で大変世話になったというせめてもの礼の一つだ。この卵から生まれてくる運龍を君の好きなようにしてくれ」
「……はい?」
「本来ならば、龍人族にのみしか扱えないとされているがな……故郷の仲間にも許可を求めているが、宝珠玉の件もある。早々に認めてくれるだろう」
運龍を……俺が?
しかも、生まれてくる前の運龍を……?
「もちろん、無理に――とは言わない。ただ、運龍は我々にとって財宝の一つでもある。大切に扱えば、懐いてくれる。そして長年連れ添うと、愛着もわいてくるさ」
でも……確かに、これから色々運搬するものが増えて行くに当たり、ルーナだけでは対応しきれないものも出てくるかもしれない。
「運龍……ワイバーンか……」
先ほど見た運龍は、正直、かっこよかった。
獣人族の女の子に、龍の子。
こんなメンツで旅をするというのも案外悪くないかもしれないな。
「……ちょっと、ルーナと相談してみます。この生活も、俺だけで成り立っているわけでもありませんしね」
俺が手を組んで考えたその結論に、グレインさんは再びにっこりと笑みを浮かべて「それがいい」と大きく頷いてくれた。




