照り焼きアリゾール!④
「……グレインさん、いいですか?」
「あぁ。ルイとメイがこんな風にワクワクしている様子は俺も久々に見る」
俺、グレインさん、ルーナは、龍舎の一角に腰を下ろした。
二つの皿の上にのせられているのは、それぞれ三つずつの肉塊。
グレインさんがかつて、いつもやっていたような生肉ではない。一応、運龍は生肉以外にも調理された肉も食べられると言うことでこの手法がかなったわけだ。
なかには、むしろ調理された味付け肉を好まない種もいるらしい。特に、同じ運龍でも龍舎の一番端にいる単頭龍のソウルくんは味付け肉は好まないのだとか。
なかなか難しい……。
そんな中で、調理肉を好むメイちゃんとルイちゃんは、俺とグレインさんがそれぞれ持ってきた照り焼きアリゾールの匂いに興味津々だ。
「ぐあー……? ぐぅー?」
「ぐんっ! ぐるーっ」
メイちゃん、ルイちゃんは互いの顔を確認しつつ、そして2頭のお腹はぐるると鳴いた。
そんな2頭の様子に、グレインさんも笑みを隠せない。
「ふしゅー……ふしゅー……うぅ……」
なお、キッチン側でひっそりと倒れているのはルーナ。
先ほどの肉体部位増幅魔法の副作用が来たらしく、こちらもきゅるるきゅるると腹を鳴らしている。
最初に会った時よりダメージが少ないのは、部位を増幅しているだけで身体全体の増幅強化を為していたいからだそうだ。
獣人族も特異な能力を持ってるもんだな……。
まぁ、調理段階においてかなり手伝って貰ったし、肉一つくらいは余っているし、食わせてやろう。俺も食べてみたいしな。
そんなことを頭の片隅に浮かべている間にも、グレインさんは牙の出た白い歯をきらりと見せながら「ほーら、メイ、ルイ、ご飯だぞー」と柔らかな声音で2頭に近づいていき、皿を置いた。
俺もそれに習って皿を置くと、のそり、のそりと重そうな身体を揺らしつつ、メイちゃんとルイちゃんは龍舎から顔を出してくる。
蛇のような鱗に、短くも太い手足。その手先足先には白銀の鋭利な爪の姿。
背中の付け根から生えた両翼を少しだけ、伸びを
膨れ上がった双頭の瞳は意外につぶらで、攻撃的な意志は見られない。
ドラゴンってのはどうしても攻撃的なイメージがあるが、どちらかというと馬のような感じだろうか。
双頭それぞれに生えた白銀の角が、日中の太陽に反射して煌びやかに光っていた。
聞くところによると、この白銀の角は希少価値が高かったため、かつて乱獲されて数を激減させていたのだとか。
まぁ、今はいろんな人の尽力によって再び数を増やしていっているらしいが。
その一環として、グレインさんも卵の頃から運龍を育てている。
大切な子供たちってことだな。確かに、この龍たちはどの子もグレインさんになついている様子がうかがえる。
グレインさんも大切に育ててきたんだろうなって思う。
「ぐるぁーっ」
メイちゃんは、短めの雄叫びを上げた後にグレインさんの前に出された肉を一囓りした。
醤油とみりんと砂糖をベースに仕立て上げたその黒く甘い香りを醸し出す肉を、半分ほど一囓り。
白く尖った牙が肉を咀嚼していくのを隣にいるルイちゃんは興味深そうに見ていた。
「くぇーっ! くるぇーっ!」
ごくりと、肉の一つを飲み込むメイちゃん。その瞳は希望に輝いているようにも見えた。
それと同時にあげられた、澄んだ雄叫び。綺麗な声で遠吠えのように発するメイちゃんは、声や行動だけでうれしさを爆発させていた。
一対の羽を器用に羽ばたかせて皿の肉にがっつくその姿は見ていて気持ちがいい。口の端についたタレをぺろりと長めの舌で拭き取っている。
「……くるぇーっ」
そんなメイちゃんの一部始終を見ていた双頭の片頭、ルイちゃんはおずおずと言った様子で肉の一つに口をつけた。
途端、こちらも片翼をふるふると小刻みに左右に揺らしながら黙々と口にして行っている。
「おーい、ルーナー」
俺は、フライパンの上に一つ、余った肉を包丁で二つに切り分けた。
俺と、ルーナの分だった。
グレインさんは、メイちゃんとルイちゃんが美味そうに飯を食っている姿を見ているだけで満足なのだそうだ。
そんなわけで、グレインさん、メイちゃん、ルイちゃんは御三方で水入らずを楽しんで貰うとして……。
「ルーナー。起きろ、ルーナー」
キッチン横で、もふもふの尻尾がげんなりとしている。耳もしおれているあたり、相当疲れているのだろう。
「ふぁ~い……」
しおれた黄金色の耳がふにゃりと立ち上がり、右腕を肘から上だけでひらひらとさせている満身創痍のルーナの目の前に、俺は半分にした肉を持って行く。
醤油の塩辛さと、砂糖の甘い匂い。そして肉から放出される香ばしい焼き加減が、空気の気流によって俺たちの前を通過していく。
ひくひく
お、耳動いた。
ひくひくひくひくひくっ
急速に力を取り戻したかのように、ルーナのしおれた耳が立ち上がっていく。
「食べますっ!! 食べますーっ!」
突如として、耳と尻尾を全覚醒させたルーナが俺の持っている皿を見るやいなや、もはや箸など使うことなく豪快に手掴みで口に放り込んでいく。
……俺も食うとするか。
ルーナが恍惚とした表情で耳を、尻尾を嬉しさを爆発させつつ頬張っているのを見て、俺の一口。
あの、それほど美味しくはなかったアリゾール龍。一応、俺とルーナ用のは皮は取り除いている。
一口――。
「……っ!」
一瞬で声にはならない旨味が口の中に広がっていった。
やはり、素材自体はそれほど不味いものではなく、むしろ美味いほうだろう。
豚のような感覚でも、牛のような感覚でもない。その両方を併せ持ったかのような食感だ。
一度咀嚼するたびに口の中に広がっていくあっさりとした肉汁。そして、脂がのっているにもかかわらず、それを脂とは感じさせない歯ごたえの良さ。
下で食むだけでもいつの間にか消えていくその肉は、絶品だ。
醤油をベースとしたタレと肉汁がとろりと口の中で絡まり合って、つるりと喉を通っていく。
それは、肉の食感であって、胃にもたれないような――。じゃあ、あのときエギルで食べた肉は何だったのかと、そう言わざるを得ない。
あの肉感とは、明らかに違う食べ物だった。
「ふぉぁ……ふぉぁ……」
尻尾と耳に活力が戻り、みるみるうちに正規の抜けていた瞳に光が戻っていく。
そんなルーナが顔を紅潮させながらゆっくりと、幸せを噛みしめるように食べているその姿を見ると、やはり可愛いもんは可愛いんだと思ってしまう。
「お、おいひい……おいひいです……!」
「あぁ、これめっちゃくちゃ美味いな! もう少し作っとけば……あぁ、白米が恋しいぞこれ!」
「ぐぇーっ! くぇーっ! くぇエっ!」
「くぇっ! くぁーーっ!」
そんな俺とルーナの横でも、メイちゃんとルイちゃんが独自のおしゃべりを展開し、それに涙ぐむグレインさんの姿。
そんなカオスな龍舎には、少しずつ、少しずつ日が落ちて西日が陰り始めていたのだった――。




