照り焼きアリゾール!③
一人暮らしで調理することにおいて最も最強の組み合わせの調味料。
その一つとして、醤油、みりん、砂糖がある。
これを入れておけば、どんな肉でも甘く、そして濃厚にその味を楽しむことが出来る。
実際、飯に合って、がっつり食べたいとき、俺は照り焼きチキンを作っていた。
だが、今の素材はアリゾールと呼ばれる異世界における下級の龍。
薄緑の皮と、少し角張った肉質。グレイさんの店、エギルで食べたときは調理法からか、味は美味いと言えるものではなかった。
「ぐぉー?」
「ぐぇ~っ。ぐぉ……ぐふぅ」
「きゅるるるるるる」
「きゅきゅるるるる」
「きゅきゅきゅきゅるるるるるるっ!」
「きゅるるるるるるるっ!」
「きゅるる~っ! きゅるる~っ! けほっけほっ! きゅる~やりますね! お二方!」
メイちゃんとルイちゃんは、寝たりお互いの首元に顔を押しつけ合ったり。
お互い適当に泣いてみたり、どっちがより高めの澄み切った声を出せるか。
なんだか地球にいた頃には全く見られなかった双頭龍遊びを展開し始めている。
なぜルーナが電撃参戦したのかは甚だ謎だがな。
ああいうのは、栄養とか、食べる量とか、どうなるのだろうとか。そんなことを感じている間にも、両面が適度に焼け目が付いた。
計量カップに、醤油、みりん、酒をそれぞれ2:2:1の配合で入れた後に、一気に肉の詰まったフライパンに掛けていく。
激しく音の鳴っていたフライパンの上に、黒を基調とした液体と共に甘ったるく、それでいてなかなかに濃い香りが龍舎一帯に広がっていく。
「ほぅ……なかなかにいい匂いだ」
グレインさんのお墨付きも貰った。
彼が指さす方向を見つめてみると、ルイちゃんは長い首をすらりと持ち上げてつぶらな瞳でじぃっとこちらを見つめている。
方や、メイちゃんの方は何か旨味の匂いでも感知したのか、牙の端から涎を垂らしてこちらをただただ見つめて首を上下させている。
先ほどまで龍舎で寝ていた面々もどうようだ。
双頭龍も、単頭龍も同じように、首を長くしてこちらを見つめている。
こう、つぶらな瞳がつぶらすぎて少し怖くも感じる……。ごめんね、今日はメイちゃんとルイちゃんのだけなんだ。
今度、グレインさんに作って貰ってくれ。
肉に黒いタレと、肉汁が適度に絡み合っていく。肉の中に、甘ったるい匂いを放つタレが入っていくたびに、肉汁と共にフライパンに戻っていく。そしてそれをもう一度肉の上に掛けて、味を染みこませながら、少しずつ、少しずつ煮詰めていく。
「ルーナ。お玉を使って、タレを肉にかけて……んで、たまに肉を裏返してくれ」
「ら……らじゃぁ……」
……ルーナ、すでに限界が近いな。
これは申し訳ないことをしてしまった気がする。腹が減っているルーナに調理の最終段階を任せるってのはなかなかに拷問かもしれない。
「……もしどうしてもってなら、少しだけ肉の端をちぎって食べてみると――」
「らじゃっ!!」
「早いなお前!?」
ここに来て、醤油がほぼ切れてしまったので早急に調味料をなんとかしなければなるまい。
味噌も若干切れかけて、米も予備はほとんどない。こちらの方をなんとかしないといけないのだが、未だ打開策は見つかっていない。
そんな中で――。
「ふわぁ……」
肉の端を器用にスプーンでちぎって、その小さな肉片をいたわるかのように口に入れたルーナ。
その頬は紅潮し、咀嚼するたびにこれ以上ないというほどの幸福感と共に肉を味わっている。
元々獣人族は肉食だと言うし、もしかするとルーナにとっても大好物となっているのかもしれないな。
今度、ちゃんと一からゆっくり作ってみてやるか。
料理を作った者として、美味そうに飯を食ってくれるってのは何より嬉しいことではある。
煮詰めて、煮詰めて、そして煮詰めて、さらに煮詰めて。
こうして、ある程度の水分を飛ばしてとろとろになったところで、最後にお玉で肉へとタレを付け終わったところでルーナが「ふぉぉ……」と感嘆の声を上げた。
いつものように、この飯を見ておいしそーです!とでもいうのかと思っていた俺だったが、それは全くの思い違いだった。
「タツヤ様は、圧縮魔法をご存じでないのですか?」
「……何だそれ」
「昨今、家庭内で料理をする際によく使われる魔法調理器具と呼ばれるものです……よね? グレインさん」
少し自信なさそうに、話をグレインさんにパスしたルーナ。
パスされたグレインさんは腕を組んで「あぁ」と短く答えた。
「原理としては、一般的に普及した圧縮魔法を用いて、その食材の旨味成分だけを抽出するというものだ。食材には皆、何割かは水分を保有している。そのなかから出汁に使ったり、適度に水を飛ばすために用いられるんだ。一昔前までは、わざわざ熱して、それから水分を取り出していたが……何分時間がかかる。だが圧縮魔法による魔法調理器具だと、数秒もしないうちに終わってしまうからな」
「へぇ……そんな調理器具があるんですか……」
なるほど……そんな便利な魔法器具があるのは面白い。
なにより、時間短縮をしやすい上に……あ、でも用途をよく考えないと旨味だけ残しても美味しくなくなるものはありそうだが……。後でグレインさんにでも詳しい話を聞いてみよう。
そんなことを頭の片隅に考えている内に、ワイバーンの運龍、メイちゃん、ルイちゃん専用の照り焼きアリゾールが作りあがったのだった。
さて、2頭の口にあえばいいんだが――。




