龍人族の運搬役
「お疲れ様です、タツヤ様」
ルーナは、椅子に深く腰掛けた俺の元に駆け寄った。
手に持ったコップを差し出してくれる。その中に入っていたのはひんやりとした冷水。
「あぁ、助かる」
俺はルーナに差し出された水を一気にあおった。連続的な調理によって火照った身体が一気に冷やされていく。
「それにしても、儲かりましたね。親子丼を一杯300リルで捌くとは……大繁盛じゃないですか!」
「ま、そのおかげでウチの客は全部持ってかれたがな。ははは」
いつになく陽気に笑っているのはグレインさん。
紅の髪と白銀の角を持つ龍人族の店主はからからと笑う。
あの後、俺とルーナは二人で、親子丼を食べたがる見物客一人一人に一杯300リルで親子丼を売ったのだ。
終いにはグレインさんが保有していた紅鳥や悪の実が底を付き、俺のキッチン内にある冷凍庫の中の鶏肉まで取り出してしまった始末だ。
鶏肉は残り100グラムほどしかないし、卵に至っては3個に減ってしまった。そして、米も一気に底をついてしまう。
結果として、33杯――9900リルを売り上げたわけだが……。家を買うという100万リルにはほど遠いな。
みんなが美味そうに食っている様子が嬉しかったのか……そのときのテンションがおかしかったのか、後先考えずに自分の材料まで使ってしまうとは……。この世界で食べられる生の卵なんて、俺の手持ちの12個くらいしかなかったのに……。
そう、人知れず頭を抱えていた俺だったが、反面、グレインさんはとてもいい笑顔で空を見上げていた。
「紅鳥や宝珠玉を喜んで食ってくれる人間たちなど、いつぶりに見たことか……」
グレインさんの言葉にぴくぴくと耳を震わせたルーナが、怪訝そうに「宝珠玉?」と呟いた。
そんなルーナの疑問に、グレインさんは自信を持った表情で深く頷いた。
「元々龍人族が住んでいた国での呼称だ。今でも私個人が食べるためにあれを取り寄せてもらうこともある。早ければ一日弱で着くからな」
「龍人族が主に住んでいた……って、ここから相当離れた場所じゃないですか! どうやってあの距離を……?」
と、ルーナやグレインさんの謎会話が始まる。困ったな、俺この世界のこと全然知らないせいで全くついて行けないんだが……。
そんな俺をおもんぱかってか、ルーナは気を遣うかのように「た、タツヤ様はこの近くのことに疎いお方なのです……」とフォローになっているようななっていないような言葉を発した。
「ふん……確かに、先ほど使っていたデンシレンジやらレイゾウコやらからは、ここの者ではないようだ。ずいぶん発達している地域もあったものだな……さては、サンかルナから来た……ことはあるまいな?」
「すんません、なにいってるのかさっぱり分からないです……」
降参の意思を示すように片手をあげると、「っははは。そうだな、えぇと……少し待っていてくれ」。 そう言って、店の奥にいそいそと入っていったグレインさん。
しばらくすると、何やら古ぼけた筒を持って俺たちの前に現れた。
その後ろでは、店じまいの準備をすべく、グレインさんの奥さん――リーシアさんが店の看板を下ろしている。
グレインさんは、俺たちのキッチンの前でばっとその紙筒の中身を開いた。
そこに描かれているのは、どうやら世界地図のようだった。
ユーラシア大陸のような大きな大陸が中央に配置されている。
加えて、海を挟んだ南の端には何やら日本の本州を回転させたような、小さな島。
そして東には一対、肺のような形をした大陸。西には胃のような形をした大陸がある。
この例えは俺としてもどうなんだと思うが、その通りだから仕方がない。
それぞれの大きさも地球の大陸に似ている気がするな。
「まず、今いるここがサラスディア大陸」
グレインさんが指を指したのは、地図中央に描かれた巨大な大陸の北東付近だ。
次に指し示すのは、南に浮かぶ本州のような孤島だった。
「元々の龍人族の主な生活地はここから遙か北西に下った孤島、エルディアクス大陸だ。
とはいえ西の大陸も東の大陸も未開拓地ではあるがな……。少なくとも、現在確認されている中で最も鮮明なのはこの地図に間違いあるまい」
「あ、だから西も東も地図上は真っ白なんですね。ええっと……エルディアクス大陸や、サラスディア大陸は結構鮮明に何か書かれてるのに」
「そういうことだ。東の大陸はルナ大陸、そして西はサン大陸と名付けられてはいるが、ほぼ何も分かっていない状態だ。何が住んでいるのか、どんな場所なのかすらな」
えーっと……東の肺みたいな大陸が、ルナ大陸。西の胃みたいな大陸が、サン大陸……。
確かに、ここサラスディア大陸とグレインさんたちの故郷であるエルディアクス大陸の間が一番距離が近いのか。
よく見てみると、西と東との間は海を挟んでかなりの距離があるみたいだ。
「一部の冒険家たちがサンやルナに向かったということもあるが、たいていの場合は失敗して戻ってくるからな」
「それでも、エルディアクスやサラスディアもずいぶんと距離がありますが……」
俺のその問いに、グレインさんは
「龍人族がサラスディアに来ることが出来たのは『運龍』と呼ばれる運搬用途の龍がいるからだ」
と短く答えると共に、店じまいを確認してからおれとルーナに背を向けた。
「私が使役、飼育している運龍を特別にご覧入れよう。これも、紅鳥と宝珠玉の偏見を取り除いてくれたお礼の一つだ」
そう笑顔で俺たちに付いてくるように促してくれた。




