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異世界食材で親子丼!⑩

「彼は一体何をしているんだ?」


 多くの見物客のうち、猫耳を持った獣人族の男が怪訝そうに首をかしげた。


「さぁ……。でも、紅鳥と悪の実を使った料理を作っているそうよ」


 そんな獣人族の男の問いに答えたのは俺と変わらない人間の女性のようだった。


「へぇ。何だってあんなものを。悪魔の肉だろうに。家畜か何かにでも食わせるのか?」


「でも……とても美味しそうな匂いなのよ」


「確かに……な」


 次第に見物人たちが騒がしくなり始めてきた。

 彼らは普段、鶏肉や卵について詳しい知識がない。噂というものはいつの時代も尾ひれがついて回っていくものだ。

 最初にこれら二つを食べて、食あたりを起こしてしまった者をつくづく残念に思う。

 なんせ彼らは――。


「……いい匂い。美味しそう……!!」


「ふわぁ……甘い香りだぁ……」


 ――こんなにも美味い料理に出会う機会を逃してしまったのだから。


 俺は鍋の中にお玉を突っ込んだ。

 すでに丼二皿の上には先ほどレンチンした白米が乗せられている。

 その上に、お玉で具をふわりと乗せていく。

 白米にころりと転がっていく鶏肉からは肉と肉の隙間から絶え間なく肉汁と白い湯気が立ちこめる。

 そんな肉汁も、そして旨味の匂いが凝縮した湯気を逃がさないようにと、ふんわりとした黄金色の卵が上からすべての旨味を逃がさないようにブロックしている。

 その上で、卵自体から発せられる甘く濃厚な香りはルーナやグレインさんはおろか、見物客の食欲さえ強烈に刺激していく。

 

「ってわけで、ルーナ。どうする?」


 俺はお玉を鍋の中に放り込んで息をついた。

 もう鍋の中には親子丼の具は一つもない。今目の前にあるこの二皿が、この場で提供できる親子丼だ。


「た、食べてみても……いいのでしょうか?」


「……っつーか今回そのために作ったもんだからな。あと一つはグレインさんと、その奥さんの分。一つしかないけど分けて食べてもらえれば幸いですよ」


 俺は一つの丼をルーナに。そしてもう一つをグレイン夫妻に手渡した。

 ここで、俺は引き出しの中においてあったスプーンを四つ取り出して二つをグレイン夫妻に渡し、一つをルーナに渡した後に彼女に耳打ちをする。

 そんな彼女のふるふると、ワクワクが抑えきれない獣耳に何かを伝えるというのは非常に心苦しいものがあるが……。


「とりあえず、俺も一口食ってみていいか?」


「は、はい……も、もちろんでふ……っ!」


 そういえば獣人族ってのはただでさえ燃費が悪かったんだっけな。

 ここまで重いキッチンを運んできてくれたルーナだ。本当は今すぐにでも食べたいのだろう。


「どうぞ、食べてみてください、グレインさん。それが、世間が毛嫌いしている紅鳥と、悪の実の最も有効な食べ方の一つです」


 俺が手で食事を促すと、怪訝そうな表情をした看板娘の奥さんとグレインさんは同時にスプーンを手に取った。

 龍人族に特徴的な一対の白銀の角と角張った鼻でくんくんと親子丼の香りを堪能している。


「んじゃ、いただきますっと――」


 俺も味見くらいしかしてなかったからな。

 一つの丼を囲んでルーナと俺が、そしてグレインさんと奥さんが一斉に紅鳥を、悪の実を、米と一緒に口の中に駆け込んだ。


 すると、口の中に飛び込んでくる仄かで濃厚、そして甘みを増した卵の旨味。こきゅり、こきゅりと口の中でジューシーな肉汁をはじけ飛ばす鶏肉。そしてこれら食の素材と完璧なまでにマッチしたダシの味。最後にそれらの旨味効果を相乗させる米。

 すべての旨味がかけ算されたような最高級の心地よさが俺の体全身を包んでいく!


 ここに来てから、少しの時間しか経っていない。

 だが、その間で俺は一年分ほどの体験をしてしまっている。

 本当に獣耳少女が存在した。魔法なんて概念すら存在する。そして、日本とは圧倒的にかけ離れた食水準と食文化。

 そんな異文化の中で俺は今、異世界の食材を使って日本の伝統家庭料理――親子丼を作り上げたのだ。

 そのすべての思いが、口の中ではじけ、喉を通ってすとんと落ちていく。

 ほどよい旨味と、温かさが俺を優しく包んでいく。

 卵の甘み、肉の旨み、玉葱の食感、ダシの風味、そしてそれらが絡み合った極上の米が喉を通っていく。


「――ふはぁ」


 自然と口から出た白い吐息は空中へと静かに消え去っていった。

 ふと、隣を見てみると……。


「ふはぁ……ふわぁ……お、美味しいです……最高です……無敵ですッ!」


 ガツガツガツガツガツガツもぐもぐもぐもぐ。


「ふわぁ……ふんぅ……」


 ガツガツガツガ――。


 なんか一心不乱に食っていた。

 先ほどまで悪魔の実だの悪魔の肉だといっていた、あのルーナが。

 もはや脇目も振らずに食っている。


「る、ルーナさーん……もう一口分けてもらえると、嬉し――」


「ふしゅーっ! ふしゅーっ!」


「……さーせん」


 何この子理性すら吹っ飛んでんだけど。

 野生児かよ。

 スプーンで親子丼を取り寄せようとしただけで牙を剥き出された。

 まぁいいや。なんか可愛いし。

 ガツガツと一心不乱に親子丼を頬張り、ほっぺに米粒をつけるという古典的かわいさを見せつけつつ尻尾とふさふさの耳をふるふると振っていたルーナ。

 そんな小さなケモミミ娘を眺めていると、隣ではグレインさんが少し考えた様子でその大きな口をゆっくりと開いた。


「――なぜだ」


 グレインさんは、親子丼を見てつぶやいた。


「私たち龍人族は、悪の実や紅鳥を常食していた。だが、それは我々に強い免疫があってのことで人間たちにはそれは通じなかった。彼らは、悪の実を食べると腹を下し、その産みの親である紅鳥すらも口にしようとはしなかった」


 苦々しいその表情からは、嬉しいような、切ないような――そんな感情さえ感じ取れた。


「なるほど……龍人族(われわれ)のなかでは、悪の実をこのように使うなど、考えたこともなかったな」


「……ていうかどうやって食ってたんですか、今まで」


「そのままだ」


「殻のまま!?」


 衝撃の真実だ。いや、そりゃ殻と一緒に食うのはなぁ……それはなぁ……。


「なるほど、君には負けたよ」


 俺が悪の実を――卵を見つめる中で、グレインさんはあたりを見回した。

 すると、そこには目を輝かせてこちらを凝視する見物人の姿があった。


「な、なぁ、兄ちゃん! おんなじもん、もう少し作れないか!?」


「……はい?」


「わ、私たちもあの子が食べるのを見てたら、ちょっと食べたくなっちゃって……」


「俺にも一つくれ! 頼む! この通りだ!」


 そんな人々の嘆願を受けて、「私からも、お願いできないだろうか」と。グレインさんが頭をぺこりと下げた。



 ……ま、こういうときくらいはいいだろうよ。


「分かりました! 今からここにいる人たち……できるだけ全員に行き渡るように手配します! ルーナ、ちょっと飯炊くの手伝ってくれ」


「ひゃいっ! へほわはひはは(でもわたしまだ) はへへふんへふへぼ(たべてるんですけど)!? けほっけほっ」


「……また食わしてやるからとりあえず置け。落ち着け……」


 北方都市ルクシア、その一料理屋。

 その前には今日、たくさんの人だかり。そして精力的に働く力持ちのルーナ、そして笑顔で厨房から紅鳥と悪の実を持ち運んで調理を手伝う龍人族のグレインさん、それを補佐する奥さんの姿があったのだった――。

「異世界食材で親子丼!」編、終わりました。

次々回くらいからは新章に入ります。お楽しみに!

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