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初心者がVRMMOをやります(仮)

静かなる節句

作者: 神無 乃愛

饕餮様主催「言葉選び企画」参加作品です。

 三月に入るや否や、(たもつ)のいる保養所は少しばかり慌ただしくなった。

「随分ふっるい雛人形だな。ってか、出すの遅くないか?」

 雛人形を出している老齢の女性、昌代(まさよ)に向かい、保が口を出した。

「我の雛人形じゃ。美玖(みく)の雛人形を用意しようかと思うたが、磯部家にあるというのでの。さすがに足が付くと悪い故、持ってこれなんだ」

「で、砂○け婆様のお古を使うことになったと」

「そういうことじゃの」

 それにしても、通常雛人形というものは、二月中旬ころに出すと思っていた。

禰宜田(ねぎた)はそのほとんどを旧暦でやる風習じゃからの。他所との兼ね合いもあって、端午の節句と桃の節句はひと月祝う習慣じゃ」

「……へぇ」

 昔から続く家というのもいろいろと大変らしい。


「さて、間もなく客人も来るゆえ、一度手を休めるとするか」

 後は小物を、というところで昌代は手を止めた。



 客人として通された男は、とある櫛専門店の外商だという。

「今回は、桃を使った櫛を頼む」

「……どなたかお子の誕生ですか?」

「否。これから先を祈る意味を込めてじゃ」

「かしこまりました。とするならば、一そろえということでよろしいでしょうか」

 昌代が頼むのはどうやら木の櫛らしく、桃の木を素材にするという。

「……木の櫛と言えば、柘植(つげ)じゃねぇの?」

 桃の木の櫛なぞ、安いというイメージしかない。

「たしかに木の櫛と言えば柘植ですが、今回は私も桃の木が良いと思いますよ」

 担当の男は静かに微笑んで言う。


「柘植の櫛と言いますが、最近では国産の柘植を使っていないものが『本つげ』と呼ばれておりますし、ほとんどが機械で作っております。当店でも扱っておりますが、やはり手作業の櫛のほうがきれいですよ」

「……へぇ」

 使えればどれでも同じという保からしてみれば、どうでもいい情報である。

「格安の店でも木の櫛は置いておりますが、ある程度の作業をしないときちんと使えませんし。櫛どおりも違いますよ」

 特に髪を伸ばす女性からすれば。その言葉で保も少しは理解した。

「桃の節句に合わせて、という意味合いもあるがの。桃の節句は女子(おなご)の成長と幸福を願う行事ということぐらいは、お主とて知っておろう?」

「さすがにそれくらいは知ってるぞ。だからってなんで桃の木の櫛なんだ」

 そこを聞いているというのに、うまい具合にはぐらかされている。

「桃は昔から邪気を払う力があると言われてる」

「美玖には必要だな」

 美玖の周りには邪な思惑を持つ者が多い。少しくらいあやかってもいいだろう。

「お主も、美玖に近づく邪気に変わりはなかろう」

「おい、陰険策士様。あんただってそうだろうが」

「我は美玖の保護者じゃ」

「あんたじゃねぇだろ!!」

 この会話を聞いていた担当者がとうとうふきだした。

「……大変失礼しました。禰宜田の皆様は女児誕生とともに、桃の木の櫛一式を当店に依頼してくださいます。必ず、桃の図案を彫刻するという慣わしで」

 中国では桃の実の図案は長寿を表す図案とされていること、桃の木自体が仙木、実は仙果と呼ばれ、不老長寿をもたらすとされていること。

「だからこの陰険策士様は妖怪並みのしぶとさ……」

 そこまで言った瞬間、保の首筋に扇子が置かれた。

「気配消してそういうことすんの、止めて欲しいんだけど」

「我を妖怪などと言うからじゃ。それに妖怪は桃に近づけんぞ」

「久方ぶりの依頼ですので、当店抱えの職人が張り切っております。途中経過を……」

「ふむ。意匠も凝らしておるようじゃの」

 このまま続けるということで、落ち着き、担当者は帰って行った。


「で、保よ。四月三日に美玖の節句をする故」

「あーー。仕事入んないようにしとく」

「そうしてくれればよいがの。クリス殿から祝いとして禰宜田経由でウサギの縫いぐるみが贈られておる」

「盗聴器、発信機の確認しとくわ」

「頼んだぞ。して、遠山よ。節句での美玖の要望はあったのか?」

「それが、全くなく。祝っていただけるだけでありがたいと」

 そんなときふと思い出したのが、クリスマスケーキにくぎ付けだった美玖だ。

「いろんなケーキ作ればいいんじゃね?」

 保の言葉に、昌代も頷く。

「今まで食したもので美玖が気に入っていそうなもので食卓を飾ろうかの」

 本来であれば祝い膳を用意するらしいが、それは来年でもいいだろうと昌代が結論付けていた。



 そして四月三日。保養所のある山間では雪が降っていた。


 昌代の飾る雛人形のそばで、内々の節句が行われる。


「!! すごいです!!」

 桃の花の(かんざし)をつけ、やっと着慣れてきた和装に身を包んだ美玖が、所狭しと並べられた料理に驚いていた。


 そして、昌代が贈る桃の木の櫛をはじめとして、美玖に贈り物がなされた。

「わぁぁぁ!! こんなにいっぱい。皆さん、ありがとうございます!!」


「美玖ちゃん、この簪似合ってる!」

「ありがとうございます! お祖母ちゃんからだそうです」

 保経由で贈られたものだ。もちろん保も別に用意してある。



 はしゃぎすぎた美玖が、こてんと眠りに落ちたのも仕方ないのかもしれない。


 そんなわけで、保は美玖に用意していた指輪(、、)を渡しそびれたのだった。


……保の用意した指輪は「邪気」認定された模様ww

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