べっ、別に後輩が可愛いからじゃないんだからねっ
夏休みボケもそろそろ言い訳にできなくなってきたころ。
それでもまだ暑さが抜けない天気が続くなか、俺はというと職員室に呼び出されていた。
えっ、俺なにかしたっけ?
呼び出しというものはえてして生徒にそんなことを思わせる。
正直言うと何いわれるかまじで怖いです……。
頭の中でぐるぐると懺悔の言葉がまわっているなか呼び出しをした張本人の登場。
「どうした小布施?顔色が悪いぞ」
「いや、何でも……」
犬島巴先生。俺のクラスの担任だ。
「俺なんで呼び出されたんですか?なにも悪いことはしてないと思うんですけど」
「弁明から入るあたり本当は何かやっていそうだな……」
心外である。
「そ、そんなわけないじゃないですかぁ」
そんな時に限って怪しそうな話し方をしてしまうのは損な性格だと思う。
「まあいい。今日呼び出したのは例のシステムのことについてだ」
「ああ、TJSでしたっけ……」
「君は学年主席だからな。しかしそれだけで呼び出したというわけではない。君は去年部活を退部しているだろう?そのことで上がちょっとな……」
そこで先生は言葉を濁した。
まあでもお偉いさんが心配するのも無理はない。
わざわざこのシステムを使える生徒を学年主席に限定したのは問題を起こさないようにするためだろう。
それが部活をちょっとした問題でやめてしまうような人間に使われることに難色を示すのは当然と言える。
「ま、私は心配していないがな」
笑顔で言われてしまうと返す言葉もない。
「そんな無条件で信用されても……」
「おっ、何かするつもりなのかね?」
今度はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる犬島先生。
「いやしませんけど……」
「なんだしないのか……」
なんで残念そうな顔してるんだこの人……。
「とにかくそういうことだ。いちおう釘をさしておくがあんまり目立つことは控えるように。以上だ」
最後は業務連絡って感じだったな。
だとすると本当は何か俺にやらかしてほしいのかあの人は……。
今後は要注意人物としてマークする必要がありそうだ。
職員室をあとにしようとするとそれを待っていたように女の子が入っていった。
犬島先生に何事か用があったらしい。
今日は図書館で勉強すっかな……。
ああでもあの漫画の新刊が出てたな、帰りがけにでも買ってそれでも読むかなどと放課後の予定を適当に立てていたところ。
「おおまだいたか小布施」
振り向くと犬島先生が職員室のドアから俺を手招きしていた。
「まだ何かあるんですか」と言いつつそちらへ行くと先生の後ろには先ほどの女子が。
「いやこの子が小布施を探してるというから少し呼び止めただけだ。由本、こいつが小布施だ」
芸能事務所みたいな名前で呼ばれたその子は一歩前に出てきて自己紹介タイム。
「1年A組の由本結唯です。初めまして、小布施先輩」
軽くお辞儀をしながら上目遣いで様子をうかがってくる様はウェーブがかった茶髪とあいまってリスのような小動物を連想させる。まあつまり可愛い。
「あ、ああ小布施壮真だ。よろしくな」
おかげで少しどもってしまう。
我ながら気持ち悪いな、俺。
「由本は君に用事があるようだ。すまないが相手をしてやってくれ。私はまだ仕事があるのでな」
ではといって犬島先生は職員室に消えていく。
ってええ!!
状況が呑み込めない上に後輩美少女と二人きりとかどうすればいいのかまったくわからないんですけど!?
脳の情報処理能力を普段あまりコミュニケーションに割いていないせいかこの後の自分の行動指針が見えてこない……。
っていか先生さっきこいつが俺のことを探していたとか言ってなかったか?
こんな可愛い子に探されるようなフラグを立てた覚えはないのだが……。
「先輩、さっきから私のことじろじろ見てますけど。正直気持ち悪いです」
「ああ悪い。なんか俺に用事があるっぽいって今聞いたから……って気持ち悪い!?」
「はい、気持ち悪かったですよ?」
こいつまじの疑問顔で首をかしげてやがる……。
「っま、まあいい。で、用事ってなんだ?」
もう頼み事だったら全力で断る所存だ。
「先輩に頼みたいことが……」
「断る」
「はやっ!まずは話を聞いてくださいよぉ」
なら最初に態度から改めろよ……。
よくこれから頼みごとをする人を気持ち悪いとか言えたもんだ。
まあ礼儀をわきまえる俺はとりあえず話だけでも聞いてあげることにした。
断じて可愛い女の子ともっと話をしたいとかではない。
「聞くだけなら聞いてやる。その頼み事ってなんなんだ?」
「なら、はじめから聞いてくださいよー。あっ、もしかして私が好みだから聞く気になったんじゃ……」
「じゃあな」
「ちょ、ちょっとぉー!冗談ですってば!」
少し話しただけだがこいつの性格がなんとなくわかってしまった。
すごい面倒くさそう。
というかもうすでに面倒くさいし疲れた。
ご存知の通り俺は面倒くさいことは嫌いなので本当は帰ってしまいたかったが、そこは先輩として可愛い後輩の頼みごとを聞かずに帰るわけにはいかない。
けっして可愛い後輩が自分を呼び止めてくれた経験がないからとかではない。
「んで?はやく用事を言えよ」
「先輩が帰ろうとしたんじゃないですか……」
それはお前が調子に乗るからだ。
「あのですね、先輩に部活に入ってほしいんです」
「部活?部活って何部に?」
「いやあのぉ、まだ名前は決まってないんですけど……」
名前が決まっていない。
はて、そんな部活があっただろうか。
と、そんなはずもなく少し照れたように由本結唯はうつむきながらもはっきりと俺にこう言った。
「嫌いな先生を排除するための部活を私と一緒に作ってくださいっ!!」
これが俺と彼女の初めての邂逅の一幕。
当然、職員室の前でそんなことを叫びやがった由本となぜか俺までこんこんと説教されたのは言うまでもない。
前途多難ぎるぞ、これ。